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3章-4

 北風が寒い夜の日。


 小太りの男は商店街の細い裏路地を歩いていた。

 男の様子は何かから身を隠す様に大きなコートを体に纏い、小走りにどこかに向かっていた。


 が何かに気づいたらしく、辺りをキョロキョロと見回した。


「誰かいるのかい?」


 男はふらふらと何かを探す様に、ある場所へと歩いて行った。

 男が付いた場所は、裏路地に並ぶビルの裏手の入り口であり、そこには数箱の段ボールが置かれていた。

 段ボール箱を開けた男は、声を失うほどに愕然とした。

 そして顔を真っ青にしながらさめざめと泣いていた。


 ガラン

「チッ。何をしているんだ」

 ビルの裏手の入り口が空き、中から柄の悪そうな大男が出て来た。

 彼は小太りの男を見下しながら舌うちをした。


「これは何ですか」


 力なく尋ねる小太りの男を見て、大男は眉をひそめてこう答えた。

「これは廃棄予定のポルノビデオだ。邪魔になるから店の外に出してんだよ」


 それを聞いた小太りの男は、目を見開きこう言った。

「なんて酷いことだ…」

 愕然とする小太りの男を見て、大男はこういった。


「何言っているんだ。世の中にはこういうモンは一杯あるんだよ。商売の邪魔するなら出て行け!それとも何か、ここにある商品をお前は買い取ってくれるのか?」


 それを聞いた小太りの男は、しばらくして首を縦に振った。


「そうか。処分品買い取りのお客さんか。なら有り難い。これはちょっと特殊で誰も見向きしなかったから、売れて助かったぜ。ちなみに店内にもいくつか同じ系統のがあるよ。安くしておくからさぁお客さん、中に入って見てみないか」

 大男はガラリと態度を変え、小太りの男にごまをするようにへこへこしながら、彼をビルの中へ案内した。






 佐渡からもらった住所録の情報から、松田は『阿修羅』の部下を使い、金井の目撃情報を探していた。


 金井が昔住んでいた住所は、今は三階建てのパーキングエリアに建て替えられ、別人名義の土地になっていた。

 松田の部下は怪しまれない様に、近所の人々に聞き込みをした。

 そのうちの一人が、金井の姿が写った写真を一枚くれた。

 五年前に家族写真を取った際、たまたま彼が写っていたという。

 金井の容貌はぶよぶよと小太りな男で、いかにも気が弱い貧弱な男そのものだった。

 しかし現在の金井の住所は誰も知らなかった。

 金井の情報はここで打ち切られた様に思った。


 だが松田は、金井の行動に関して目星をつけていた。


 佐渡からの情報だと金井は「小児性愛」だと聞く。

 そういう系統の物を扱う所は、山守とその一体を合わせると一つしか無い。


 それは藤平のヤクザ「正田組」が出しているアダルトショップだ。

 そこの常連に金井がいる可能性がある。

 だが「正田組」はこのところ景気が下がっており、最近上り調子の「阿修羅」を目の敵にしている。

 しかも「霊の社」は汚い仕事を「正田組」に任せており、その関係は何十年も続いる。

 もしアダルトショップの店員に松田達の目論見がばれてしまったら「正田組」から「霊の社」へと情報が漏れ、松田たちは大変な目に会ってしまう。


 なので、アダルトショップへの金井の調査は、かなり慎重に進めないといけないのだ。

 松田は一番「阿修羅」から遠いであろう那奈と日内を、アダルトショップの調査へと向かわせた。


「大丈夫かな、あいつら」


 もんもんやきやきする松田のケータイに、日内からのメッセージが入った。

〈今アダルトショップに潜入しました。金井の情報が入り次第、随時連絡します〉

 添付された写真には、バカップルな高校生の振りをした那奈と日内の姿が写っていた。


「なるほど、この姿なら店員も油断するな」

 松田は少し安堵して、別件の仕事に取りかかった。




 バカップルの振りをして入店した那奈と日内は、客を装い「小児性愛」関係の商品が無いか調べていた。

 そこのコーナーに、もしかしたら金井がいるかも知れないからだ。

 けれども、そういう感じのコーナーは一向に見つからない。


 意を決した那奈は、レジにいた店員に尋ねた。

「すみません。あの…。『男の子』を扱ったAVってありませんか?」


 那奈のあまりの質問に、店員は目を丸くした。

 那奈は取り繕う様にこういった。


「驚きましたか?そうですよね、私みたいな女子高生がこんなこと訊くの」

「ああそうだね。君みたいな『今時の可愛い女子高生』がいうのはびっくりしたよ」


 ちょっと引いている店員に、那奈は思い切ったようにこういった。


「思い切って告白します。私、今来ている彼氏とは幼なじみで、小さい時にその…ちょっと恥ずかしいことしたんです。そのときの事が忘れられなくて、そういうのに興味があるっていうか…。ゴメンなさい。やっぱり私、変ですよね」


 顔を赤くしていう那奈に、店員は少し微笑ましい笑顔でこういった。

「なるほどね。それなら僕も分かる気がするよ。小さなときのそういうトキメキって妙にドキドキするよね。頑張ってカミングアウトしてくれたんだ。お嬢ちゃんには特別に、マニアック専門の裏部屋を案内するよ」


「いいんですか?やったぁ!」


 小さく喜びの声を上げる那奈に、店員は裏部屋を案内した。

 裏部屋はレジの奥の扉から入れる様になっており、中は通路が狭く奥行きのある部屋であった。そこは高い棚がずらっと並んでおり、そこにマニアックなアダルトDVDが大量に積まれていた。


「いっぱいあるから、目当ての物を探すまで、ゆっくりみてていいよ」

 そういう店員に、那奈は声をかけた。


「すみません。あの、ここに小太りの男の人も、常連でいませんでしたか?」

「小太りの男?」


 眉をひそめる店員に、那奈はこう言った。

「はい。実はこのお店に来たのも、彼からの情報なの。彼が『男の子』のDVD持ってるの見て、つい彼につめよって訊いたんです。その時に暴力まがいのこともしてしまったから、謝りたいなって」


 店員は、那奈の嘘の説明に納得したようで

「ああなるほど。彼なら毎週金曜の夜、にここに来るよ」

 と、小太りの男の情報を、那奈に教えた。


「よかったぁ。謝れなかったらどうしようって、心配してたんです」

 安堵した振りをする那奈に、店員も

「そうだよ。あの日の彼の怪我を見て、僕もびっくりしたぐらいだ。今度の金曜日、ここにきて謝るといい」

 と、笑顔になって話した。




 ある程度店内を見て、それとなく商品を購入した那奈は

「ありがとうございます。金曜日にまた来ます」

 と言い残し、アダルトショップを日内とともに後にした。


 松田にショップでの成果を報告した後、日内と那奈は今後の打ち合わせのため、二人が住んでいる近所の公園にやってきた。


「良かった。『金井』らしい人物の情報が手に入って」

 ルンルン気分の那奈に対し、日内は心なしかげんなりしていた。


「…なによ。なんかあったの?」

 少し膨れっ面で尋ねる那奈に、日内はこういった。


「だってよ。お前まさか、オレの黒歴史出してくるとは思わなかったよ。幼稚園のとき、お前がオレの変な噂たてたもんだから、ちょっとトラウマ持ってんだよ」


 それをきいた那奈は、プッと吹き出した。


「フフフっ。ついつい口がすべって『康平って、おち○ちん触ったら、エッチで可愛いの』って女の子の友達にしゃべっちゃったのよ。それにあの時のあんた、人生最大級に女の子にモテたじゃん」


「笑い事じゃねえよ。女の子に『おち○ちん触らせて』って詰め寄られて、オレは恥ずかしいやら惨めやらで、かなり傷ついてんだよ。少しの間のブームで終わったからよかったものの。ああっ!何であの時のお前は、オレにそんな興味を持っちまったんだよ」


「幼稚園のときに流行った、局部の見せ合いっこが原因よ。二人でその遊びした事あるでしょ。その時、あんたのぞうさん触ったら、あんた女の子みたいな顔して気持ち良さそうにしてたじゃん。それ見て、鳥肌が立つくらい楽しくなったのよ。って、今それやったら逆レイプよね。ごめんごめん」

「本当だ!お前、痴女確定だ!三島にそんなこと絶対にするなよ!」

「キャハハハ!大丈夫よ」

 笑い声を立てる那奈に、日内は

「絶っ対ヤルぞ。この女…!」

 と怪訝な目を向けた。


(はぁ。嫌な事思い出しちまった。ったく、こんな昔の話なのに気が滅入るぜ。っていうか、あの時の噂が広まって今も言われてたら自殺モンだな)

 ため息まじりにそう思っていた日内は、ふと七瀬の噂を思い出した。


『七瀬は変態男だ。男を誘惑して口封じに殺した』


(これって、あいつが小学一年生の頃の事件が出所だよな…。ってことは、あいつは今もこんな気持ちで、しかも大勢の見知らぬ人間にまで嘲笑されているのかよ…)



 それに気づいた瞬間、日内の背筋に悪寒が走り、目の前が真っ暗になった。

  【考えるな!】

 本能でそう感じた日内は、心の窓をピシャリと閉じた。



「…康平?」

 日内の様子が変だと感じた那奈は、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

「すまねぇ那奈。オレ、なんか気分優れねぇから先に家に帰る。打ち合わせは明日にしようぜ」

 そういって青白い顔で公園を出た日内を、那奈は不思議そうに見送った。


 彼女は日内の心情を、何も察することが出来なかった。

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