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16章-4

 高校野球地区予選大会四日目。

 藤平高校主将の山岡大地は、大会の会場にある水道水の蛇口の前に立っていた。

 彼は周りをキョロキョロ見渡し、だれもいないのを確認すると、ポケットから小さな紙を取り出し、水道水で軽く濡らした。

 その紙はしばらくすると、赤色から青色へと変色した。

「やっぱり」

 ちいさくつぶやく山岡に

「何してるの」

 と突然尋ねて来た人物がいた。

 ビクッとなった山岡は、慌てて声が聞こえた方へと振り返った。

「わあっ、えっと……」

 驚く山岡に声をかけた選手は、無邪気な笑みを見せながら自己紹介をした。

「驚かしてゴメン。オレ、峯一高校の多田って言うんだ。あんた藤平の主将の、名前はたしか」

「山岡だ」

 慌てて答える山岡に、多田はやっぱりという顔を彼に向けた。

「試合、もうすぐ始まるってのに、なんでこんな所いるの」

 山岡はなにか言おうと、口をぱくぱくさせた。

 そのとき別の方向から、二人とは違う声が入って来た。

「山岡サン、今腹を壊してんだよ。で、医者から渡されたこの紙を使って、飲める水かどうか調べてたんだ」

 そう言って助け舟を出したのは日内だった。山岡は日内の言葉に乗せる様に、必死になって訳を説明した。

「そっ、そうなんだよ。試合前に緊張して、水を飲もうと思ってたんだが……。これは飲めない水だったみたいだ」

 多田はその説明になんの疑問も示さず、ただ

「ふーん」

 と感心しただけだった。

「そう言えばさ、オレのチームも水道水飲んで腹壊したのいるんだ。もしかしたら、この水自体が変なんじゃね?」

 多田の思わぬ勘の鋭さに、山岡と日内は内心ビクッとなった。それを見た多田は、ただ彼らが自分の言葉を変に解釈してビビったと思ったらしく、笑いながらこう言った。

「はははっ。毒が入ってるとかじゃねえよ。多分冷たすぎて腹壊しただけだ。オレも水筒に水道水入れようかと思ったけど、やっぱ止めた。それじゃあね」

 多田は無邪気な笑顔のまま、その場から去って行った。それを見た日内と山岡は、ホッと胸を撫で下ろした。

「ふう、なんだアイツ。ヘラヘラしてんのに変に勘が鋭いし。ヒヤヒヤしたぜ」

「でもまあ、特に悪いやつでも無さそうだ。助け舟助かったぞ日内」

 山岡の礼に、日内は「どうってことよ」と返した。

「でも問題はコレだ。この水道水の水、新エネルギーの原料『塩洸』が入ってやがる」

 日内は山岡から手渡された、先ほどの紙を見ていた。

「ああ、須藤さんが言ったとおりだな」

 そう言って山岡は、先日のことを思い出していた。

 山岡は前日の高校野球大会で、二回戦で対戦するチームの試合を見に行っていた。しかし両チームとも、なんだか試合の切れが悪いように思えた。

 気になった山岡は、負けたチームの投手に話しを聴いた。なぜなら彼は、試合初期は絶好調だったのにもかかわらず、試合の最後になって急に体調が悪くなったように感じ、疑問を持ったからだ。

 その負けたチームの投手の証言はこうであった。

「自分が持って来たスポーツドリンクが無くなったから、大会が用意してくれたお茶を飲んだんだ。そのころから急にお腹が痛くて、身体も少しだるくなって。最後には頭がぼんやりしてきてさ……。

 でもお茶を飲んで平気なやつもいたから、やっぱ自分の自己管理が悪かったのかな」

 何か引っかかった山岡は、その日の須藤の家での集まりで、この件のことを相談したのだ。

「もしかしたらそれは『塩洸』中毒かもしれん」

 須藤は顔を曇らせながらそう言った。

「塩洸の中毒は、個人差に大きなばらつきがあるんじゃ。主な症状は腹痛、下痢、頭痛、身体のだるさ。選手達の症状そのものじゃ。念のため、大会が用意したお茶や水道水全てを、この検査用紙で調べてくれ」

 こうして渡されたのが、日内が持っている検査紙だ。

「普通、水道水で使われる水は、この土地にある塩洸の養分を除去しているはず。となると、この大会の水に意図して、塩洸を入れた奴がいるはずだ」

 山岡の言葉に、日内は自分の推理を乗せた。

「大会の水の細工となると、かなり大掛かりだな。それこそスポンサーぐらいのレベルで権力が在る奴に他ならない」

 その言葉に山岡がハッとなった。

「スポンサーと言えば、この大会の一番大きなスポンサーは『霊の社』だ。オレの情報を足せば、この大会の水に塩洸を仕込んだ人物は特定出来る」

 日内は驚いた表情で山岡を見た。

「誰だよそいつ」

「……三島萩彦だ」

 山岡の推理に、日内は一瞬凍り付いた。

「マジか? なんで山岡サン、そう思ったんだよ」

 山岡は真剣な顔をしながら推理を話し始めた。

「オレ、教団の施設のトイレに入ったとき、隣に隣接している幹部室の話しを偶然に聴いてしまったんだよ。教団の代表である鈴木さんが、病気で入院したんじゃなく、持病の急な悪化で死んだって。で、その際遺言で後継者に選ばれたのが三島萩彦だったそうだ。

 そして実はもう、実質的な権力は三島の手中にあるそうだ。今はそういうのも極秘だが、日を改めてその件を近々公開するらしい」

 日内は一瞬言葉を失った。

 その様子を見た山岡は、日内の心の内を察した。

「中村さんの事が心配なんだろ」

 山岡に図星を指された日内は、視線をそらして黙り込んでいた。

「彼女に伝えたのか」

「……伝えたさ」

 質問にそう答えた日内を見て、山岡は結果を想像出来た。

「そうか。すまないが、今から行かないと試合に間に合わない。それが終わったら愚痴を聞いてやる」

 そう言って山岡は、その場を去って行った。

 一人になった日内は、数日前の事を思い出した。

「彼女になってくれないか」

 那奈にそう告白した日内だが、彼女の答えは『ノー』だった。

「康平、あんたの気持ちは嬉しいよ。でも私、三島君の悪い所も自覚した上で、あんたよりも彼のことが好きなの」

 ごめんねと謝る彼女に、日内は「いいよ別に」と笑って答えた。

 那奈の決心は固かった。

 なので日内自身、その結果に未練はない。

 だが卑怯な男に大好きな那奈を預けるのは心配だった。

「クソッ、三島の野郎っ。試合会場の水に『塩洸』入れるとか卑怯なことしやがって……。一体何を企んでやがる」

 難しい顔をしている日内に、ふと遠くで声が聞こえた。

「主将、この大会の会場の水冷たいから、腹壊してる人いるみたいですよ」

 そう言ったのは峯一高校の多田だった。峯一高校は次の試合の予定だが、思ったより早く会場に来てしまったようだ。彼らは会場の隅で部員全員で輪になっていた。

(峯一か。ここって確か部員が少ないから、全員がほぼレジュラー扱いなんだよな。いかにも弱小チームの典型って感じだな)

 日内はぼんやりそう思って彼らを遠巻きに見ていた。

 そんな事に気が付いてない峯一のチームは、遠くで歓喜の声を上げていた。

「お前等、そういうと思って、温かいお茶用意してやったぞ」

「わーい! さすが『かあちゃん』」

「おい、他所でオレを『かあちゃん』って呼ぶなよ」

「ごめーん主将」

 彼らの会話はいかにも近所の『草野球チーム』の雰囲気が漂っていた。そこには野球の実力によるヒエラルキーは一切見当たらず、各々の選手がそれぞれの個性を生かして、自由にチームを動かしているように見えた。

(こんなチームで野球出来りゃ、毎日楽しいだろうな)

 峯一の選手を見て、日内はついついそう思ってしまった。

 だがぼんやりとだけしてはいられない。彼は藤平の観客席の方に他の学生と一緒に座り、会場でなにか変化がないか、目を小眼にして試合会場を観察した。

(この会場でなにか起こりそうだ)

 そう注意を向けた彼は、試合中にもなにか起きない様に、いつも注意して周りに警戒をし続けた。

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