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20章-4

 藤平と山守の試合、山守側は白熱とは反対の意味で騒然となった。

「七瀬がいないで勝てた」

 とか

「三島主将の投球がすごい」

 などの声が上がったが、それ以上に意見が多かったのがこれだ。

「なんか、しらける試合だったな」

 眉をしかめながら意見を述べる煌輝に、大人達三人は苦笑いしながらも、誰も反対するものはいなかった。

「でも、なんて言うか、萩彦君大きくなってたしすごい球投げてたね」

 苦笑いで述べる野口に、煌輝は苦虫をかんだような顔で睨みつけた。

「けっ。大人の目はやっぱ節穴だな」

 その言葉に野口は視線を下に向けた。

 そのときだった。

「ん? あれは」

 そこにいたのは、野口の見知った顔だった。

「三島さん、来てたのですね」

 煌輝はギクリとなった。野口の視線の先にある五段下の観客席。そこに萩彦の両親である三島夫妻の姿があった。

「帰る」

 煌輝は三島夫妻から逃げる様に、慌てて観客席から立ち上がった。

「待って、私も行く。野口さん、せっかく会えたけど行かなきゃ。それじゃ」

 リアはそう言うと走って煌輝の後を追いかけた。

「うん、それじゃ」

 と野口が言うより先に、二人の姿は帰る観客の群衆にのまれ、見えなくなっていた。

「野口さん、今のは」

 三島の主人が煌輝達が行った方を、不安そうに見つめていた。

「ああ、昔の仕事の同僚と、その友人です」

「もしかしてその子、煌輝君じゃないですか」

 彼が煌輝の名前を知っているのに、野口夫妻は驚いた。

「煌輝君とお知り合いですか」

 野口夫人の言葉に、三島夫人が答えた。

「ええ。彼は萩彦の友人の弟なのです。先日から家を出て行方不明だったので」

 野口夫婦は目と口を丸くさせた。

「そっそれじゃあ警察に連絡しないと。でもなんでリアと一緒に……」

「それには心当たりあります。多分煌輝君自身が、家に帰るのを拒んでいるのでしょう」

 野口はそう答えた三島の主人の顔を見た。

「何かあったのですか」

「はい。煌輝君のお兄さん、この試合に出ていなかった相生七瀬君が、母親に折檻されたからだと思います。確証はないのですが多分……」

 野口夫妻は、顔を真っ青にさせた。

「そっ、それこそ警察に知らせるべきじゃないですか! この地区の児童福祉課にも連絡しないと」

 野口は慌ててスマートフォンを出し、児童福祉の受付番号へと連絡しようとした。

 しかし三島婦人が慌てて、野口の動かす手を掴んだ。

「! 奥さん何を」

「止めてください!」

 三島夫人の声は、悲痛な叫びそのものだった。

「もう、これ以上萩彦を、私たちを苦しめないで……」

 彼女はそう言うと、ふっと意識を無くしてしまった。

 三島の主人は慌てて妻を抱きかかえ、野口夫人は

「奥さん、奥さん、聞こえますか」

 と声をかけ、応急処置を取っていた。そして野口は大急ぎで球場の駐車場へと向かい、自分の車に乗り込むと近くの病院までカーナビをセットさせた。

「せっちゃん、車の準備は出来たよ。三島の奥さんの様態はどうだい」

 野口はスマートフォンで妻に連絡を取った。

「奥さん意識は戻ったわ」

 彼女の答えに、野口は胸を撫で下ろした。

「分かった。でも念を入れて病院まで連れて行こう。会場の出口を出てすぐのところまで、車出しておくよ」

 こうして三島の主人は夫人を支えながら、野口夫人は人ごみでごった返す会場の出口まで

「すみません、病人を運びますので道をあけてください」

 と周りにいいながら道を確保し、三人は野口の待つ車へと乗り込む事が出来た。

 野口は病院まで車を走らせた。

 病院に着くとすぐに、三島夫人は急患としてして診てもらえる事となった。彼女は三島の主人に付き添われて診察室に入り、その間野口夫妻は、入り口付近の待合室で待つ事となった。

 待合室はガランとしており、人っ子一人いない状態だった。

 そんな中、野口は不安そうにぽつりと言った。

「相生兄弟の件と三島家の件、なにか関係があるのだろうか」

 隣にいた婦人は、心配そうな彼を見ながら彼の手を握った。

「あるかも知れないし、無いかもしれないわ。でも私たちに出来るのは、彼らが問題を解決できると信じることだけ。ただそれだけよ」

「そうだよね」

 野口はそう言って婦人の手を下から握り返し、手と手が絡み合うように手をつないだ。

 そのとき、診察室から三島の主人が出て来た。ハッとなった野口は、身を乗り出して三島の主人に問うた。

「奥さんの様態はどうでした?」

 三島の主人は静かに答えた。

「大した事はなかったです。医者の見解では日頃の疲れが溜まった結果だと」

 それを聞いた野口夫妻は、ひとまず安心をした。

「ただ少し脱水症状もみられるので、大事を取って点滴をすると。数時間はかかりますので、野口さんは先に帰っていただいても大丈夫です。私たちはタクシーで帰りますので」

 三島の主人の言い方には

『私たちをそっとしといて欲しい』

 という意味が込められているのを、野口夫妻は感じ取った。

 彼らは仕方なく

「分かりました。ではお気をつけて」

 と返して病院を後にするほか無かった。

 病院の建物を後にした夫妻は、とぼとぼと駐車場まで歩いて行った。

「なんだか寂しいね」

 野口の言葉に婦人もコクリと頷いた。

「でも彼らが選んだ事よ。部外者の私たちには何も出来る事はないわ」

「そうだね」

 二人はその後も無言で歩いていった。

 そして病院の地下駐車場の入り口まで来た。外の照りつける太陽の光とは打って変わって、地下の入り口は暗くて真っ黒な口をあけていた。

「外の光が眩しいから、中が見えづらいな」

 そう言って野口が入り口の中に入った時だった。

 ドンッ!

 と彼は誰かにぶつかった。

「すみません、明るいところから暗いところに入って、目がくらんでしまって」

「いいえ、こちらもよそ見してたもので」

 声から分かったが、ぶつかった相手は男性だった。暗い地下駐車場に目が慣れるにつれ相手の様子が分かった。男は体格が良く、服装は白のパーカーを羽織りジーパンをはいていた。彼はスマホで誰かと連絡を取りながら、向かう道のりを尋ねていたようだ。そのため前方不注意となり、野口にぶつかったのだろう。

「お怪我はありませんか」

 男性の問いかけに、野口は笑顔で

「大丈夫ですよ」

 と答えてあげた。

「それはよかった。では失礼します」

 男性はにこやかにそう言って、駐車場を後にした。

「びっくりした……あっ!」

 野口はいきなり驚き声をあげた。

「どうしたの?」

 夫人は驚いて彼の方を見た。野口は自分の服のポケットやショルダーバックを必死にごそごそさせており、青い顔でこう言った。

「車の鍵がない」

「えっ?」

 彼女は先ほどとは違ったイントネーションで声を上げた。

「あの人とぶつかる前まで手に持ってたから、そこで落としたのかもしれない」

 野口と夫人は慌てて地べたに座り、車の鍵を探した。しばらく探したものの、鍵は一向に見つからなかった。

「あれれ、無いぞ」

 困り果てる野口をよそに、夫人は探す手を休め、ぐるりと目を動かして思考を巡らせた。

「そういえば、鍵が落ちた音がしなかったわ。下に落としたのじゃないと思うの」

 彼女の言葉に、野口はハッとなった。

「これだけ色々探して無いってことは、ぶつかった男の人の服か持ち物に紛れ込んだんだよ」

「そうだわ。だとしたらあの人を捜さないと」

 夫人がそう言うかいわずかの内に、野口は急いで地上へと駆け上った。

「せっちゃん、僕は男の人を捜すから。行き違いでもし彼が帰って来た時のために、悪いけどここで待っててくれるかい」

 夫人はこくんとうなずき、それを見た野口は男の行った方角へと走っていった。

 少し走ると清掃員がおり、野口は彼に問いかけた。

「すみません、白のパーカーとジーパンを着た、背の高い男を知りませんか」

「ああ、あの人か。彼は本館の東入り口に入っていったよ」

「分かりました、ありがとうございます」

 野口は職員にお礼を言うと、慌てて東入り口に走っていった。入り口を入ると、直ぐ目の前に総合カウンターがあった。

 彼はカウンターで男を探していることと、その理由を簡潔に話した。

「そういうことでしたら、その男性をこちらにお呼出いたします。少々お待ちください」

 そう言って受付の女性は、手元に会った電話で連絡をいれた。

 しばらくすると、駐車場で会った男性がやって来た。

「すみません、車の鍵ってこれですよね」

 見せてくれた男の手のひらに、野口の車のキーがあった。

「それです、よかった見つかって。ご足労おかけしてすみません」

 野口がお礼を述べると、男は後頭部に手を回し、ぽりぽりと軽く頭をかいた。

「いえ、それはこちらの台詞ですよ。気がつかずに、パーカーの腹ポケットに入ったままでした。重ね重ねの不注意、お恥ずかしいです。それでですね、入院している弟がこの件のお詫びにと、いただいたお土産を渡したいと申し出ておりまして。迷惑でなければぜひ持って帰ってください」

 男の申し出に、野口は少し困り顔をした。

「せっかくのお土産なのに、いいのですか」

「ええ。弟は知り合いが多くて、我が家だけでは食べきれないぐらいお菓子や果物をいただいています。食べずに捨てるのもなんですし、ぜひ貰ってください」

 にこりと笑う男の申し出に、それならばと野口は引き受けた。

 男に案内されて来たのは、入院病室の五〇五号室だった。中に入ると分かったが、病室は少しグレードの高い個室らしい。男性の言う通り、沢山の花やお土産が、大きな部屋いっぱいに並べられていた。後は父親らしい老人と、親戚かと思われる高校生ぐらいの少女と少年が来客用のソファーに座っていた。そしてその中心には患者らしい小太りの男が、病室のベッドに半身を起こして座っていた。

 彼らは何か会話をしていたが、野口達が入ってくるのを見ると、一斉に彼らの方に視線を向けた。

「お兄さんお帰り」

 病人の男は、いかにも人が良さそうな柔らかい笑顔を、野口達に振り向けた。だが病室につれて来てくれた男の表情は、暗く曇っていた。

「本当に彼がそうなのか? 金井さん」

 彼の言葉に、野口はハッとなり身構えた。

「弟に金井さんって……もしかして貴方達、僕を騙したのですか!」

「私も本来したくはなかったが、今回ばかりはそうさせてもらった。君の場合は正直に説明しても、保身のために逃げる可能性があったからね」

 男は少し悲しい顔をして、野口の方を見た。

 野口は逃げようと部屋の扉のほうを振り返ったが、少女と少年が彼の退路を防ぐかのように立っていた。

「君たちは何者だ。僕に何の用があってこんな事をするんだ」

 険しい顔をし、牽制しながら逃げる体制を整える野口に、リーダーらしい老人がゆっくりと近づいた。

「失礼。私は元正田組組長、須藤雪正だ」

 その自己紹介に野口の緊張は高まった。だが

「そして私は元刑事の有馬和也です」

 というパーカーの男の自己紹介と

「僕は元『霊の社』の幹部、金井弘です」

 と自己紹介した病人の小太りの男の自己紹介に、野口の頭はすっかりこんがらがってしまった。

「えっ? なんで元組長と刑事が? でもっと関係なさそうな宗教団体の幹部がなんで?」

 そんな彼に追い打ちをかけたのが少女の

「私、中村那奈。元JKで、今はフリーターでーす♡」

 と舌を少し出してはにかんだ、いかにも現代っ子的な自己紹介だった。

 彼らの関係は、どう考えても見えてこない。野口の混乱は頂点に達していた。困り果てた彼は残った少年の自己紹介を、怯えたような顔で見ていた。

「すまないなオッサン。さらに混乱させてもらうぜ。表の姿は元高校球児、だが裏では半グレ集団『阿修羅』にツテを持つ不良学生。でもそれさえも仮の姿。その実態は、山守の平和を守る正義の男、日内康平だーっ!」

 そう言って正義のヒーローっぽいポーズを取る少年の隣で、須藤もビシッとヒーロー者のポーズを取ってみせ

「そう我々の正体は、山守の真の平和を願う『ヤマモリンジャー』だ!」

 と威勢良く言ったものの、有馬は

「私、こういうノリにはついていけません」

 と恥ずかしそうに顔を赤らめ、那奈は

「言っちゃ何だけど二人とも、それダサイ」

 と辛辣な評価を口にし、金井なんかは

「僕たちのグループ名かあ。そういえば必要だよね」

 とのんきに今更なことを口にしていた。

 バラバラな彼らを目のあたりにし、野口はまだ色々なところで混乱しながらも、最終的にはこう判断を下した。

「少なくとも君たちは、悪い人ではなさそうだね」

 苦笑いをする野口に、金井は優しい口調で声をかけた。

「怖い思いをさせてすまない。有馬さんに頼んで君を連れてきてもらったのは、僕のお願いなんだ。野口さん」

 彼の言葉に野口は驚いた。

「なんで僕の名前を」

「僕には能力があってね。有馬さんの服のポケットにたまたま入った鍵の記憶から、貴方の存在を知ったんです。そして貴方は私たちが待ち望んでいた人物でもあります」

 金井の言葉は神のお告げのようだった。野口はここにきて、自分はとんでもない大きな運命に引き込まれているのを自覚した。

「十年前、匿名で私に『霊の社』の事件を報告してくれたのは、貴方ですね。貴方の証言が今、必要なのです」

 有馬の発言に野口は息を飲んだ。そして、彼らの目的がなんなのかを瞬時に理解した。

「もしかして、萩彦君達の事件を貴方達は追っているのですか」

 須藤はその場にいた全ての者を代表して、大きく首を縦に振った。

「そうだ。我々は各々の立場から自分の運命の為に、この事件の真相に迫っていっておる。そしてこの事件はこの山守だけの話ではない。世界そのものが動こうとしておる。お主なら分かるだろ」

 彼の言葉は、今の野口にとって思い当たるものばかりだった。

(僕は仕事のためとはいえ、何でまたここに来たのだろう。それに大国にいるはずのリアも、この国の田舎町に来ている。それに三島一家のこと……)

「そうだ三島さん! あの一家はどうしたのですか? なんであの一家にはつらい事が沢山襲うのですか!」

 野口の質問に、須藤は少し下を向いた。

「彼らの運命は、彼ら自身が引き寄せたものだ」

 その答えに、野口はわなわなと身を震わせた。

「そんな……理不尽ですよ。我が子が殺されたり、ひどい目に会うのが三島さん達が引き寄せた運命って、そんなことたまった物じゃありませんよ」

 野口の震えた声の後、しばしの間沈黙が流れた。

 彼の意見はもっともだ。それは皆分かっている。でも須藤の言葉はさらに奥の真実であるからこそ、だれも何も言えずにいた。

 その沈黙を静かに破ったのは金井だった。

「野口さんに説明するにしても、ここじゃ難しいな。実は今日、僕の退院日なんだ」

 そこでガラッと空気が代わり、日内は積を切ったようにしゃべり始めた。

「そうだよ、みんなで退院祝いだって来てみたら、有馬サンが野口のおっちゃんの車の鍵なんか持って来たせいで、お祝いムードがパアになっちまったんだ」

「そうよ。お祝いに須藤さんの家で、私が腕をかけたごちそう振る舞う予定でって、ヤバい、須藤さん家にごちそうの材料のデリバリーしているの完全に忘れてた!」

 那奈は完全にあたふたしており、それを見た金井も慌てて服を着替え始めた。有馬は

「大事を取って金井さんに入院してもらって正解だった。おかげで能力もかなり回復したし」

 と言いながら、いそいそと金井の荷物をまとめた。その間にも日内が

「だいたい金井サン、この病院でも御売り過ぎなんだよ。そのせいでお土産が大量になったし」

 とケチをつけ、大急ぎでそれらを病院から借りた荷台に詰め込んだ。

 それを見て呆然としている野口に、須藤はテキパキと荷物を片付けながらこう言った。

「詳しい話はわしの家でいたそう。馳走するので、奥方も呼ぶといい」

 その一言で、野口はアッとなった。実は彼、夫人の存在をすっかり忘れていたのだ。彼は慌ててスマホで電話をかけ、遅いと心配していた彼女に、電話口で平謝り状態になった。

 こうして野口夫妻は、『ヤマモリンジャー』の本拠地である須藤の家に招かれることとなった。

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