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21章-2

 後から聞く事になったのだが、相生雅治が企画した事業はなんと、新エネルギーの実用化であった。

「なんて無謀な計画だ」

 それが野口の最初の意見だった。

 だが、後から送られてくる資料を見れば見るほど、その計画は十分に現実的であり、十分に現実味を帯びていることが分かった。

「なるほど、希少性が高い原料の塩洸が、大量に発見されたのは大きい成果だね。それ以外にも新エネルギーの分野の最先端の研究を重ねている教授の協力、エネルギーを作る装置の設計士や、それに対応できる技術者の斡旋も手堅くしている。一流の技術者を集めて協力をあおぐのは大変だ。それを数ヶ月で出来てしまうのは相生くんの凄いところだよ」

 そう思っていた矢先、野口は上司に懇願され、影ながら新エネルギーの開発に関わることになる。

 その際に山守に来た彼は、『霊の社』の儀式の被害に遭った、三島萩彦を救出することになった。

 雅治のいざこざもあったせいで、実名を言わずに有馬に事件を報告したことを、野口は説明のときに詫びた。


「僕個人としては名乗り出たかったのですが、そうすると僕をかばってくれる上司や部下にも被害がでてしまう。当時はそうなるのを避けるほか無かったのです」

 野口の事情を知った有馬は、彼の言い分に納得した。

「そういう事情なら仕方ありません」

「だからこそ、今回は実名を出して証言したいのです」

 野口はそう言って、正座をただした。

「あと、今車に積んでいるものだけですが、新エネルギーに関する資料もお渡しします」

 彼は大きな机の上に、大量の資料を並べ始めた。

 それを何気なく見た日内は、顔を思いっきり歪ませて苦悶の叫び声を発した。

「何だこれ、この資料頭痛てぇっ!」

「英文も混じっている。僕は中卒だからほとんど読めないよ」

 そう言って困り果てたのは金井だった。

 資料はいずれも専門的なものらしく、ほとんどの人は見たとしてもチンプンカンプンであった。

 ただ唯一、須藤だけは資料を読みあさり、顔を青くさせた。

「まさかこの意味するところとは……」

「そうです。実は誰一人として、新エネルギーが何故出来るのか分からないのです」

 野口の衝撃の発言に、その場にいた誰もが息を飲み、顔を青くさせた。

「まっまってくれよ。じゃあ何で、山守で新エネルギーが出来ているんだよ。訳がわからねえよ」

 日内の発言はもっともだった。

「実は山守で新エネルギーが出来ているのは、ほぼまぐれの状態なんだよ。苦し紛れで山守の土で作ってみた新エネルギー製造機が、新エネルギーが出来るときに作られる悪影響物質を吸収したんだ。それに関しては今のところ、何故そうなるのか分からないんだよ」

 新事実の告白に、そこにいた全員が顔をさらに青くさせた。

「なんとも、綱渡りな事業だな」

 有馬は顔を引きつらせて言った。その感想はみな同じであった。

「だから僕は科学者としての責任も感じて、ブルーエアリス社と協力する形で、新エネルギーの究明をしようとしたんだ。そのためには山守の偵察は欠かせないことだったんだ」

 野口がなぜ社内秘の資料を他社に渡し、なおかつこの場でも資料を見せたのかが分かった。

「僕はどうなってもいい。でも、僕が作った新エネルギーのせいで人に被害が出てしまったら、後悔してもしきれない。そうならないためにも、本当の意味で新エネルギーの究明に取りかかろうと思っている」

 彼の心からの言葉に、須藤も有馬も金井も日内も、静かにうなづいて賛同を示した。

 一方その頃

 那奈と野口夫人は、二人して台所に立っていた。

「那奈ちゃん、これ切ったわよ」

「ありがとう野口のおばさま。主婦のエキスパートが来てくれて助かった」

 喜ぶ那奈に、夫人はふふっと笑って答えた。

「私もなんだか、娘と料理してるみたいで楽しいわ」

 それを聞いた那奈は、大きな目からぽろりと涙がこぼれた。

「私、小さいころから自己流で料理してたから……お母さんと料理するのが夢で……ううっうぇええんっ」

 那奈は小さな少女のように泣きじゃくった。それを見た野口夫人はハンカチを取り出し、那奈の涙を優しく拭き取った。

 そんなとき“ピンポーン”と音が鳴り

「関口商店です。宅配のお届けにあがりました」

 という若い男の声がインターホンから聞こえた。

 那奈は持っていた関口商店のチラシと、インターホンの画面に映っている男の顔を見比べた。

「確かに、チラシに載ってる宅配員さんね。ちょっと待って」

 代わりに出るわよ、と言ってくれた野口夫人に、那奈は笑ってこう答えた。

「もう大丈夫です。泣いたらすっきりしちゃった」

 そう言って涙を拭いたあと、彼女は玄関に向かって歩いて行った。そして笑顔を作って玄関を開けた。

「はい」

 玄関を開けた先には、宅配員の男が立っていた。

「こんにちは、ご利用ありがとうございます。ご注文の品はこちらでよろしいでしょうか?」

 彼は万遍の笑顔を那奈に向けた。

「ええ。これでいいわ」

 そう答える那奈を、宅配の男はデレデレしながら眺めていた。そして

「君可愛いね。俺この配達で今日の仕事終わるんだ。良かったら今からお茶行かない」

 とか言っていたが、その言葉を那奈は完全スルーした。

「荷物ここに置いて。ちょっと康平っ」

 そんな彼女の態度に、男はショックを受けたようにガックリと頭を垂れた。

「かわいい娘にはやっぱ彼氏がいるんだ」

 ぶつくさ言う彼を見て驚いたのは、那奈に呼ばれて来た日内だった。

「関口サン、あんた何してんの?」

「なんで日内がいるんだ? ってか俺は家業の手伝いだよっ」

 奇遇だな。いやいやそっちこそ! と言い合う日内と宅配員の関口は、どうやら知り合い同士のようだ。

「ねえ、この宅配員って康平の知り合い?」

 那奈の質問に、日内は関口の肩をばんばん叩きながら、彼を紹介した。

「ああ、関口サンは森口高校野球部の主将だよ。去年ウチの高校で練習試合した時に話す機会があってさ、気が合ってよくやり取りするようになったんだ。SNSの友人ってカンジ」

 ふーんと言う那奈を日内は親指で指差し、今度は関口に彼女の紹介をした。

「こっちは俺の幼なじみの那奈。関口サンには残念なお知らせだけど、三島って言うイケメンの彼氏がいるんだ」

 どーもと明るく答える那奈に、関口は悲劇の主人公の様にその場で座り込んだ。

「うわぁぁぁんっ! やっぱ彼氏持ちだぁぁぁっ、隙あり!」

 関口は那奈のスカートを覗き込もうとしたが、彼女のスカート下が視界に入る前に、彼の画面は火花でいっぱいに埋め尽くされた。

「いったぁぁぁっ!」

 という声が響き渡ったころ、大きな引き戸の玄関に人影が見え、須藤家の玄関をすっと引き開けた。

「こんにちは、わあああっ!」

 驚きの声を上げた人影の正体は、今しがた学校から帰って来た山岡大地だった。彼は顔を手でかばってのたうち回る関口を見てびっくり仰天したのだ。

「はぁっ、注意しようとしたんだけど遅かった。関口サン、那奈は無礼に対して容赦ねぇんだよ」

 日内のあきれた顔と、ミニスカートを押さえて真っ赤な顔で関口を睨みつける那奈を見て、山岡は事の事態を把握した。

「関口さん、家業の手伝いは素晴らしいです。でも女性に対して失礼なことをすれば、貴方の善意も全て台無しですよ」

 山岡の言葉に関口は、口をすぼめて頭をぽりぽりとかいた。

「お得意様の山岡さんにまで言われちまったよ。変な事はするもんじゃねえな。那奈ちゃんごめん、反省します」

 謝る彼の目の前で、那奈は仁王立ちををして睨みをきかせた。

「以後、女の子のスカートのぞきしないなら、許してあげる」

 その迫力に肝を冷やした関口は、さっと姿勢を正して土下座をした。

「ははああぁぁっ! 那奈様のお仕置き、ありがたき幸せであります」

「そう思うなら、荷物を台所まで運びな!」

「はい!」

 ドスの利いた那奈の声に関口は震え上がり、慌てて荷物を持ち上げ、彼女の後ろについて行く形で台所まで足を運んだ。それを見た日内は眉をハの字にし、やれやれという様子の山岡と顔を見合わせた。

「女は怖い」

 日内の意見に、山岡は首をたてにふった。

 その頃台所では野口夫人が目を輝かせて、関口商店から買い寄せた野菜達を見つめていた。

「新鮮でおいしそうな野菜ね。これでこの料金は本当にお買い得だわ。私も頼もうかしら」

 それを聞いた関口は、万遍の笑みを婦人に向けた。

「ありがとうございます。初めての方にはこちらのパックもお買い得ですので是非」

 彼が婦人にチラシを渡している間、那奈は須藤から預かった財布をごそごそさせていた。

「一万円札しかないなぁ。おつりってある?」

「いつもならないけど、今日はありますぜ。千円札を沢山出してくれたお客さんがいてくれたから、助かったぜ」

 関口はそう言いながら千円札をおつり分数え始めた。

 だが一瞬、その手がぴたりと止まった。

「なんだこれ。一枚だげ札に文字がびっしり書き込まれてやがる」

 文字を読んだ関口は、顔から血の気が引くのがわかった。その様子を見た那奈と野口夫人も不思議に思い、千円札に書かれた文字を読んだ。そして関口と同じ様に顔をこわばらせた。

「これは誘拐された子からのメッセージだわ!」

 野口夫人の声を聞いた皆は、慌てて台所へと掛けて行った。

「何があったんだ」

 野口は慌てて婦人のもとへと駆けつけた。婦人は顔を青ざめて千円札を手渡した。

 そこには、印字された部分にこう書かれていた。


 助けてください。僕たちはこの家に監禁されています。


「この文字は印刷部分と同化して、パッと見た限りでは文字が書いていることさえ気がつかない。でも、お札をよく扱う人なら直ぐに違和感を覚える。なるほど、犯人に気がつかれない様に仕込んだやり方だな」

 野口がそういう隣では、山岡が千円札を握りしめてわなわなと震えていた。

「この文字は伊吹の……そうか、そういうことか!」

 彼は血相を変えて台所から廊下へと飛び出し、スマートフォンで誰かに電話をかけはじめた。

 そんな彼を見てその場にいた誰もが、嫌な予感を察した。

「これっていたずらか何かですかね」

 関口は半笑いを浮かべながらも冷や汗をかき、その場にいた人たちの顔を見渡した。

 だが、関口の意見に同意するものは誰もいなかった。

 そのうちに山岡の電話が終わったらしく、彼は顔を青くして台所へと戻って来た。

「これを書いたのは、いとこの伊吹です。今親に問いつめたら、あいつ数日前から行方知れずだったみたいです」

 そう言ったあと、山岡はその場に倒れ込んでしまった。

「山岡君、しっかり!」

 有馬は急いで彼の所までかけつけ、肩をかす形で山岡を支えた。その隣では金井が彼の額に手を当て、集中して念を送った。

「……たぶん疲労が蓄積されて疲れたんだろう。布団をしいて休むといい」

 それを聞いた須藤は、客室に布団を敷く様に部下に命じた。

「すみません、ご迷惑をおかけします」

 山岡に対して須藤は「そんな気は使わなくともよい」と答えた。

「でも俺、伊吹といっしょに住んでいたのに、なんで気がつかなかったんだ。親は大会中だったから気を使わせたくないとか言ってたけど、それは嘘だ。捜索願も警察に届けてないし、家族はあいつの苛めの不祥事を隠すため、あいつ自体を隠してしまったんだ」

 悔し涙を流す山岡を見て、そこにいた全員が心を痛めた。

「とりあえず、山岡君は部屋でゆっくりと休むんだ。ここにいる皆で、伊吹君の救出方法を考えよう」

 須藤のかけ声を期に、皆それぞれの役割を考えて行動に移した。

 金井と須藤の部下は山岡を担いで、布団を敷いた客室へと向かった。

「じゃあ私たちは急いでご飯を作るわ。あと十分だけ待ってて」

 そう言ったのは那奈で、野口夫人も横でしっかりうなづいた。

 有馬は刑事の事情聴取さながらに、関口にこのお札を貰った家の場所を尋ねていた。

「音楽家で有名な西宮さん家だ」

 そう答える関口に、隣にいた野口も彼にこんな質問をした。

「そこのお家って大きいのかい」

「そりゃ大きいですよ。なんせ両親ともに有名な方ですから。それと今日初めて知ったんですけど、そこにいる娘がめちゃんこ美少女で、その娘からお札もらったんですわ」

 思い出して照れる関口をよそに、野口は思考を巡らせた。

「そこなら防音性の高い練習室があだろう。犯人はその家族の誰かの可能性があるな」

 その横で有馬は一人、スマホを見ながら考え込んだ。

「今SNSで確認したのだが、西宮家の主人はコンサートの仕事で、四日前から海外に行っている。そして奥さんもまた、大都会で開かれるコンサートに参加して、三日前からこの町にいない。そうなると誘拐犯はその娘の可能性が高い。君、その女の子は何歳ぐらいだい」

 彼の質問に、関口はにまにま顔で上機嫌に答えた。

「ちょうど俺と同じ高校生だ。この前の野球の大会で、山守高校の吹奏楽部の中でその娘見たんだよ。子猫みたいに小柄で髪の毛もつやつやだし、あの透き通るような肌は、生まれて初めて見たぜ」

 後ろで夕食のつまみ食い係に準じていた日内は、それを聞いてある人物を思い出した。

(つやつやの髪で透き通るような肌の小柄な女……もしかして、青木美和と一緒にいた手癖悪い、あの女か!)

「関口サン、その女の下の名前、『まりこ』か『まりか』とか言わなかったか?」

 日内の質問に、関口はパッと目を見開いた。

「そう、その娘『まりこ』ちゃんだよ! 『まりこ、料理得意なの♡』っていわれちゃあ、サービスもしたくなっちゃうよ」

 思い出してにやける関口をよそに、日内は顔を曇らせた。

「有馬さん、その女はヤバい奴です。俺の盗聴も一発で見破りましたからね。男子高校生の誘拐くらい出来ると思います」

 それを聞いた関口は顔を真っ青にさせていた。

「マジか、兄貴の言ってたことは本当なのかよ」

 その小声のつぶやきを日内は見逃さなかった。

「おい関口サン、あんたなんか臭うぞ。兄貴の言ってた事ってなんだよ、あ!」

 そう言って彼は関口の胸ぐらを掴んだ。

「待て落ち着け、話す、話すから逃げねぇから離せよ!」

 日内の掴んだ胸ぐらを押し返して離した関口は、ひと呼吸置いた後、足を肩幅に合わせて背筋を伸ばした。そして手を腰に置き、威張るような体制で顔を上に向けた。

「兄貴からの情報です。相生七瀬は今、西宮さん家に監禁されてますっ! そして高校生二人も監禁されています!」

 それを聞いた全員が「ええっ!?」と関口の方を振り返った。

 目を白黒させる彼らを見て、関口は目を泳がしながら視線をそらせた。

「俺まだ仕事あるんだ。だから帰っていい?」

 その答えには那奈が返答した。

「駄目よ関口くん、今さっき今日の仕事は終わりって聞いたわよ。那奈、料理得意なの♡ もうすぐ出来るからぜひ食べて」

 上目遣いでそういう彼女に、関口は冷や汗を流しながら質問をした。

「食べた後、帰っていいですか」

「ダーメ♡ 食べたあとはー……西宮家に案内しな!」

 那奈の恐ろしい恫喝に、関口はひえぇぇっと叫び観念した。

 その光景を、皆呆然と見ているところで

「ご飯が出来ましたよ」

 という野口夫人の声が響き渡った。

「戦をするには腹ごしらえも必要じゃ。では皆いただくか」

 須藤の一声で彼の部下も含む全員が、大広間で夕食をとることとなった。気を利かせた野口夫人が、途中で山岡のいる別室に食事を運んだ意外は、皆和気あいあいと食事を楽しんだ。

 関口なんかは感極まって、涙を流しながらご飯をかき込んだ。

「俺、可愛い娘に美味しいご飯作ってもらったの、生まれて初めてだぁぁっ!」

 そんな彼を眺めながら、日内はため息をもらした。

「そこまで女に恵まれてなかったのかよ。けどそれより、兄貴からの情報って言ってたけど、関口サンの兄貴って何者ですか。その情報って正しいんですかね」

 だが関口は疑られたことに関して怒りもしないどころか、我関せずのごとく茶碗に残ったご飯を一気にかき込んだ。その後お茶を一口すすってから、ふうっと息をついた。

「さすが日内、情報発信者を確認するのはいいことだ。でも心配は無用だぜ。兄貴は元正田組の小隊長で、今では阿修羅の諜報部員だ。そんじゃそこらの警察より、確実な情報収集に長けてるぜ」

 それを聞いた皆は目を丸くした。だが、主席にいる須藤はピクリと眉をひそめた。

「それが正しければ、阿修羅は何か動いているはずじゃ。だが今のところ彼らは、相生七瀬君に対する動きは見せておらぬ」

 須藤の鋭い指摘に対して、不思議な事に関口は困った顔でため息をもらした。

「兄貴はなんて言うか、捨てられた子猫を拾ってきてしまう野郎でしてね。高校のときに家出した理由もそこにあるんです」

 関口の話から、彼の兄は破天荒ながらも情に熱い性格だったらしい。小中学の頃は生徒に無意味な抑圧する先生達に反旗を翻し、授業をボイコットしたりと校則違反を繰り返した。そして放課後には同士達と共に、町中を原付バイクで走り回っていたようだ。その際よく捨てられた子猫猫を拾い、家につれて帰った。だがそういう訳にもいかなくなった。

「お母ちゃんが猫アレルギーを発病してしまったんだ。悪りいけどもうこれ以上は猫を飼えん」

 父親のその言葉に、当時高校生の関口兄は猫を連れて家を出た。仕事もいろいろ探したが、暴走族として悪名高い関口兄を雇うところは無く、最終的にはツテをたどって正田組の仕事に就く様になった。事情で今は阿修羅に所属しているが、それらの賃金でペット可の安い賃貸を借り、今は猫達と一緒に暮らしているらしい。

「そんな兄貴のことです。親に捨てられた相生七瀬に同情しちまって、個人的になにか動いているんじゃないですかね。そんな事してっから、お偉いさんに目を付けられっちまうんですよ」

 これを聞いた一同は皆同様に、やれやれと苦笑まじりの笑顔を見合わせた。

 そのとき[ピリリっ!]と、誰かの携帯電話が鳴った。

「もしもし、上野君か」

 と電話に出たのは有馬だった。

[有馬さん、いきなりで申し訳ないのだけど“パーンッ”新居君しゃがんで!]

 ただ事ではない上野の様子に、有馬は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「上野君、なにがあった」

「今、大国が実権を握っている国際部隊が、中沢財閥の新エネルギー製造部に侵入しているの。私たちは日本政府の命を受けて、我が国の法律を犯して勝手に侵入した彼らと、対峙しているところよ」

 上野はひそひその早口声で説明をした。それを聞いた有馬は心臓が飛び出るほど驚いた。

「何故国際部隊がそこに来ている」

「詳しくは分からない。彼らは国際的に違法な物を、中沢財閥エネルギー部門が隠し持っているって言うの。キャッ」

「上野君?!」

「こういう状況だから、もし私に何かあったら、私の娘をお願い。勝手だけどそういうこと頼めるの、貴方しか思い浮かばなかったの。じゃあ」

 ピッと切れたケーター電話に向かって、有馬は「上野、おい、上野!」と何度も呼びかけた。

 だが、電話が切れたことを確信した彼は、少し呆然としたあと、慌てて駆け出した。

「待て!」

「待って!」

 彼を止めたのは、須藤と野口だった。

「有馬君、気持ちは分からんでもない。だが、今は時期早々じゃ。何も情報が無さすぎる」

 須藤の意見を汲み取るかのように、野口もまた、こう付け加えた。

「新エネルギーが出来る際には悪影響物質も出るんだ。そんな物を直接吸えば、君の命の保証はない」

 悔しがる有馬に助け舟を出したのは、意外にも野口夫人だった。

「有馬さん、私たちの家に新エネルギーの毒に対する薄手の防護服があるの。せめてそれを着てから行って」

 それを聞いた野口は難色を示した。

「でもそれでも危険だよ」

「では貴方が有馬さんの立場だったら、助けずにいられる?」

 毅然とした婦人の質問に、彼は下を向いた。

「ううん。僕も多分、無理しても助けようとする」

「でしょ。ここにいる人はそういう人たちなのよ。せずに後悔するよりして後悔の方が、有馬さんは納得するタイプよ。そうですよね」

 彼女の言葉に後押しされた有馬は、深くうなずいた。それに対して、野口も意見を口にした。

「中沢財閥の敷地なら、僕も道案内できます。何より中沢財閥にいるかつての後輩達が心配です。僕も有馬さんについて行きます」

 こうして有馬と野口は、いったん防護服を取りに行った後、中沢財閥新エネルギー製造部まで一気に乗り込んで行くために、須藤の家を出て行った。

 その後残った面々も食事を終了し、重要な部分だけ相談してから、それぞれの持ち場へと走っていった。

 日内は関口の案内で西宮家まで車を飛ばし、そこには人質が怪我している時の為に回復係の金井と、何か遭った時のための連絡用にと、頭の回る那奈を一緒に乗せた。

 野口夫人は山岡の看病のため須藤の家にとどまり、家主である須藤もまた、二手に分かれたメンバーの中継地点の為に、ここにとどまることを決めた。

「この世界が大きく動き始めたか」

 独り言を言った須藤は、暗くて静かな中庭を眺めていた。その視界の先には、山守の町が暗い闇に包まれていくのが見えていた。

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