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22章-1

 ちょうど夕暮れ頃である。バス乗り場である『山守ダムキャンプ場前』に、バイクに乗った男の姿があった。

 彼の正体は元正田組の小隊長であり、今は阿修羅の諜報部員となった関口正志だ。

 彼は黒いヘルメットをかぶり、付属のシールドを下げていた。服は上下セットになった黒いジャージを着ており、靴は黒のハイカットのスニーカーを履いていた。その姿はまさに現代版の忍者さながらであった。

 彼はある人物を捜して、この山守ダムまで来たのだ。

「七瀬のやつ、どこ行きやがった」

 正志は、阿修羅の仕事で七瀬がどこに行ったのか監視をする役目をおっていた。だが、彼の瞳は獲物を探す獣の目ではない。迷子を探すお人好しのお巡りさんのように、心配そうに目ををきょろきょろさせていた。

「いつもならダムの底にある、あそこの豪邸に隠れているはずだけどな」

 そう言いながら彼は、山守ダムキャンプ場の駐輪場に原付バイクを停めた。彼は原付から降りるとその座席を持ち上げ、下にある収納スペースから弁当箱を取り出した。

「ジャジャーン。今日は俺の得意な野菜炒めどんぶりだ。食ってもらうまでは帰らねえからな」

 彼はどうやら毎回七瀬に料理を作って来ているようだった。なぜ彼がそんな事をしているのかというと、彼なりの理由があったのだ。

“プルルッ”

「なんだよ松田直々の電話か。はいもしもし」

[関口、七瀬の行方を知る情報はまだか]

「まだですよ。ったく、警察も入手出来ない情報を、俺なんかが直ぐ見つけられる訳ないですよ」

[まあそれもそうだが、念には念だ。組織の中ではお前が一番、情報収集力が高いと思っている。俺はそれに期待しているんだ]

 松田の一言は、平凡な部下なら喜んでいそうなものだったが、正志は口をへの字にして不快を表していた。

「かいかぶりはよしてください。平凡な俺は、努力しか能力ないんで。その努力のため今から仕事に戻ります。では」

 そう言って正志は一方的に通話を切ると、スマフォに向かって松田に毒を吐いた。

「なにが期待してるだ。お前が期待しているのは三島と一緒に七瀬をいたぶることだろ。このサディスティック変態野郎めっ!」

 ふんと鼻息をした後、気が抜けた様に「はあ」とため息をついた。

「ったく七瀬のやつ可哀想に。毒親とか松田みたいな鬼畜やろうに目を付けられたから、怯えて逃げちまったじゃねえか。あいつらみたいに根性ひん曲がった奴らに、七瀬の居場所なんて絶対教えてやるもんか。俺は弱いもの苛めの協力なんか絶対にしねえっ」

 正志は所属先の阿修羅のやり方に辟易しており、阿修羅をそんなやり方にさせてしまった『霊の社』にもうんざりしていた。そして彼らの一番の被害者でもある相生七瀬に、幾ばくかの同情を示していたのであった。そんな正志の行動は組織の中でこそ「非常識」と言われそうだが、彼にいわせれば七瀬の虐待を放置する組織や社会自体が、非常識だと思っていた。

 そんな正義感に燃える彼の目に、一筋の光が飛び込んだ。その光は駐輪場の上の車道からやって来るバイクの物であった。

「阿修羅の連中だと見つかるとヤバい、逃げろ」

 だが正志の予想はいい意味で外れていた。

「おおい、正志! 俺だ、剛だ」

 バイクに乗った大柄の男はそういうと、関口のいる駐輪場の方に降りて来た。

「おおっ剛、久しぶりだな」

 彼はどうやら正志の知り合いのようだ。正志は手を振って剛が来たのを歓迎した。剛はがら空きの駐輪場にバイクを停め、何かの荷物を取り出してから、正志の方まで歩いて来た。

 剛の格好も黒の薄い革ジャンに、黒のジーンズをはいていた。正志同様に闇夜に紛れやすい格好だ。

「剛、それってまさか弁当じゃねえだろうな」

 正志の質問は図星だったらしく、剛は肩をビクッとさせて正志の持っている弁当箱を見た。

「なんだよお前もかよっ。所属先の正田組にはバレてないだろうな」

「大丈夫だよ。組は俺が裏切って、七瀬の情報を渡してないとはつゆとも考えてねえ。お前も同期で正田組に入ってんだから、俺の慎重さぐらい知ってるだろ」

 剛の返答に、正志はうんうんと首を縦に振った。

「お前が慎重なのは良く知ってるよ。でも正田組は去年組長が変わって以来、いろいろと不穏な空気に変わっているだろ。そこが心配なんだよ」

 剛はそれをきいてため息をもらした。

「まあ確かに。今の正田組は成果主義で、縁の下の力持ちには待遇が冷たい。お前はそういうのが嫌で部下引き連れて出て行ったんだよな。実は俺もそれは正解だと思ってるよ」

 それを聞いた正志は内心驚いた。剛は忠義に熱い男なだけに、組織を裏切った正志の行動を評価するとは思わなかったのだ。

「俺を拾ってくれた前の組長に聞いたけど、その前の須藤雪正が組長だったころは、正田組は本当に良かったって言ってたな。部下の意見も尊重していたし、それを感じた配下も須藤さんに忠誠を誓って必死に動いていたから、成果もうなぎ上りにあがっていったって」

 剛は寂しそうに言ったあと、夜空の星を見上げた。

「やっぱ相手を思う気持ちが大切なんだよ。成果ばっかに気を取られちゃあ、自分の心さえ見失ってひとりぼっちだ」

 それは正志自身もよくわかったことだ。先の阿修羅で起こった稲月の失脚も、まさにそのことであった。

「でも今俺たちがしなきゃいけねえのは、七瀬を探すことだ。剛、お前も組に言われて七瀬を追う仕事をしてんだろ」

「そうよ正志。お前も阿修羅に言われているんだろ。なら表向きでも俺たちの利害は一致している。俺たちが共に行動しても、誰も不思議とは思わねえ」

 二人はへへっと笑いながら、乾涸びた山守ダムの底の方へと歩いていった。ダムの底には美しい豪邸が建っており、二人はその敷地の中へと入っていった。

「ここが七瀬の家出の本拠地なんだが。なんだかこの家、ダムの底にあったにしちゃあ奇麗すぎねえか」

 正志の言葉に、剛も同意を示した。

「確かに、泥も一つも無い。ほら、家具だって新調したものがそろってる。でもその理由は簡単だ。最近山守にはいろんな大きな勢力が集まって来てる。そのうちの一つが何か遭った時用に、隠れ家としてここを押さえているのだろう」

 二人は真っ暗な家の中に入って、七瀬の姿を探した。だが彼の姿はどこにも見当たらなかった。

「仕方ない。これを使うか」

 正志はスマートフォンを取り出した。

「ここには他のスマートフォンを遠隔操作できるアプリが入っていてな、なんとこれで七瀬のスマフォを操作できるようにしてんだ」

 これには剛もたまげてしまった。

「まじかスゲーッ! でもスマフォの遠隔操作って、相手側にも同じアプリを入れなきゃいけねえだろう? それはどうやってしたんだ」

「実は阿修羅の太客は『霊の社』なんだよ。そこの実質の支配者が山守高校野球部の主将だ。そいつが『部内の連絡用アプリ』と言って、部員全員にアプリを入れさせたんだ。もちろん、その中には七瀬もいるって話だ。だからホレ、こうしてあいつの位置情報も簡単に調べられるって訳だ」

 そう言って正志は下井にスマフォの画面を見せた。そこには七瀬のスマートフォンの位置情報が示されていた。

「七瀬のやつ、こんな所にいたのか」

 位置情報が示した場所は、高級住宅街の一角にある大きな屋敷だった。

「ここは音楽一家の西宮家だ。この家は『霊の社』の信者でもねえし、ましてや阿修羅や正田組とも関わっていない。その他のどの権力とも一番縁遠い家だ。七瀬のやつ、いい隠れ場所を見つけたな」

 正志はにやにやしながらスマフォを眺めた。それを見た剛は口をへの字にした。

「なんだお前、気持ち悪い笑みを見せんなよ」

「へへっ。それがにやけずにいられるかって。この家は俺の実家の太客さんだから知ってんだ。西宮家の娘は美少女で有名な女子高生だよ。そこに転がり込んだってのはあれだ。西宮のお嬢さんは七瀬の女ってことだ」

 それを聞いた剛は、目を丸くさせた。

「それが本当だったらスキャンダルだぞ」

「そうだスキャンダルだ。七瀬も男だ、女のもとに行ったってことはつまりはそういう事だ」

 下衆な笑みを浮かべながら、正志はスマートフォンのアプリを盗聴使用した。

「おいコラっ。さすがにそれはプライバシーに反するだろ」

 剛は正志のフマートフォンを奪おうとした。しかし正志も黙ってはいない。

「止めろ剛、俺はもう男だけの情事ばっか聞いて辟易してたんだ。癒しを俺にくれ!」

 そう言って正志は必死になって剛の手から逃れようとした。その間にも正志のスマフォから盗聴された音が流れていた。そこには西宮家の娘らしい、若い女の声が聞こえた。

[七瀬さま……返事がない。仕方ないか、あれだけの事をされたもんね]

 盗聴を聞いた剛は、ふと正志からスマフォを奪う手を止めた。

「会話の内容が何か変だぞ。正志、もっと盗聴を聞かせてくれ」

「なんだ剛、気が変わったか」

「ちゃかすな、お前もよく聞いてろ」

 下井の真剣な表情に、正志は小首をかしげながら盗聴に耳を傾けた。

[ “ガチャ” 何か用かしら二美ちゃん]

[真理子様、お願いです。僕に水と何か食べ物を下さい]

 そう言った男子の声はカラカラでか細く、いかにも体力が消耗しきっている様だった。正志もさすがに異変に気がついたらしく、険しい表情になって盗聴に耳を傾けた。

[駄目]

[どうしてですか、僕は真理子様に従います]

[嘘つき。貴方、いざとなれば伊吹くんを置いて逃げる気でしょ。だから今のお願いにも『僕たち』って言わなかった。そんな人間、真理子は信用できない]

[あの……ごめんなさい“バチバチ”ギェエエッ!]

 あまりの悲痛な叫び声を聞き、正志と剛は思わず身をすくめた。

[“ドスンッ”ごめんなさい、すみません、ごめんなさい]

 音からして、男子は何かの衝撃で床に倒れたようだ。懇願する声も蚊のように小さく、より悲壮感を漂わせていた。

[貴方このままだったら死ぬわね。まあ、死んだところで誰も助けてはくれないけれどね。あははっ]

 ここまで盗聴を聞いた正志と剛は、これはただ事ではないと悟り、顔を青くさせた。

「これはやばいぞ。殺害を見越した誘拐暴行事件だ。しかも七瀬もその事件に巻き込まれているらしい」

 そう言って正志は眉をひそめ、思考を巡らせた。その間剛のスマホに一本の電話が入った。電話に出た彼は会話中、彼は時たまビクッとなったり、頭をふるふると振ったりして、相当困惑している様子だった。

 そして電話を終えた剛は、目を白黒させながら正志に会話の内容を報告した。

「大変だ。今組から連絡がきたが、これから国際部隊が新エネルギー製造部に襲撃するらしい。こうなると警察は中沢財閥の警備にかり出されて、誘拐事件にいっさい動いてくれなくなるぞ」

 正志はそれを聞いて、冷や汗をたらし始めた。

「その状況を阿修羅か『霊の社』が嗅ぎ付けたらヤバイ。西宮家に沢山部下を送り出し、そのまま七瀬を抹殺するかもしれない。最悪そこにいる西宮のお嬢ちゃんも、誘拐されている二美と伊吹とやらも、口封じで殺されかれねえ」

 正志の予想を聞き、剛はがたがたと震えだした。

「俺は七瀬に死んで欲しくねえよ。そこで死んだらあいつ、可哀想すぎるだろ。そんな理不尽、俺がゆるさねえっ!」

「ちょっとまて剛」

 正志はひと呼吸置くと、熱くなっている剛にこう言った。

「こういうのはなるべく仲間を増やした方がいい。俺も七瀬救出に協力してくれそうな奴を、何人かあたってみる」

 剛は目をぐるりと巡らせ、ひと呼吸置いてスマートフォンを取り出した。

「そうだな、俺も少ないが、協力してくれそうなやつをあたってみる。正志サンキュウ」

「いいってことよ」

 こうして二人は数少ない協力者候補に電話を入れた。そのときに正志が入れた電話が、弟である関口昴のフマフォだった。

「なんだよ兄貴。今俺配達中なんだよ」

「昴、緊急事態だ。西宮家に誘拐犯が立てこもって、そこに誘拐された相生七瀬と、監禁されている男子高校生二人がいるはずだ。警察は動いてくれそうにないし、頼む、被害者救出にお前も協力してくれ」

 兄の懇願もむなしく、弟には事の事態さえ把握できずにいた。

「兄貴、さすがにその予想は外れだぜ。俺今さっき西宮家に行ったけど、その家は女の子一人でお留守番だったよ。かわいい女子高生一人が、男子高校生三人も誘拐できるはずねえよ」

「馬鹿、その女子高生が犯人だよ。お前も気をつけろ」

「ははっ。あんな可愛い子なら俺も誘拐されてえよ。俺が大会で見た限り、あそこのお嬢ちゃんは七瀬の女だ。それに二人の男子高校生はキープ君じゃねえの。勘のいい兄貴も今回ばかりははずれだな。じゃあな」

 そこで通話は切れてしまい、正志は頭をかいて苛立たしげに通話を切った。

「俺は全部あたったけど全滅だ。剛、おまえは?」

「俺も全員だめだった、みんな権力に逆らうのが怖くて、協力できねえって」

 そう言って首を振る剛を見て、正志は額に手を当てた。

「予想していたことではあったけど……しかたねえ。俺だけでも救出するぞ!」

 正志はそう言って駐輪場まで掛けていった。

「おおい待てよ、俺も行くってば」

 剛もまた、正志の後を追いかけていくように駐輪場まで走っていった。

 こうして駐輪場についた二人は、それぞれのバイクにまたがると、大急ぎで西宮家まで走らせた。

「俺と剛だけで、七瀬やそいつに関わる奴らを救う勝算はほとんどねえ。でも、今あいつを救えるのは俺たちだけだ」

 正志はそう決意をすると剛と二人、夕暮れが沈んだ暗い世界をバイクでかけて行った。

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