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23章-2

 少し前。

 正志は伊吹をバイクに乗せ、須藤の家へと向かっていた。その道のりは郊外の大通りに沿っており、家へと向かう沢山の車に彼らは紛れ込んで、少しゆっくりめに走っていた。

 正志はヘルメットに着けられたマイク通信を使い、後ろにいた伊吹に話しかけた。

「『伊吹』で名前合ってたか? お前、素直そうな顔して、とんでもねえ悪行を侵したんだな」

 苦笑まじりに話しかけた彼に、伊吹は罰が悪そうに下を向いて黙り込んだ。

「まあいいや。実はさ、俺も中学ん時お前みたいな事をやらかしたんだ」

「え?」

 正志の告白に、思わず伊吹は顔を上げた。

「あのときの気持ちは『成績がいいそいつが気に食わない』だけだった。でも違った。俺は成績がいいだけで、大人達に期待されているあいつが、うらやましかっただけだ」

「なんで分かったのですか」

 伊吹がそう質問したころ、バイクは赤信号に引っかかった。バイクを止めた正志は、伊吹の質問に罰が悪そうに答えた。

「きっかけは忘れたけど、去年の冬にさ、虐めてたあいつに無性に謝りたくて、そいつん家行ったんだ。広い家だったよ。あいつが社会的に成功した証そのものだった。でも家から出て来たあいつの表情は冷たくて、幸せそうな表情とはほど遠かったよ」

 悲しそうな正志の声に、伊吹の胸はズキンと痛んだ。

「しかもあいつさ『お前みたいなクズに関わりたくないから、良い大学出て良い会社入った』って言ってたよ。俺、それ聞いてなんか、すっげぇ心が痛んだ。ああ、こうして学歴差別が出来るんだなって。俺はあいつを虐めたせいで、あいつを差別主義者の冷酷な人間にしたんだなって。つまり俺は、差別を作っていたんだよ」

 伊吹は正志の言葉に思い当たる箇所がいくつもあり、ぎゅうっとキツく心が締め付けられた。

「それに気がついた時、本当の意味で俺は自分に向き合った。自分はどうして欲しかったのか、何に苛立っているのか。でも今日お前達を見て分かった。俺が腹を立てているのは『偏見』だ。先生とか親とか人物そのものじゃねえ。俺は自分も持っている『偏見』と戦わなきゃならねえんだ」

 正志がそう言い終わった時、信号は青に変わった。

「だからさ、俺は行くぜ。その戦いによ」

 彼はバイクを一気に加速させた。それと共に流れ出る夜風に、ブウゥンと鳴るエンジン音。つられて伊吹の気持ちも徐々にエンジンがかかり、バイクの様に強い鼓動を鳴らし、風を切ってどこまでも自由に走っていけるように感じた。

(ああ、俺は……本当は『自由』だったんだ)

 そう気がついたとき、伊吹は決意を正志に告げた。

「俺も理不尽と戦います。だからもう、自分を見捨てたりしません」

 それを聴いた正志はニイッと笑い、いくつものライトが煌めく夜の車道を、バイクを器用に動かし素早く走り抜けた。

 こうして予定より少し早めに、二人は須藤の家に着く事が出来た。二人はこの家の大きさと立派さに驚き、呆然と玄関から見上げていた。

「すげえ豪邸」

 正志がそうぼやいた頃、一人の男の影が玄関から出るのが見えた。その男は伊吹の方を見ると、力が抜けるようにこうつぶやいた。

「伊吹……伊吹かっ!」

 最後には叫ぶ様に彼の名を呼んだのは、伊吹の従兄弟である山岡大地だった。彼はヨロヨロと歩きながら伊吹の方へ近づき、それを見た伊吹も、今までの緊張の尾が切れたのか、涙をぼろぼろ流しながら、山岡の方へと翔て行った。

「大地さんっ!」

 伊吹は大きな山岡の体に抱きつき、わあわあと声を上げて泣いた。

「俺、おれ、もう家族みんなから見捨てられたと思ってた。寂しかった、辛かったよおっ!」

 そんな彼を山岡も強く抱きしめ、涙して謝罪した。

「そうか……伊吹、寂しい思いをさせてすまなかった」

 そんな二人の再会を目にした正志は、案の定貰い涙を流していた。

「よかったなあっうっううっ」

 そこに少しだけしわがれた、男の声が響いた。

「泣いておるところ邪魔するが」

 正志は声のした後ろ側を振り向いた。そこには月光を背にし、真っ黒な影を落とした悪魔の化身のような男が立っていた。

「うわあああぁあっ!」

 悪魔の大きな影に、小柄な正志はさらに縮こまりながら、腰を抜かして叫び声を上げた。

「だっ誰か助けて」

 慌てる彼に、玄関から女性の声がかかった。

「まあ、大丈夫ですか? あら、須藤さんも出ていたのですね」

 その声の主は中年の女性で、動作も話かたも上品でチャーミングな雰囲気を醸し出していた。だがそんな事より、正志にとって気になるワードが彼女の口から出て来たのだ。

「え、あなたはもしかして、正田組の先先代の組長『須藤雪正』ですか!」

 正志の質問に、悪魔の化身こと、須藤雪正は首を縦に振った。

「そうだ、君が関口正志君かね。中村君から連絡を受けて待っておった。ようこそ我が須藤家へ」

 そう言って彼は、道路にへたり込んでいる正志に、手を差し伸べた。

 正志はしばしぽかんとしながらも、意を決したらしく、須藤の差し出した手を力強く握り、固い握手をかわした。

「へへっ、ありがとうございます。これからよろしくお願いします!」

 照れ笑いを隠すように元気に言う彼に、須藤もまたニッと青年の様に、健やかに笑ってみせた。

「みなさん、夏とはいえここは冷えますよ。お茶を準備しましたので是非中へ」

 中年の女性こと野口婦人の声に促され、大地と伊吹、正志と須藤は皆、ぞろぞろと家の中へと入っていった。

 大広間へと案内された正志と伊吹はそこで、鍋焼きうどんをごちそうになった。空腹だった伊吹は、鍋焼きうどんを二杯も平らげた。

「「ごちそうさま」」

 二人はそう言って手を合わせると、近くに置かれた藤の花の茶を口に含んだ。

「はあっ。生き返る」

 正志はそう言って茶を一杯飲み干し、伊吹もまた息をついてこう言った。

「これ、家でよく出ていたお茶だ」

「伊吹君は、家族全員が『霊の社』の信者だったな。彼らはこの地方の地下水に溶け出した塩洸の害を防ぐべく、よくこのお茶を飲んでおるからな」

 須藤の言葉に、伊吹は納得しながら茶を口に含んだ。

「そうなんですね。実は俺、子どもの時このお茶の後味が嫌いだったんです。だからよく残して、両親に怒られたものです」

「ははっ。親の心子知らずって奴だ」

 正志がカラカラと笑ったとき、須藤のスマートフォンに通話が入った。

 相手は那奈からで、大事な話があるからすぐそちらに向かう。との旨であった。

「わかった。気をつけて帰ってくるのだぞ」

 そう言って須藤が電話を切った頃、すでに時計は九時半を回っていた。

 それから十分後。

 須藤の家に着いた日内達は、西宮を連れた那奈を先頭に、須藤のいる大広間へと入っていった。

「中村君、連絡があったから待っておった」

 須藤は那奈を上座へと案内した。それに対して彼女は礼を述べると、上座に座りながら西宮に隣の席に座るよう促した。

 そして皆が広間の席に着くのを見ると、彼女は意を決したように口を開いた。

「単刀直入に言うわ。実は塩洸は『毒を解毒する薬』だったの」

 彼女の推理はそこにいた全員が驚いたのだが、西宮だけは冷静にその事実を受け取った。

「何でも治せる金井さんの能力でも治せないと聞いて、薄々とは思っていたけど、やっぱり……」

 彼女はそう言うと、金井の近くまで行き、彼に土下座をしながらこうお願いをした。

「金井さん、お願いします。私のこの顔に、治癒能力を使ってください。私がもがき苦しんでもです」

 そんな彼女に、金井は面食らったように驚いた。

「何を言っているんだい。この能力を塩洸中毒者に使うと大変なんだ。君だって死ぬほど苦しむぞ」

「いいんです。それで死ぬなら私の運命です。その覚悟で私、貴方にお願いしてるのです」

 そう言って再度頭を下げる彼女に、金井は意を決してこう答えた。

「わかった、君に力を使おう。その際暴れると思うから、剛君、それと関口君と日内君も、彼女を押さえつけておいてくれないか」

 こうして西宮は男三人に押さえられた状態で、金井の治癒を受ける事となった。

「よろしくお願いします」

 彼女のその言葉に、金井は深くうなづいて答えると、そっと彼女の頬に手を当てた。

 そして力を放出し、西宮に与えるイメージを思い浮かべた。

“パリッ!”

 静電気のような音が周りに響いた。そこからさらに音は大きくなり、我慢して口をつぐんでいた西宮も、苦痛に声を漏れだすようになった。

「うっぐぐっ」

 その姿はとても苦しそうで、その場にいた皆が息を飲んで見守った。

 そしてさらに、金井は力を徐々に上げて行った。最初は我慢していた西宮も、そのあまりの痛さにだんだん我慢ができなくなっていた。

「ウギギッヒギギイッ!」

 辛そうな彼女に心を痛めた金井は、途中でこう声をかけた。

「辛いなら止めようか」

 だが西宮は首を横に振った。

「つづけ、続けて、くださいっ」

 彼女の視線は鋭く、いっさい揺らいでいなかった。それを見た金井は意を決して、最大出力のエネルギーを放出させた。

「ギャアアアッッッ!」

 獣の様に叫んだ西宮は、あまりの激痛に我を忘れ、ものすごい力で体をばたばたと動かした。それを剛を中心に、関口、日内で押さえつけたが、男三人がやっとの思いで封じ込められるぐらい、彼女の悶絶する力は強かった。

 だが少しすると、西宮の抵抗する力が徐々に抜けて行った。そして彼女がぐったり倒れ込んだときには、彼女の顔は元通りの、美しいものに戻っていたのだ。

「これで終了だよ。僕も力を使い果たして、スッカラカンだ」

 金井もそう言ったあと、ゴロンと仰向けになってその場に倒れ込んだ。

「那奈ちゃんの言ったとおりね。となると、これをあの人に伝えないと。私、夫のところへ向かいます」

 野口夫人がそう言って出て行こうとしたとき、須藤がそれを止めた。

「君には残ってもらう。もし、野口君になにかあった時には、技術者として頼りになるのは、君だけなのだ」

 それを聞いた野口夫人は、呆然とその場に立ちすくんだ。

「私がやる」

 そう言って手を上げたのは、今まで倒れ込んでいた西宮だった。

「塩洸の毒をうけて、それを回復したのは、この私よ。これ以上ない具体的な報告を出来る人間は、私しかいない」

 驚く野口夫人に、西宮は不敵な笑みを浮かべた。

「私、こう見えて努力家で、塩洸のことは調べ尽くしているのよ。そんじゃそこらの科学者よりも詳しいわ」

 野口夫人は戸惑いながら西宮を見た。それに対して伊吹と二美が、西宮を後押しするようにこう述べた。

「この人、凄いストーカーなんです」

「そうです、この人の情報収集力は凄いことを、僕たちが保証します」

 詳しいことは知らないまでも、力ある彼らの言葉に、野口婦人は納得した。

「分かったわ。じゃあ私はここに残っておく」

 こうして西宮は日内が運転する車に乗り込み、彼らのボディーガードとして剛も車に乗り込んだ。

「そういえばこれ、私の家と机の鍵。ここに山守の人々に関する情報をストックしているの。頭の回転が速い貴女なら、私より良い方に使えるはずよ」

 西宮は車の窓から、鍵を那奈に手渡した。

「ありがとう」

 那奈はそう西宮にお礼を述べると、大切そうに鍵を握りしめた。

「じゃあ、これから中沢の新エネルギー製造部に突入だ!」

 日内は威勢良く車に乗り込むと、西宮と剛を乗せた車を、目的地へと急いで走らせた。


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