口づけを見せつけて。
文化祭2日目。
俺は、開場前にボーっとPVをスマホで眺めていた。
『お、太一!1番乗りか!』
行馬がバナナを食いながらやってくる。
『バナナ本当好きだな。』
『いや、これさ糖度高いんだよ。めちゃくちゃ美味いんだ。食うか?何見てんだ?』
『質問は1つにしろ。ああPVだよ。』
『ああ、いい出来だよな。動画投稿サイトにも載せてそこそこ再生されてるんだぜ。』
行馬はバナナの皮を投げ捨てる。
『バナナの皮くらいちゃんと捨てろよ。ったく。』
サイトを見ると、三井のPVと萩島のPVがそれぞれ載っている。
『すごいな、10万再生なんて。』
『ああ三井はまだしも、萩島もそのくらいだからな。』
動画の中の萩島はメイド服で、彼女が普段言わないようなセリフや言動を繰り広げている。
【お待たせ!今日はブンブン楽しんでね!】
【ミックスジュース!美味しくなあれ!】
コメントが並ぶ。
『メイドたん、はあはあ。』
『明日〇〇高で会えるらしいぜ。』
『こういうの待ってた!声かけようかな。』
行馬が企画して、俺が撮った動画。
確かに俺がレンズをのぞいて、萩島が魅力的に写るように撮った。
確かにすぐそこにいた、女の子。
ネットで驚異的な再生数を稼ぎ、知らない人からのコメントを見る。
この子は本当に萩島なのだろうか。
手を伸ばしても届かない存在になってしまっていないだろうか。
冷や汗が額をつたう。
今、手を伸ばして抱き締めないと、どこか遠くへ行ってしまわないだろうか。
『太一?』
『あ、あごめん。』
『顔青白いけど?バナナ足りてる?』
『行馬、なんでもないよ。リハーサルをしよう。』
ステージに立つ。
三井や行馬と段取りについて打ち合わせる。
登場シーンは、三井がしゃがみながら、音楽を流し、サビで飛び上がるように立つ。そうしてオーディエンスに姿を見せる。
萩島が目に入る。
忙しそうにドリンクの用意をする。
小さな手に、たくさんのボトルを抱えて歩き回る。少しつまづいて転びそうになる。
・・・なんとか耐えたようだ。
よかった。
『じゃあ太一、ここでお前が、、、』
『太一?』
『・・・。』
『羽生クン?』
『あ、悪い。なんだっけ?』
『だからここでお前がな・・・。』
打ち合わせもそこそこ。萩島を目で追うことに必死だった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『そろそろ客入るぞー。』
観客はゾロゾロ入ってくる。
『わっ、ホンモノの萩ちゃんだ!』
『かわいいー。』
『ねえ、萩ちゃん、彼氏いるの??』
萩島はアイドルが如く、男性客に迫られてる。
『うーん、内緒だよっ♪』
ウィンクし、目元でピースサイン。
これは行馬の設定だ。
萩島は、メイド服のバーテンダーで、恋人の有無は不明。
『かわいいと思うならあなたと、ドリンク飲みたいな!』
これも設定通り。
チクリと胸が痛む。なんだろうかこの感覚は。
ただの設定であり、行馬の考えたキャラクターなのに。
『はい、ワタシとあなたのミックスジュース!』
ヤメロ。ヤメテクレ。
萩島、遠くにいかないでくれよ。
『羽生クン、そろそろ。』
『あ、うん。』
三井は機材をいじくりステージ下にしゃがむ。
『早く、早く。』
『あ、ああ。』
視界から萩島が消える。どこかに居なくなってしまったのような錯覚に陥る。
『・・・・!?』
柔らかい唇の感触。
再生ボタンが押されてビート音が少しずつ早くなる。まるで、心拍数が高くなるように。
『へへっ、今日は楽しもうね。』
サビに入る直前、三井はそう伝えて舌をベーッと出して、一気に立ち上がってパフォーマンスを始めた。
♦︎♦︎♦︎
パフォーマンスが始まる直前。
太一に頑張ってね、それだけを伝えたかっただけなのに。
『へへっ、今日は楽しもうね。』
立ち上がる刹那、ワタシと目が会い、
舌をベッーと出して、三井さんは一気に立ち上がってパフォーマンスを始めたのだった。




