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あの衝撃から10年が過ぎた。
どうやら気絶したらしいあの後、気が付くと私は自室のベッドにいた。大慌てした彼女が、会場に私を担ぎ込んできたらしい。
目を覚ました後、両親は娘の心配よりも彼女に迷惑を掛けたこと、自分達に恥をかかせたことに対し長時間の説教をした。
…本当に、これの何処が仲の良い家族なんだか。
彼女の視力は大丈夫だろうか?
そして月日が流れ現在、私は18歳になった。
つい先日、貴族の子息子女が通う学園の最終学年になり、あと1年程で卒業だ。
この学園では座学の他に剣術や魔術等、各々が学ぶ内容を選択することができる。
普通の令嬢であればマナーやダンスといった華やかな学科を選択するのだが、私は迷わず魔術にした。元から我家は比較的魔術に秀でた家系であるため、両親も特になにも言わなかった。何か言いたそうな顔はしていたけれど。
まあ、何を言いたいのかはある程度想像が付く。私の将来を心配しているのだろう。
ある日を境に魔術を勉強し始めた私は、お茶会より魔術、社交より魔術、観劇などより魔術となによりも魔術を優先していたから。今だって、一人図書室で古代魔術の本である事を調べている最中だ。
しかし、どれだけ勉強しても私の目的は果たされていない。
「メリッサ」
高くも柔らかな声が私を呼ぶ。
反応したくなかったが、無視したら周りが煩いため、仕方なく本から視線を上げた。
声の方を向けば、豊かな黒髪を靡かせたキツメの美人が歩み寄ってきた。
「またこんなところに居たのね」
「アイーシャ様」
名前を呼ぶと頬を膨らませ拗ねたような表情をする。すると近寄りがたさが薄れ、途端に可愛らしく見えてくるから不思議だ。
「もう、いつになったら様を外してくれるのかしら?」
「いつも言っているではありませんか。恐れ多いと」
「気にしなくていいのに」
私の言葉に怒るでもなく、仕方がない子だといった苦笑を浮かべ、私の目の前に座った。本越しに目の前の彼女をこっそりと覗き見る。
漆黒の髪に透き通るような白い肌、宝石を嵌め込んだかのような輝く緑の瞳。更にそこに素晴らしいボディラインを持ち、勉強も運動も魔術も常に上位をキープするという超人。
それが彼女、アイーシャ・フランゲルズ公爵令嬢である。
「距離があるみたいで寂しいわ」
しょんぼりとする姿は儚さが滲み、庇護欲を誘う。そんな彼女は今や学園の人気者だ。
今だって、彼女が来た途端に周囲の目を集めているせいで、さっきまで気にもされていなかった私にまでも多くの視線が向けられる。チクチクとした視線だけど。
もしも彼女が10年前は我儘放題のイジメっ子だったと学園中に教えて回っても、恐らく誰も信じないだろう。それくらい、過去のアイーシャ様とは比べ物にならない程に変貌を遂げているのだ。
「それで、何かご用でしたか?」
「そうだ!あのね、これから皆でお茶をするんだけど、メリッサも一緒にと思って探していたの」
どうかしら?という問いかけに返す言葉は決められている。
その証拠に、周囲からの視線は先程よりもずっと厳しい。
「ご一緒します」
断ると思うだろうが断った方が後が怖い。
以前、家の事情により断ったことがあるが、その時は
『アイーシャ様の誘いを断るなんて…』とか『ちょっと優しくされてるからって調子に乗るな』など、陰ながら散々文句を言われたものだ。
アイーシャ様の目があるから直接的な被害はないけれども、ただでさえ表情筋が死んでいるせいで何かと言われているのに、更になど面倒臭いにも程がある。
広げていた書物やノートを手早く片付けて立ち上がると、ニコニコしているアイーシャ様に手を引かれて図書室を後にした。
+++++
いつものお茶会会場に向かうには、渡り廊下を通る必要がある。
それだけの距離があるのだから、いつか誘うのを諦めてくれないだろうかと願っているが、今のところ叶う気配は無い。
その渡り廊下に差し掛かった頃、私は図書室を出てからずっと繋がれている手に視線を向けた。
アイーシャ様は、何故かよく私と手を繋ぎたがる。理由を尋ねたら『メリッサの手は安心するの』と照れ臭そうに笑っていたが、正直意味が分からなかった。
(────)
そのまま繋がれた手に意識を集中し、魔力を流す。そして心の中である呪文を唱えてみた。
「きゃっ」
瞬間、ぶわっと私達を暖かな風が包み込む。
呪文の成功を感じた私はそっと彼女を伺い見た。
「………」
立ち止まり、風に靡く髪を押さえていた彼女は風が過ぎ去るとゆっくりと私を振り向く。
「………た」
私の心臓は五月蝿いくらい高鳴っていた。
「ああ、吃驚した!すごい風だったわね。メリッサ、大丈夫?」
「……大丈夫です。アイーシャ様こそ、お変わり有りませんか?」
お変わり有るだろう?寧ろ有ってくれ!そんな思いで彼女を見る。
そんな私の願いは…
「私も大丈夫よ。あ、でも」
「でも?」
「何だか少し体が軽くなった気がするわ!今の風が悪いものを持って行ってくれたのかしら?」
「……それはよう御座いました」
ふふっと笑いながら答えるアイーシャ様に、私は肩を落とした。
「さあ、早くいきましょう!皆が待ちくたびれてしまうわ」
そして再び私の手を握って歩き出すその背中を、無言で着いていくしかできなかった。
会場までの道がとても長く感じた。
+++++
「アイーシャ、待っていたよ」
「ごめんなさい。メリッサを探していたの」
目的地は既に4人の男性がテーブルを囲んでいた。
金、赤、青、緑…。彩り豊かな彼らを、私はひっそりと“アイーシャ様囲み隊”と呼んでいたりする。
金の人は卒業してやることが山積みの筈だが、頻繁に学園に顔を出している。大丈夫なのだろうかこの国は…?
「どうせコイツはまた図書室で小難しい本にでも齧りついてたんだろ」
「申し訳御座いません」
偉そうな赤髪が馬鹿にしたように笑う。
ここにいるのは皆私の家よりも家格が上の人間ばかり。つまり、反論があっても何も言わずが鉄則。伊達に昔から彼女の取り巻きをやっていないのだ。
「謝る必要はありませんよ。勉強熱心なのはいいことです」
「そうそう。そんな事よりアイーシャ先輩はここ!ボクの隣ね!」
「ちょ、おまっ」
「抜け駆けは感心しませんね」
「へへーん、早い者勝ちだよ!」
「お前達…。アイーシャは私の婚約者なのだから、当然私の隣に決まっているだろう?」
「皆、落ち着いて!」
アイーシャ様がどこに座るのか、このやり取りは毎回行われている。やっていて飽きないのだろうか?
そんな彼らに囲まれて、オロオロと困ったようにしている彼女もいつもの事。
そしてそろそろ…。
「もう、いい加減にしなさい!!」
このように、最終的には怒ったアイーシャ様が一括し、彼らに説教をするところまでがお約束となっている。毎回やっていて(以下略
叱る際にセーザ?とかいう足が痛そうな座り方をさせるのだが、それが地味に辛そう。
立ち上がる時なんて、領地で昔見た生まれたての仔馬みたいに足がガクガクしているのだ。
「じゃあ気を取り直してお茶会を始めましょう!」
そんな事を考えている間に説教は終わったらしい。今回は長かったな。
視線を移すと、仔馬が4頭プルプル震えながら何とか立ち上がろうと奮闘していた。
ちなみにこの間、私は立ちっぱなしである。序でに完全放置。
しかし勝手に座ることも、ましてや帰るだなんて事出来るわけもなく、唯々空気に徹するのみ。
「ほら。メリッサも、そんなところに居ないで早く座りなさいな」
「はい」
こうして、漸くお茶会は幕を開けたのである。