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23章-1


 七瀬は剛のバイクに乗り、ある場所へと向かっていた。

「川崎さん、どうか無事でいてくれ」

 彼は、もう夜だというのに開け放たれた川崎家の門を、バイクに乗ったまま走り抜けた。

 七瀬は大きな中庭でバイクを止め、そこから本館の広間まで走っていった。庭に面した広間の窓は全て開けられており、そこからフワフワとカーテンが舞っていた。

「川崎さんっ! 無事ですか」

 七瀬はそう呼びかけて、窓から広間へと入っていった。

 部屋の中は真っ暗で最初は何も見えなかったが、徐々に目が慣れてくると、ソファーに座った人影が見えた。

「よかった、無事」

 七瀬がそう言いかけたとき、人影がぐらりと地面へ倒れた。

「……まさか!」

 その人影の正体は、川崎誠の『死体』だった。

 誠の死を確認した七瀬は広間を後にし、中庭に停めたバイクに乗って、目的地へと向かった。

「仕方ない、本当はやりたくなかったけど」

 そう言った彼の目は、月光を反射して鋭く光った。

「僕は鬼になる」

 彼はギリッとバイクのハンドルを強く握ると、さらに速度を加速して山の方へと走っていった。



 日内が運転する車が病院へ着いた頃、そこには負傷した国際部隊の人たちが沢山運ばれており、院内は何人もの患者で溢れかえっていた。

「なんだこれ、まるで西宮の嬢ちゃんみてえじゃねえか」

 日内の言う通り、国際部隊の負傷者は皆、皮膚を赤黒くさせて苦しんでいた。

「私と同じ塩洸中毒ね。こんなになると、痛がゆくてたまらないはずよ」

 彼女の言う通り、負傷者の一人はかゆみに耐えきれず、赤黒くなった腕をかきむしろうとしていた。

「Do not touch!」

 そう叫んだのは、彼の上官らしい中年の隊員だった。忠告を受けた隊員は、かきむしろうとした手を力なく下ろした。

「itch……」

 辛そうにそうつぶやく彼に、西宮はゆっくりと近づいた。

「これで少し楽になる。食べて」

 彼女は酸っぱいキャンディーの小袋を数個、その隊員に手渡した。彼は不思議そうに彼女を見た後、事を理解したのか、手にしたキャンディーの袋をあけて、口にほうばった。

 しばらくすると、口の中は甘さと強い酸味が広がり、そのおかげで皮膚のかゆみをしばらく忘れる事ができた。

「THank you」

 彼は涙を流しながら、西宮にお礼を述べた。そんな彼に彼女はこう返した。

「いいよお礼なんて」

 その言葉は、今まで人を誘拐した悪女とは思えない、優しく穏やかなものであった。

「塩洸中毒が酷いときに編み出した、私独自の対処法よ。まさかこんなところで役に立つなんて、思ってもみなかった」

 そう微笑む彼女に、国際部隊の上官が睨みをきかせていた。

「なんだあのオッサン。感じ悪りいっ」

 関口昴の毒舌など向こうには一切伝わっておらず、その上官は忙しそうに、負傷した沢山の部下達を見回り続けた。

 皆は疑問に思いながらも、二美の負傷と、西宮の塩洸中毒の症状を医者に診せる為、受付をすませた。

 二美には日内が付き添い、西宮には那奈が付き添う形となった。

「患者が多いから、もしかしたら時間がかかるかもしれない。君も用事があるなら、直ぐに帰った方がいい」

 金井は剛にそう助言したが、彼は帰る選択を取らなかった。

「いいや。俺はお前達と行動する」

「どうして?」

 金井の疑問は当然なものだ。それに対して剛はこう答えた。

「俺の世話になった先代の組長が、お前達の仲間の須藤さんにすげえ恩があるって常々言ってたんだ。だからさ、先代に変わってって訳じゃねえけど、俺も先代の恩を含めた恩返しをしたいって訳だ」

 剛はごつい体には不釣り合いな、無邪気で人懐っこい笑顔を金井に向けた。

「まあ俺は見た目の通り、腕っ節は強い方だ。この町も物騒になりそうだし、ボディーガードぐらいなら出来るぜ」

「ありがとう。日内君と関口君二人で僕たちを護衛するの大変だろうから、本当に助かるよ」

 金井の喜ぶ姿を見て、剛は少し誇らしそうにヘヘッと笑った。

 そうこうしている内に

「草野さん、診察室へ」

 と二美が看護士に呼ばれた。

「なんかやけに早いな」

 そう剛がつぶやいた矢先、次は西宮の名前が館内放送で呼ばれた。

「じゃあ私たち、行ってくる」

 こうして二人の少女は、待合室を後にした。

 しばらくすると、診察室から二美と日内が出て来た。

「二美君、様態はどうだった?」

「傷の方は大丈夫です。ただ少し体力が弱っているから、点滴を進められましたが、ここを早く出たくて、辞退しました」

 二美の言う事も一理あった。この病院は国際部隊の患者がいっぱいで、うめき声も沢山響いていた。そんな場所には心苦しくて、いても立ってもいられないものだ。

「って事で、こいつも須藤さん家に連れて行くつもりだ。俺たち二人は車で待っている」

 こうして日内と二美は待ち合い場所を離れていった。

「俺は可愛い那奈ちゃんを待っておこっと」

 関口昴はいつのまにか購買で勝ったカフェオレを飲み、やれやれという体で、待合室の椅子で背伸びをしていた。

 しばらくすると顔に湿布を撒かれた西宮が、那奈に連れ添って戻って来た。

 その姿はなんとも痛々しく、年頃の女の子にとっては心苦しいものであった。

「可哀想に。あんなに奇麗な顔が、塩洸のせいでこんなになって」

 関口の言葉をきき、同じ感想を持っていた剛と金井は、少し辛そうな顔を彼女に向けた。

「大丈夫よ西宮さん。お医者さんも、この腫れは引くって言ってたでしょ。ここのお医者さん民間療法に詳しい人でさ、普通の病院では扱っていない、この地方の藤の花を使った湿布をくれたの」

 那奈の嬉しそうな言葉に、西宮も嬉しそうにこう話した。

「この藤の花は、私が仕入れていた大国の薬『ヘイトリッド』と同じ成分が入っているの。まさかこんな近くで合法にこの成分薬が手に入るなんて、奇跡だわ」

 その言葉を言ったとき、近くにいた国際部隊の上官が、恐ろしい形相をして、西宮に近づいた。

「By removing it!」

 彼は怒鳴り、彼女の顔に貼ってある湿布をビリリっと剥がした。

「きゃあああぁっ!」

 西宮は驚いて悲鳴を上げた。

「てめえっ、何しやがるっ!」

 剛は彼女をかばうように二人に割って入り、国際部隊の上官を力任せに押し出した。上官はそのまま尻餅をついて倒れたが、恐ろしい形相をして彼らを睨みつけ、その場で怒鳴り言葉をまき散らした。

「なんだあいつ、放っておいて逃げるぞ!」

 剛は西宮を守るように彼女の背後に回り、それに伴って皆待合室を後にした。

 そんな彼らに上官は捨て台詞を吐いた。

「Have it your way!」

 意味は『勝手にしろっ!』だが、この英語の本当の意味を分かる者は、ここでは誰もいなかった。

 車で待っていた日内と二美は、ぞろぞろとここに来る仲間を見て、シートベルトを締め始めた。

「お帰り。嬢ちゃんの様態はどうだ」

 日内はシートベルトを閉めながら、那奈に尋ねた。

「お医者様の見解では数ヶ月で治るって。まあ、ここの病院の処置に関しては満足だけど、問題はあの国際部隊の上官よっ!」

 プリプリ怒る彼女に、関口も賛同するように大きく頷いた。

「あのおっさん、真理子ちゃんの湿布をはがそうとしたんだ」

 彼の説明を聞き、日内と二美は目を丸くした。

「そんな酷でぇ目にあったのか」

「ええ、けど大丈夫。昔はいつもやられていた事だし」

 そう答えた西宮の過去は、心ない人間の攻撃だらけで非情に過酷だったことを物語っていた。

「無理解な人間達の偏見。これが塩洸中毒の真の害か」

 二美は自分の業を思い起こし、顔を青くしてつぶやいた。

 ただ隣にいる日内は、何か思い当たることがあるらしく、ぼんやりと中をみながら、ぽっとぼやいた。

「けどよおっ。塩洸って今思えば不思議な物体だな」

「どうしたの康平、急にそんなこと言い出して」

 眉をひそめる那奈に、彼は「だってよぉ」と付け足して答えた。

「一方では新エネルギーとして人の暮らしを便利にして、他方では西宮の嬢ちゃんみたいに、人間に害を与えている。これってなんか矛盾してねえか?」

 その言葉を聞いた那奈は、シートベルトを締める手をぴたりと止めた。

「塩洸……。そうよっ! それだわっ! 康平、今直ぐ須藤さん家に行って! 彼に伝えなきゃいけない事があるの!」

 那奈の切羽詰まった様子に、日内は戸惑いながらもこう答えた。

「わかったよ。みんな、席にはついたか」

「僕はついたよ」

 金井が答えると剛も

「俺も同じく」

 と答えた。そして関口昴も

「俺は那奈ちゃんと真理子ちゃんの間におじゃま」

 と言いかけたが

「お前は俺たちと一緒に後部の三列シートだ」

 と剛に腕を引っ張られ、後部座席の真ん中へと引っ張られた。

「男に挟まれるのはやだあぁぁっ!」

 関口昴はごつい剛と太っちょの金井の間に挟まれ、おしくらまんじゅう状態になっていた。

「うぇぇんっ、暑いよおっ!」

「可哀想に」

 日内は関口の悲鳴に苦笑しながらも、急いで須藤の家へと車を走らせた。


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