身寄りなき学生メイド
まず、妙な点は「なぜシンデレラは、仕事でもないのに身を粉にしながら働いたのか?」です。
「……と、この様に、薬草を栽培する場合、適切な肥料を選ばないといけません」
ここは、薬学の専門学校。
私はそこに通う学生、シンデレラ。
今日も先生の話を聞きメモを取りながら、授業を受けていた。
「おっと、そろそろ時間ですね。今日はここまで。各々復習しておくように」
メモの取り忘れがないかチェックし終えると、私はノートやペンを鞄にしまって席を立った。
シンデレラ! と名前を呼ばれて先生の方を向いた。
「以前話した件は考えてくれたかしら」
にこやかに聞く先生に、私は申し訳なく思いながらも首を横に振った。
先生を通して、町の教会からコック兼身寄りの無い子供達の世話役として働いてくれないかと声が掛かっていた。
幼い頃から、身寄りの無かった私を育ててくれた教会のシスター達。
もちろん、大きな恩がある。
だけど、特に世話になっていた高齢者のシスターが病で天国へ旅立ってしまった。
薬草があれば助かる病だったのだが、当時の私を含めた子供達の生活費がかかるためその費用が確保できなかったのだ。
薬学を学び、貧しい人でも買える安価な薬を開発する。
これが私の夢だ。
そのため、勉強時間と授業料などのお金を十分に確保できる、裕福な家庭でのメイドという仕事を選んだ。
住み込みで働ける上、食材の残りなら貰えるため食費にも困らない。
それでいて、仕事さえこなせば他の時間は自由にしても良いという、私にとっては好都合な仕事だ。
教会のシスター達には悪いけど、教会での仕事ではそれが厳しそうだ。
先生に頭を下げ、私は学校を出た。
このまま帰っても良いのだが、今日は少し寄り道したい所があった。
「やあ、シンデレラ。探していた本、手に入ったよ」
学校の道向かいにある、よく薬学の本を買っている本屋だ。
「嬉しい! おいくらですか?」
「安い薬が出来たらでいいよ。今日はタダ」
「いけません!」
正規の代金を払うと、本のタイトルを読んだ。
『高級薬草 入門』
うん、この本だ。
「次はどんな本が欲しいかな? 仕入れとくよ」
「お願いします。次欲しいのは……」
仕入れのリクエストをすると、私は本屋を後にした。
「ついに明日、パーティが開かれるのか」
家に戻る途中、橋の前の通りにある立て看板の周りに数名の人だかりができている。
私も近くに行って看板を見てみると、明日の夜、城でパーティがあると書かれていた。
近々、国王が退任して王子に継承するため、その前祝だろう。
王子。仕事で城の中にいることが多く、ほとんど街中に顔を出すことは無い。
が、私は一度だけその姿を見たことがある。
確か、護衛を引き連れながら町長と共に町の視察に来ていた時だ。
単に美形なのもあるが、その真剣な表情から、国を良くしていこうという思いが伝わってきて……。
「素敵だったな……」
「おや、王子様に惚れているのかい?」
その声に飛び上がり、手に持っていた買ったばかりの本を危うく落としそうになった。
「な、な、何を!」
「あっはっは! 顔が真っ赤だよ。よっぽどなんだね」
二十歳の私より少し年上くらいに見える黒フードの知らない女性がケラケラ笑っている。
「いや、いきなりゴメンね。それじゃあ、またね」
それだけ言うと、その女性は走って立ち去り町の人々の中に消えていった。
何だったのだろう。
そう考え始めた私だったが、町中にある時計台の時刻を見て考えるのを止めた。
「いけない! 早く戻って夕食を作らないと!」
家路を急ぐ私には、黒フードの女性が『またね』と言った事に気付く余裕さえなかった。
「食事の用意ができました」
ご主人様一家は、仕事で帰りが遅いことの多いご主人様、家事嫌いの奥様、私と同じ二十歳のお嬢様の三人家族だ。
今回は珍しくご主人様の帰りが早かったため、三人分の食事を用意した。
「シンデレラ。明日は三人とも夕食は要らないよ。城でのパーティに参加するからそこで食べるんだ」
パーティという単語に私が反応すると、それを見て奥様が一枚の封筒を見せつけた。
「パーティの招待状が届いたの。知ってたシンデレラ? 招待状に書かれていたのだけど、このパーティは王子様の結婚相手を見つけるパーティでもあるのよ」
恐らくだが、一定以上の富や力のある家庭にのみ配られている招待状。
噂で聞いたことはあったが、どうやら出まかせではなかったようだ。
「仕立てたドレスは私の部屋にあるわ。仕立て屋が届けてくれたの。シンデレラ、汚れるといけないから、触らないでね」
お嬢様はそう言うと、食事に手を付け始めた。
「ふんふん。この薬草は効果的で需要が高いけど、栽培が難しいから数が少なく、その希少性で高価になっているのね。簡単に栽培できるようになれば安価に薬が作れるようになるかも」
そんな独り言を漏らしながら、私は日中に買った新しい本を読んでいた。
ご主人様達は既に眠りについた時刻。
私の部屋は屋根裏部屋。
働き始めたばかりの頃は埃だらけで人間が暮らす空間ではないと思ったこともあったが、今は綺麗に片付き、ご主人様達のお下がりのベッドとテーブル、椅子があるため案外快適な部屋となった。
「ちょっと休憩しよう」
窓を開けて夜風に当たると、力を抜いて深呼吸した。
窓の外に広がる星空、特に今日見える満月はとても美しい。
「王子様、結婚するのかな。相手は誰だろう? お嬢様? 他の誰か?」
自分が候補に入らない予想。
そんな事をしていても、今日も月は美しかった。
真っ黒な夜空に、白っぽい満月。
そして、満月に重なる黒い人のような影。
「……え?」
目をこすってもう一度見ても、人影は消えなかった。
それどころか、少し大きくなっている。
いや、近づいている。
棒のような物にまたがり、杖のような物をこっちへ向けている。
「何、あれ……?」
人影から一本の線の様な光が飛び、私のいる家の庭に落ちたかと思うと、庭に生えた草が急激に成長し始めた。
何事かと思いながら一階に降りて外に出る。
伸びきった草に見覚えがある。
先ほどまで本で見ていた高価な薬草だ。
「嘘、信じられない」
「こんばんは。シンデレラ」
急にかけられた声に驚いたが、それ以上に声をかけた黒フードの人物に驚いた。
箒にまたがる体が、宙に浮いていたのである。
「あ、あなたは、今日町で会った……」
「どうも、魔女です」
私、シンデレラの人生は、大きく動き出そうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
吉善なりのブラッシュアップは「夢を追う学生メイドだったから」でした。
次はついに魔女が登場!
ところで皆さん、魔女はなぜ、シンデレラを助けるために魔法を使ったのでしょうか?
第2話でブラッシュアップしていきますので、よろしければご覧いただきたいです。