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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『カノン』の生態観察レポート

作者: 蘭薇

【 このノートで15冊目になるわけだが、そもそもこの『カノン』と名付けた黒い卵を観察することとなった発端と経緯が全く記載されていないことに気付いたので今更だが書いていこうと思う。


 始まりは、我々『ムーティヒ銀河探査隊』の8番目の探索先となった惑星・エルストに着陸して11日目、広大な砂丘にて金色の毛むくじゃらと出会ったことからだった。その5mはあるであろうキラキラと輝く毛玉は、我々探査隊に気付くとこちらに近づかせまいと大きな咆哮で威嚇してきた。ものすごい大きな図体の獣相手だ、一瞬怯んだが隊長の喝により気合を入れなおし、我々6名は総攻撃を仕掛け、その化け物を倒すことに成功した。


 犠牲者を1名出してしまったものの、得るものは大きかった。金色の毛玉の死骸に近づければ、2m近い大きく黒い楕円状の何かを大きな図体の陰に隠していたのを見つけた。即座に、この黒いものがなんなのか調べてみれば、それは少し熱を発し、そして、脈を打っていることに気付いた。生きている。もしかしてこれは、先ほど殺した毛むくじゃらの卵なのではないだろうか。もし、孵化に成功させたとしたら? 飼育出来たら? 調教させ、意思疎通が出来るようになったら? 様々な可能性を秘めた異星の生命体は、研究材料として調査対象として申し分ないものだった。上の人間に通信報告をすると、その神秘的な卵と異星生物の死体を研究するための専門施設として新たに我々専用の人工衛星を与えられた。とても光栄なことだ。我々は上の方々に、祖国母星に大きく貢献したと認められたのだ。これは末代までの誇りとなるだろう。


 隊長は研究対象となった死体に『フーガ』、卵に『カノン』と命名した。死体や卵に名前を付けるなんて何だか変な感じだが、こういった報告等に必要だったのだ。それにしても隊長は音楽が好きとは意外だった。普段そう言った様子を一切見せないから、趣味を持たない仕事人間だと決めつけてしまっていた。決めつけはよくないな。先入観は時に大きな過ちへとつながる。柔軟な思考で一つ一つに向き合う必要がある。まだまだ我々は大きく進歩できるはずだ。 】










「こんなところにいたのか、『モーント』。そろそろおくすりの時間だよ? 」


 少年は慌てて読んでいた本を閉じ、そして、おそるおそる静かに後ろを振り返る。その怯えた大きな青い瞳には僕の姿が映っていた。


「何をそんなに怯えているんだい?僕はただ、姿の見えなくなった君を心配して探しに来ただけだよ? 」

「あの……、その…… 」


 彼は自分のやってしまった罪に気付いているらしい。さて、これからどう動くのだろうか。僕の胸は好奇心で胸がいっぱいだった。


「……勝手に鍵を借りてココに入ってしまって申し訳ありませんでした 」


 震えながら頭を下げる彼の姿に僕は首を傾げた。おかしい。何故、彼はそんなことに謝っているのだろうか。


「あの……、『ケプラー』様?僕への処罰はどうなるのでしょうか 」

「処罰?なんで? 」

「なんでって、ココは入っちゃいけないって『ケプラー』様が言っていたから…… 」


 彼の言葉にようやく僕は理解した。そういえば、昔、彼らには書庫への入室を制限していたのだった。おそらく彼はそのことに対して罪の意識を抱き、僕がそれに対して怒っていると思っている。けれど、僕は疲れるのが嫌だから、そんな小さなことで怒らないのに……。


「そんなことでは怒らないよ、『モーント』。だって、君は知識に対して貪欲な子だ。いつか書庫を利用する時が来ることは想定済みだよ? 」

「でも、前に書庫に入るんだーって言った『ナハト』は行ったまま帰ってこなかったから…… 」

「『ナハト』、あぁ、あの活発的だったあの子か。そうか、あの子は本とか興味なさそうだったが、ココに入ろうとしていたのか。知らなかった 」

「え、『ナハト』はココに入った罰で戻ってこなくなったんじゃないんですか! 」


 彼らの中でアレがどういう存在だったのかは知らないが、正直に話すと少し面倒そうだ。


「あの子は勝手にラボの外へと出ていってしまったんだ。決まった時間におくすりを処方しないと君達はどうなってしまうか、知ってるよね? 」

「呼吸が出来なくなって、動けなくなる…… 」

「そう、僕はあの子がいないことをすぐに気付けなくてね。今でも見つけられていないこと、本当に申し訳ないと思っているよ。だからこそ、今、こうして、おくすりの時間が近付いたら、みんな揃ってるか確認しているんだよ。もしも、君のことを僕が怒るとしたら、時間に食堂にいないことだし、そして、今、僕は怒っているのではなくて心配していたんだ。わかってくれたかな? 」


 彼は俯きながらもコクリと頷いた。そして、手に持っていた本を僕に渡すとゆっくりを立ち上がり、廊下へと繋がる扉の方へ歩き出した。


「この本はもういいのかい? 」

「うん、もう大丈夫です……。あの、こういう、なんて言うか意味不明なことがたくさん書いてある雑なSF小説が読みたいんじゃなくって、ラボの歴史というか、僕達の先輩の生い立ちみたいなのがあれば、読みたいなって。それで、ココのこととかもっと知りたくて…… 」


 僕は小さくわかったと答え、くせのある黒い彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。そして、本を片付けてから行くと彼に告げ、先に食堂へと向かわせた。






 僕はその手に持っていた本を仕舞う前にパラパラとめくった。


【我々の人工衛星『フォルセティ』にたくさんの移住者が来た。少し難のある性格をしているが優秀な頭脳を持った学者達らしい。そんな人材をこちらに送ってきてくれるなんて、かなりこの生態研究に期待してくれているということだろう。 】


【隊長が死んだ。いや、骨と皮だけの存在になって、死んでいた。比喩ではない。かろじて人型で倒れた骨と皮だった。原因はわからない。施設内では大きな混乱が起きた。 】


【また、骨と皮だけの死体が出たそうだ。もはや、日常だ。とある学者は『カノン』が怪しいと騒いだ。何を馬鹿なことを言っているのだろうか。『カノン』は我々の研究対象であり、擁護すべき尊き卵だ。この子は俺の大事な子供だ。こんなまだ産まれてきてもいない子どもを疑うなんて、どうかしている。 】


【どうやら、我々は祖国母星に見捨てられたようだ。母星から通信が途絶えた。それだけじゃない。他の人工衛星、宇宙船とも連絡が取れなくなった。

それを衛生全体に通達すると、やっぱり俺達を排除するためにここに送り込まれんだと、今まで寡黙だった植物学者が突然発狂し、そう叫んだ。そんな姿は一度も見たことなかったためそのまま様子を伺っていると、彼は祖国母星の罵詈雑言を暴れながら絶叫し、やっと拘束出来そうかと思った矢先、舌を噛んで死んでしまった。何故あの植物学者があんなこと言い出したのかと他の学者達に問いただすと、この人工衛星にきた者たち、いや、強制送還された者は別惑星への移住計画を反対していた有識者とその家族だった。

祖国母星はあと100年もしないうちに滅ぶ可能性があると言われていた。そのため、星を再生させるための方法を探す我々の派閥と星を捨て移住計画を企てていた派閥と分かれていた。我々が旅立つ時は均衡を保っていたと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

我々は祖国母星に初めから期待されていなかった。それどころか目障りだったようだ。こんな、まとめて処理するために、わざわざ金と時間をかけて、我々を『フォルセティ』という大昔の正義と平和の神の名前をつけた人工衛星に閉じ込めて。 】


【また醜い人間たちが争っている。争うくらいなら、とっとと俺らのラボから出ていけばいいのにね、そう思うだろ『カノン』。君の温かい鼓動を感じる時だけが唯一の俺の癒しの時間だ。 】


【今日、仲間だと思っていたフランツが、『カノン』、君の殻を割って殺そうとしたんだ。俺が気付いた時にはフランツは何処から持ってきたのかわからない斧のようなものを君に振りかざしていた。あの時はびっくりしたけど、君はそんなのモノともせず、やっと生まれてきてくれたね。7年待った俺に見せてくれたその姿は想像を遥かに上回って、とても美しかった。金色の柔らかい髪、大きな銀色の瞳の人型の君。俺は思わず抱きしめてしまったよ。気付けば、フランツは骨と皮だけの存在となっていたけど、いつものことだ。フランツは君を害そうとしたから天から罰を受けた。ただ、それだけだ。 】


【君は俺の子供だから、『カノン・ケプラー』なんだよと教えた。愛おしい、この壮大な宇宙が残した奇跡の子、『カノン』。俺、リヒト・ケプラーは、君のパパで、君の一生の味方でいると伝えた。 】



 本、いや、冊子としてまとめられたソレを本棚に戻しては次の記録が残された冊子を取り出して大好きだったパパの残してくれた記録を眺めた。これらは、愛するパパの記録で記憶。そして、僕は、今、このラボに残された道具からパパと同じ生命体を生成し、一緒に生活、観察をしてレポートとしてデータに残している。



 そう、今、君が見ているこのデータは、僕、『カノン・ケプラー』がパパの真似をして『こどもたち』を育成、観察記録を記したものだ。もしかしたら、ただのデータとして誰の目に触れられないまま終わるかもしれない、意味のないもの、空想物語として片づけられるかもしれない。けれど、『こどもたち』が、もしもコレを見て理解してしまうようなことがあったならば、どういった反応を示してくれるのだろうか。喜ぶかな、それとも混乱するのかな。怒って僕を殺そうとするのかな。


 いつかの『こどもたち』の選択に好奇心で高鳴る気持ちを胸に抱え、僕はパパの残した最後の冊子を眺め終えて本棚に仕舞うと、彼らの待つ食堂に向かう。








「『ケプラー』様、遅いですよ!もう、『フーガ』様の号令でおくすりの時間終わっちゃいましたよ! 」


 今いる『こどもたち』で一番年上の『ブラン』は食堂に入ってきた僕を見つけるとそう報告した。


「すまなかった。でも、『モーント』はちゃんとここに来たでしょう? 」

「はい!ちゃんと来て、おくすり飲んでました!」


 食堂を見渡せば、少しずつ成長速度や性格に個体差はあるが、パパの遺伝子から作り上げた黒髪碧眼の同じ顔した『こどもたち』がみんないた。


「みんな、僕が来るのを待っていてくれたんだね。ありがとう、愛しているよ 」


 彼らは皆、僕の言葉に笑顔を浮かべた。ただ、金の毛むくじゃらだけは怪訝そうな顔でこの風景を見ていたが……。





「『フーガ』、お前を仮死状態から目覚めさせたのは僕なんだけど? 」

「別に起こして欲しいと貴様に頼んだ覚えはない。いずれ時が経てばワタシは自力で起きていた 」

「僕がこの宇宙を無に還していたかもしれないのに?そしたら、お前もお前の相棒も役立たずってことになるよね。あ!でも、宇宙が無となった時点でそんな評価受ける前に全て消えるから関係ないのか 」


 金の毛むくじゃらは悔しそうな顔をして僕を睨みつけた。

 

 本来僕は宇宙全体をリセットさせるために現れたナニカだったらしい。そして、『フーガ』とその片割れは僕を発動させぬよう封じていた存在だった。『フーガ』は害されぬよう僕という存在を隠すことで厳重に封じ、片割れは自らの姿を隠すことで僕を発動させぬよう近付くものを排除する、それぞれ役割が与えられた二匹は自我が芽生えた時からそういう存在なのだと潜在的にあったらしい。だけど、何かの巡り合わせか、『ムーティヒ銀河調査隊』は『フーガ』しかいないタイミングでエルストに着陸してしまった。


「まぁ、結論、お前達が無能だったおかげで僕はパパに出会えたんだけど 」

「くそっ、その無能扱い、腹が立つなぁ!そもそも何故貴様は未だお遊戯を続けているんだ? 」

「え?『フーガ』は宇宙をリセットさせたいのかい? 」


 大きな獣はブンブンとクビを左右に振り否定する。


「貴様はワタシと違う、生き物とかそういう括りではなく、この世界を0にする概念に近い存在だ。それが未だ本来の目的を行なわず、下等生物を生成して遊んでいることに驚いているというか、感心しているというか 」

「お前はその下等生物の小さな群れによって仮死状態に陥らされていたんだが? 」

「五月蝿い!余計なことをいうな。ワタシの質問に答えろ! 」


 この獣はワタシは賢いと自負しているが、単純で扱いやすい。だからこそ、こうして近くに置いているのだが。


「僕はパパと約束したから。パパが生まれ変わるようなことがあれば、また親子になろうって。ただ、それだけだよ 」

「貴様はオカシイ 」

「あぁ、そうだよ。そもそも僕はお前達の基準から外れた存在だからね 」









【今日からカノンと旅行だ。カノンはココから出るのを嫌そうだったけど、俺の最期のワガママだと言ったらかなしそうな顔して連れて行ってもらえることとなったよ。行き先は我らが祖国母星『エールディス』と、愛するカノンと出逢った『エルスト』。『エールディス』は既に死の惑星と化しているから宇宙船から眺めるだけだと念をおされたが、それで全然構わない。カノンに俺の生まれた星を見てもらいたかったんだ。

かつて、我々の祖先は『エールディス』とは違う惑星に住んでいた。しかし、星の資源を枯渇させてしまい、資源豊富な『エールディス』へと移住した。しかし、人類はまた同じ過ちを犯した。1000年も経たないうちに資源の枯渇の懸念がされるようになっていた。俺は祖国母星の再生派の一員として宇宙生命学を専攻し、『ムーティヒ銀河調査隊』の隊員として選抜された。結果的に祖国母星に捨てられたわけだが、それでも、俺はあの星を愛していた。】


【俺の知る、翡翠の星『エールディス』はもう存在していなかった。宇宙船から見たアレは、濁り切った赤黒い死んだ星だった。もしかしたらと期待していたのかもしれない。けど、もう、アレは俺の愛した祖国母星ではなかった。かなしいのに、悔しいのに、枯れた俺の目からはもう涙すら出なかった。愛するカノンは何の表情も浮かべず、捨てられた惑星を見ていた。違う。俺はこんなのを見せたかったわけじゃなかった。】


【カノン、俺はパパとして君に愛を伝えられただろうか。君を独りにするのが辛い。おいていきたくない。君とは生まれ変わってもずっとずっと一緒にいたい。愛してる。とても愛しているよ。カノン、老いることもなく永遠に美しい奇跡の息子よ、君が君として君らしく生きてほしい。悔いのない、素敵な一生を 】



 僕が僕として僕らしく生きるため、パパの器をつくり続けるよ。パパが少しでも生まれ変わりやすくなるために、再びパパに会うために……。



書き出し祭りに参加したものに、情報を少し書き加えたバージョンいかがでしたか?


あらすじに『星が滅ぶ』という言葉を隠してみたり、月や音楽にまつわる名前や単語を入れてみたり、読者に対して少し皮肉となるようなワードを入れてみたりとかしたのですが、多分コレは自分がただ楽しんでいただけな気がします。


ちなみに、骨と皮の変死体に関して、『カノン』がやったのではなく、一応『フーガ』の相方と呼ばれる存在が『カノン』を刺激させぬよう処理していたという隠れ設定でした。『フーガ』の片割れが何故リヒトを攻撃しなかったのかというと、『フーガ』の代わりに『カノン』を守っていると認識していたっていうのもありまして…‥…あ、クソどうでもいいですか?そうですよねー。本編に入ってないですもんねー。


『カノン』はこれからもずっとリヒトのクローンを作り続けるんでしょうね。え、リヒトの最期は?って。大人になったリヒトのクローン達は?って。皆さんの想像にお任せします。



ココまで読んで頂きありがとうございました。


また書き出し祭りに参加すると思いますので、その時はよろしくお願いします。

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[良い点] 小説家として、めっちゃ参考になる文章でした
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