見せつけてやる。寝とってやる。
ある夕方。誰もいない校舎裏。
冷えたコンクリートに座る僕と彼女。
彼女は体を僕に委ね、絡みつくように抱きしめてきた。いや、抱きしめられにきた。
僕は、彼女と手を繋ぎキスをした。
『えへへ、キスしちゃったね!』
流れるショートボブからはシャンプーの匂いがする。それはとても官能的で刺激的だ。ここが学校の校舎裏でなければ理性が外れていたかもしれない。
彼女は言う。
『ねえ、もっとさ、見せつけてあげようよ。』
『え?』
フレンチキスでなく、舌を絡ませる大人のキス。
彼女は誰にみせつけるのか。
今まで見せたことの無い様な妖艶な表情で僕を見つめる。
あたりを見渡す。
誰もいない。
いったい誰に見せつけていたのだろうか。
『今度はさ、羽生くんち、でしようよ。』
この空間を支配するのは僕と目の前のショートボブの僕の彼女だけ。
そう信じているから、大人のキスは続いていく。
しかし彼女の視線は遠くの植木のあたりに。
悪戯な笑みを浮かべながら、執拗にキスを続ける。その姿は妖艶で官能的で、そして彼女の業の深さを感じるものだった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
僕は、あいつに呼び出されて体育倉庫に来た。
カビ臭く空気も汚い。
バスケットボールのゴムくささが鼻につく。
ゴムか。
その時開きかけていた、扉が閉ざされあいつが後ろから体を寄せてくる。
吐息が首筋にあたる。
視線だけ送る。
いつもはポニーテールのあいつが、ポニーテールのシュシュを外し赤髪をストレートに下ろしている。
『ねえ、太一。』
『な、なんだよ。』
生唾を飲み込む。
『私だってあの子ほどじゃないけど、オンナの体だからあなたを喜ばせることはできるんだよ。』
あいつの表情はいつもと違う。
幼なじみとして、恋のキューピッドでなく1人の女性としての覚悟を持ってここにきた。
体育倉庫の窓灯りだけが僕らを照らす。
何か金縛りにでもかかったかのように動くことが叶わない。
そのうち僕の胴体に腕を巻きつけてくるあいつは確かに魅惑的な女の子だった。
何が起きているかわからないまま、僕はあいつに向き合うことにした。
♦︎♦︎♦︎
『はーかったりー。』
一人暮らしを始めて3年目。
大学の進学も推薦が決まっているから僕にとっては暇な1年が始まった。ギリギリの出席日数ではあるが、まあなんとか一芸入試で確約された大学進学。授業は暇で、保健室か図書館に行くことにする。
『また太一くんね。サボり?』
保健室の先生は呆れている。
『いや、具合悪いっすよ!?』
『はいはい、あなたの場合は頭が悪いのよね。』
『あ、ひっでえ!先生にあるまじき発言!』
『じゃあ私はちょっと出かけるからしっかり風邪薬でも飲んでおきなさい。』
静かな保健室。
『はあ。』
おいおい、そこのアンタも俺がサボりだと思ってんじゃないか?
なんか言えよ!サボりみたいじゃないかよっ!
まあサボりなんだけど。
保健室の先生が見逃してくれるくらい、先生とは仲が良いのだ。先生にあるまじきとは思うが、まあ具合が悪いと言っておけばよ、まあ、先生も体面は保てるからよ!
『痛っ!』
バナナ?バナナの皮で滑ったのか?
なんでバナナなんかあるんだよ。意味不明だ。
まあ、バナナは栄養価高いからな。保健室に来るくらい具合のわるいやつには向いてるかもなあっ!!
『寝よ。』
ベッドに横になる。狭いベッドだ。
それでも眠りに誘うには十分だった。
『・・・ん?』
夕陽がまぶしい。
『あれ?』
布団がかけた覚えはないが、かかっていた。
『かけてくれたのかな?さすが。』
なんとなく手を合わせて、保健室を後にした。