4 レオナード視点
「長かったなぁ」
力無くぐったりとした様子でベッドに横たわるベロニカの柔らかな髪に指を絡めながら、レオナードは機嫌の良さを隠そうともせず笑う。
分かりやすいクセに頑固で、変なところで貴族然とする想い人をようやく手に入れたのだ。機嫌良くもなるだろう。
夜会で倒れられた時には心臓が止まるかと思ったし本当に心配したのだけれど、終わってみれば結果は上々。おかげでレオナードはアウラ嬢の告白劇を中断させ、大切な相手は別にいるのだとその場にいた全員に知らしめる事ができたのだから。
アウラ嬢がレオナードに懸想をしている事は知っていた。
そして、レオナードがアウラ嬢を受け入れるだろうと信じている事も知っている。
絶世の美女たるアウラ・ワイナール公爵令嬢が望んでいるのに断る人間なんて存在しないと、この国中の人間が信じてる事を知っている。
彼らはレオナードがどれだけ言葉を尽くしても、欲しいのは別の女だと声を上げても聞き入れてはくれなかった。
どいつもこいつも、レオナードが自分の見た目を気にして美しい令嬢のために身を引くつもりなのだと信じて疑わなかった。
どこにでもありそうなお涙頂戴の恋愛劇に仕立てあげ、皆が皆、役者の一人になったつもりで自分に酔っているのだ。
当のアウラ嬢ですらそうだった。レオナードの目が他所へ向いてるのに気付いていたクセに「寄り添っていればきっと自分を見てくれる」とそう信じていた。ヒーローとヒロインはそう言うものだから。
けれど残念な事に、レオナードは恋愛劇のヒーローではない。
こんなにゴツくて、無駄な肉ばかり多くて、見た目も悪くて、甘い言葉一つ吐けない男が、そんなモノに向いているはずがないのだ。
ヒーローではないから、ヒロインらしく振る舞うアウラ嬢に感じる事など何もない。
レオナードはただ、その辺にいる男と同じように、自分が欲しいと思った女を手に入れるために手を尽くすだけだ。周りがどう思おうと、彼女の事を考えて身を引くだなんて、そんな良心はそもそも持ち合わせていないのだから。
彼女を、ベロニカを手に入れる為に、レオナードはこの大きな夜会を利用させてもらう事にした。
国中が注目しているだろう、アウラ嬢の告白をきちんと断る。美しい女のために身を引くだなんて美談にすらさせないように、ご都合主義の恋愛劇を気取った舞台にきっちりと幕を閉じてやるのだ。
本当は、その後すぐにベロニカを乞う予定だったのだけれど、まぁ良い。
公の場ではないが、きっちり言質は頂いた。
くれるとベロニカ自身が言ったのだし、ベロニカの両親にはとっくに許可を貰っている。
誰に何を言われても返すつもりはこれっぽっちもない。どんな権力を使われても覆すなんて絶対にしない。
「可愛いロニー。俺のベロニカ」
小さな体を腕の中に閉じ込めて、柔らかな頬に口付けを一つ。
どれだけ鍛えても筋肉がつかないとベロニカは嘆いているが、レオナードはベロニカの柔らかい体を気に入っていた。触るとふわふわしていて、舐めたら甘そうだとずっと思っていたのだ。
それをこれから思う存分堪能できると思うと、鼻の下が伸びるのだって仕方がない。
だってずっと我慢していた。ずっとずっと、ベロニカが良いと言うまで、ちゃんと我慢をしていたのだ。
『趣味が悪い……』
『アウラ様を差し置いて、アレを?』
『いや、けれど。いくら王弟と言えど、アレではアウラ様に釣り合うはずがないから……』
ふと、ベロニカの元へ走った時の周囲の様子を思い出す。
そんなに衝撃的だったのだろうか。青い顔して震えるアウラ嬢と、口さがなく喚く貴族達。アウラ嬢の取り巻き達はどう言うことかと問い詰めに来たのだけれど、そんな顔を一つ一つ眺めるのは少しだけ気分が良かった。
やっと夢から覚めたような連中に、お前らご自慢の令嬢如きではベロニカには到底及ばないのだと笑うのはとても楽しかった。
思い出すだけで愉快でくつくつと喉を鳴らして笑う。
ベロニカの滑らかな額に唇を落とすと、大きな仕事を片付けた爽やかな達成感が満ちた。
「お互い趣味が悪くて良かったな、ロニー」
おかげでレオナードはベロニカを手に入れられたし、ベロニカはレオナードに囲い込まれても既成事実を作られても不幸にはならない。
レオナードにとっても、ベロニカにとっても、大団円のハッピーエンドだ。