燃ゆる殺意
行馬くんとのお付き合いは公にはできない。
10代、かたや30過ぎの女。
だから、いつも会うのは私の仕事終わりに河川敷などの人気がないところ。
『行馬くんは、高校出たらどうするの?』
『何にも考えてないよ。ただあの村には帰らない。あそこに|僕の居場所はないから。《・・・・・・・・・》』
村の話になると優しい行馬くんの表情は急激に強ばる。荻羽生村は、そんなに大きな村ではないからだいたいの家の苗字は村人全員が知っている。しかし、私の記憶では鯨井という名字は聞いたことがなかった。
『そうなのね。』
『岬さんは、この先はどうするの?』
『私は・・・とりあえず涼子が幸せになってくれればなんでもいいの。』
『そっか。親の気持ちはわからないけど、そういうものなんだね。』
『うん、涼子には辛い思いさせてしまったから。』
訪れる言葉の凪。お互いの身の上話はどうしても踏み込めない領域がある。
『そう言えば涼子ちゃんは、ものすごい頭がいいよね。中学1年で僕より勉強できるよ。いや、むしろ教わっている感じ。』
『そんなに、頭いいのね。』
『ねえ、岬さん。』
一枚のチラシを渡される。
『これさ、来年僕が行く高校なんだけど、、日本初の中学から高校への飛び級認定されているところなんだけどね。涼子ちゃんに受けてもらったらどうかな?涼子ちゃんを中学3年待たせるのはなんだかもったいない気がしてさ。』
チラシを見る。私立高校だ。偏差値も高く、有名大学への進学実績もある。しかも、飛び級で入った子は学費免除とある。
『涼子に聞いてみるわ、ありがとう行馬くん。』
頭を撫でる。
『岬さんに喜んでもらえて何よりだよ。それより、恋人なんだからキスしてほしいかな。』
こんなことを笑顔でさらりと言える行馬くんはなんだか、私よりずっとずっと大人な気がした。
星空の下。口づけを交わした。
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『へえ!行馬くんが、私にね!』
『よくわからないけど、涼子が良ければ・・・・。』
『うん、私受けてみるよ!高校の学費浮くし!ラッキーだよ!』
くるりと一回転し、歯に噛む涼子。
『でさ、お母さん。浮いたお金でさ、お母さん大学行ってみたら??』
『私が、大学?なんで、今更。仕事もあるのに。』
『お母さんさ、行馬くんのこと大好きでしょ。』
『・・・・なっ。』
『わかるよ。行馬くんと会って来た帰りはいつも幸せそうだから。でね、いつか2人には結婚してもらって、私が一緒にお母さんとバージンロード歩くの。そして、行馬くんとお母さんは子どもを作って・・・・。』
『り、涼子・・・せっかちね。』
『でね、今のお仕事って私は別に素敵だと思うよ。お母さんも誇りもってやってるしさ。でも、お母さんさ、やっぱり年々疲れが溜まっているように見えるの。男性相手だとさ、体力使うだろうしーーー。』
『・・・・。』
『でね、なんか体力じゃなくてそうだね、頭を使うような仕事をしてもいいんじゃないかなって思うよ。大学行けば頭使う仕事につけるかなんてわからないけどさーーーでも、可能性は広がると思うんだよね。』
『涼子・・・。』
『今の仕事しながらでも大学は行けるからさ。大学行っていろいろ勉強して、やりたいことがあればそっちに進めばいいし、やっぱり今の仕事したければすれば良いと思うの。』
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あくる日。私と行馬くんは河川敷にいた。
『岬さんが、大学ね。涼子ちゃんはやっぱり素敵だね。』
『どう思う?行馬くん。』
『いいと思う!いろいろ知った上で今の仕事を続けてもいいし、やりたいことが見つかればそっちもいい。僕は応援するよ!』
行馬くんにも涼子にも応援された。
この歳まで、涼子を育てることだけ考えてきた。涼子の為だけに生きてきた。そろそろ自分のことを考えてもいいのだと思う。
私はいろいろ悩んだが・・・・。
結果的には仕事や家事との両立を考えて、
ある通信制の大学の試験をパスして、入学することになった。
涼子は飛び級認定を受けて来春から高校に入学することとなった。
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『高校入学、大学進学おめでとう!』
『ありがとう、行馬くん。行馬くんも高校入学おめでとう。涼子もおめでとう。』
昼間から近場の安い焼肉屋でお祝いをした。
『お母さんもこれで大学生だね!』
幸せな時間。自分の人生を考えてそれを祝ってくれる友人もいる。人生で今日ほど充実した時間はないのだ。
『しかし、涼子ちゃんはやっぱりすごいな!飛び級で高校とか前代未聞だよ!』
『行馬くん、涼子をよろしくね。』
『ええ!頭脳は高校生ですが、、途中で中学から高校ですからね。慣れない事も多いでしょう。サポートしますよ!』
『もう、母さん、子ども扱いして。』
楽しい時間はあっという間に終わりを告げる。
『じゃあ母さん一回帰って仕事までちょっと休むわね。』
『僕と涼子ちゃんは、ちょっとブラブラしていきますよ。ではまた。』
視界が揺れる。
『涼子ちゃん?!』
『ああ、行馬さん、ごめんなさい。』
咳こむ。口を抑えた手についているのは、吐血の後。
『涼子ちゃん・・・・?』
『へへ・・・うん。母さんも知ってる。私、もうそんなに長くないの。』
『そ、そんな!』
『母さんが飛び級の話に乗ったのはこういう事。残り少ない人生をより楽しくってね。で、でも大丈夫。たぶん高校は卒業できるから。』
ハンカチで口元を拭う。
『治らないのか・・・・。』
『臓器移植出来れば・・・・でも、難しい手術でしかも日本の医療じゃ無理。どちらにしろお金が足りなくて、、、』
『そ、そんな・・・・。』
『今日も、母さん、父さんにお願いしに行くって。』
『お父さん?お父さんは、いないんじゃ、、、』
『いるよ、行馬くんもよく知ってる、、、私の父さんは、荻羽生村の、、名士。』
『そ、そんなまさか。それって・・・・。』
荻羽生村近郊の、喫茶店。
私は看護師と弁護士に会っていた。
『旦那様は今日もお見えにならないのですね。』
『今更、なんなの?養育費を旦那様に払わせておいて、さらに金の無心?本当銭ゲバね、あんた。』
看護師と弁護士がいる。
『娘が病気なの。日本じゃ治せない。だから、金がいる。生涯かけて返すから、お願いします。』
土下座で頼む。
看護師は立ち上がり、グラスの水を私の頭にかける。冷たい。
『ただの不倫の末にできた子どもの病気なんて知らない。旦那様の意向はそれだけ。ねえ?三井さん?』
弁護士の方を向く、看護師。
『ええ、萩島様のおっしゃる通り。養育費で事足りるはずです。あまりに無心されても、こちらとて困りますから。どうかお引き取りを。』
『アンタも散々ね。今何してるか知らないけど、旦那様に色目を使った罰よ。そうだわ、その子を売春でもさせれば?中学くらいでしょ?高く売れるわよ?なんなら、村の男の相手でもさせたら?そしたら旦那様も少しは考えてくれるかもねぇ!』
拳を強く握りしめて喫茶店を出る。
私の運命を弄び、あまつさえ娘の涼子を売れと。
大人になってわかる、当時の自分への理不尽な対応。村八分にされるような事だった?脅されるような事をした?旦那様はなぜ、一度も出てこない?
とぼとぼと歩く帰り道。主婦の噂話が聞こえる。
『羽生の坊ちゃん、東京の高校行くんだってねえ。』
『あら!荻島さんところもよ!母親だけで立派に育ってからに。』
『羽生村の弁護士さんの娘さんも同じ高校だってから。お父さんも単身羽生村で大変からに。ま、でも羽生の坊ちゃんと同じ高校なら安心やわな。』
そうか。そうなのか。そうね、涼子だけがかわいそうなのはダメよね。涼子だけじゃなくて。あいつらの子どもも同じ目に合わないとダメよね。だったら。
こんな腐った負の連鎖はここで止める。
この国にこんな腐った村は、要らない。




