さん
「あーあ、もうすぐセンパイ達も卒業かぁ」
お茶会が始まって暫くして。
ふと、緑色の喧し後輩様が呟いた。
「時間が経つのはえーな」
赤色のヘタレ脳筋様は頭の後ろ手に手を組みながら過去を懐かしみ、
「といっても、今年度はまだ始まったばかりですけどね」
青色の腹黒眼鏡様が呆れたように言う。
「だが、ここ一年は特にバタバタしていたからそう感じるのも分かるな」
金色の拗らせ王太子殿下は苦笑を浮かべ、そして我らがアイーシャ様は、
「ええ、そう思うと何だか寂しくなりますわね」
儚くも美しく微笑んだ。
アイーシャ様の対面に座る私は何も言わず、同意するように、そして慰めるように笑みを浮かべるだけだ。
「本当に…色々な事がありましたからね…」
少し疲れたように呟かれた言葉に、頭の中には同じ時期の出来事が浮かんだのか、皆の表情は似たようなものになっていた。
表情筋が仕事をしない私も、見る人が見ればさぞかしうんざりした表情をしていると吃驚したことだろう。
それくらい、誰にとっても色々な意味で強烈な出来事だったのだ。
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私達が2年生の年に編入してきた、とある子爵家の庶子。つまり妾の子供は肩まで伸びたふわふわとした桃色の髪にクリクリとした蜂蜜色の瞳を持つ美少女だった。
母親が亡くなったことによって子爵に引き取られこの学園にやってきた編入生の事は、アイーシャ様とは違った美貌を持ち、ある種のスキャンダルときて、瞬く間に学園中に知れ渡ったのは当然と言える。
それだけなら私達はこんなに疲れなかった。恐らく、あまり関わる事なく学園を卒業しただろう。しかしどういうわけか、ガッツリと関わることになった。いや、関わられたと言った方が正しいかもしれない。
『ねえねえメリッサ!教えてほしいことがあるんどけどいいかな?』
自己紹介後、編入生は私の後ろの席になったのだが、何を思ったのかそれ以降私に纏わり付いてきた。
特に優しくしたわけでも、仲良くしようとしたわけでも無く、異様にベッタリと。
それに加え、私が取り巻くべきアイーシャ様からは、クラスが違うこともあってか編入生の手助けをするよう言われてしまったため、必然的に二人で行動することが増えたのだ。
時々一人で消えたり、よく分からない発言を繰り返す事から、私は編入生を心の中で“変入生”と呼ぶことに決めた。
どんな発言かと言うと、何も話していないのに私の好きなものを知っていたり、『困っていることは無い?私が力になるよ!』的なこととか、最終的には私がずっとアイーシャ様に酷い扱いを受け続けているのを助けたいとか事あるごとに言ってくるのである。
今ではアイーシャ様に虐められたりこき使われることは無いが、過去に彼女には虐められた事は確かだ。だが、前にも言った通り、誰かに言っても信じて貰えない事をこの変入生にだって言うわけがない。にも関わらず、さも見てきたかの様に話されるのは気味が悪いだけだ。
その後も暫く行動を共にしたが、ある日ふと『そろそろいいかな…』と呟いたかと思うと『わたしはメリッサの味方だからね!』そうドヤ顔を決め、以降パッタリと纏わり付いてこなくなった。
代わりに王太子殿下やその他の囲み隊の周りに出現しているらしい。
一体何がしたいのだろう?変入生の考えることは理解不能だ。
取り敢えず、変入生のお守り期間が終了したようなので、一安心である。そう思っていた時期が私にもありました。
暫くして、学園内でアイーシャ様が変入生を虐めているという噂が流れ始めた。婚約者である王太子殿下や囲み隊達に近付くのを快く思わないが故の行動らしい。
当の変入生もその噂に対し否定も肯定もせず、曖昧に笑っているだけで、それが余計に噂の信憑性を増しているようだ。今まで誰もがアイーシャ様に対し聖女然とした評価だったものが、ここにきて突然影が射した。
その噂や周りの反応を見た時、多少の違和感があれど私の心は浮き足立った。
漸く本性を現したか!と。
10年前のあの日以来性格が丸くなった彼女を、私は全く信用できなかった。
今までが今までだ。正直、謝られたからといって私の心の傷は癒えないし、その後だって仲良くしたいとは思わない。
とにかく、この時の私は積年の努力が実ったのかと、お昼休みになると足取り軽く彼女の元に向かったのである。
果たしてその結果は、残念ながら私の望んだものではなかった。
こっそりと嘘発見魔方陣を使い真偽を確かめたのだが、アイーシャ様は変入生を虐めていない事が分かった。分かってしまった。
つまりは噂こそが嘘。
期待した分、この結果に多少の落胆を感じたのは仕方のない事だろう。
そして、今まで変入生のお守りが終わった後も変入生を理由に取り巻き仕事をサボっていた私は気が付かなかったのだが、囲み隊のメンバーは今はアイーシャ様ではなく変入生の囲み隊をしているらしい。
つまりはサボりがバレていた可能性があるのだが、まあそれはいい。
アイーシャ様は囲み隊の心変わりに対し、仕方がなさそうに笑っているだけだ。
その時『やっぱり私は悪役令嬢の運命からは逃れられないのね…』という呟きが聞こえたが、その意味は理解できなかった。何か物語の話だろうか?
しかし、囲み隊の話を聞いて燻っていた違和感がはっきりと形になった。
なぜ、今まで不動だったアイーシャ様の評価が急に揺らいだのか。
なぜ、アイーシャ様に虐められているという噂に対し、変入生は否定しないのか。
なぜ、囲み隊が突然囲み先を変えたのか。
特に最後が違和感しかない。
あんなにアイーシャ様の気を引こうとあの手この手で牽制してきた連中が、突然アイーシャ様を放り出し違う人間を構い出す。
そして、それに誰も違和感を抱かないなんて異常である。
『メリッサは彼女の所に行かなくていいの?』
そう言うアイーシャ様は、一度鏡で自分の顔を見てみればいいと思う。
そんな全てを諦めたような表情で微笑まれては、私の中で苛立ちが増すだけだ。
私の知っている彼女はそのような表情は浮かべない。ムカつくくらい堂々として、自信に満ちた顔で我儘を押し通す。それが、私が嫌いで堪らないアイーシャ・フランゲルズ公爵令嬢だ。
あれから性格やらなにやら変わってしまっているが、芯の部分だけは何も変わっていなかった。
『…私はアイーシャ様の友人ですから』
一応ですけど…。そう心の中で呟く。
いつまた酷いことをされるか分からない恐怖が付きまとう関係を、友人と言えるわけがない。
だが、私は取り巻き役。つまりは私は私の役割を果たすだけだ。
取り巻き先の機嫌を取るそれだけなのに…。
それなのに、私の言葉に目を見開いたアイーシャ様は一瞬の間の後ふわりと目元を緩め
『だから様はいらないのに』
といつもの言葉を返してきた。
なので私も
『ですから恐れ多いです』
とお決まりの返事をしておいた。