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話の区切りの関係で、ちょっと短めです。
レオナードを王弟殿下と呼ぶものはベルドット領にはいない。本人がそれを良しとしないからだ。
けれど、王弟としての立場があるのは事実。レオナード本人がどう考えていようが、どうにもならない事はあるのである。
例えば、王族主催の夜会とか。
「悪いな、ロニー。付き合わせちまって」
ガタゴトと揺れる馬車の中。
ベロニカは青い顔のまま「いいえ」と呟いた。気にしないでと言いたい所だけれど、それを口に出す余裕だってない。
ベロニカは今、緊張の極限状態だった。
事の始まりは春の訪れを祝う祭りでの事。
王都より遠く離れたベルドット領に、あの、ワイナール公爵令嬢がおいでになったのだ。
あの日の領民の熱狂ぶりは凄まじかった。漏れなくベロニカも興奮した。
なぜなら、アウラ・ワイナール公爵令嬢といえばクロッシェンの至宝、美の結晶、女神の降臨と謳われるほど美しい娘なのである。
美醜逆転? そんなもの彼女には関係ない。
細ければ良いとされるクロッシェン国に相応しくアウラ嬢も細くしなやかな体躯の持ち主であったが、貧相にならないギリギリの細さに慎ましい凹凸をドレスで隠し、華奢な首を大ぶりのルビーで飾った姿は前世日本人のベロニカから見ても賞賛を送るほどの美少女なのだ。
嫋やかに波打つ白銀色の髪に蜂蜜のように柔く甘い琥珀色の瞳。垂れた眦が微笑むたびに溶けたように弧を描く姿は、まさに神の作り賜うた芸術品である。
首と顎の境目にあるホクロでさえ色気を放っているようで、まじまじと見つめていたベロニカは思わず生唾を飲み込んだ。
体が弱いと噂があったが、きっと害虫から彼女を守るための方便だったのだろう。真白な頬は姫林檎のように赤く色付いていて、病弱な印象など欠片もなかった。
というより、本当に病弱であれば王都から片道一週間はかかる辺境になど訪れないだろう。
王都にいても滅多にお目にかかれない美少女の訪問は、ベルドット領を大いに盛り上げた。
ただ、ベロニカが能天気に騒げたのは最初の一日だけである。
驚くべき事に、アウラ嬢の目的はレオナードを口説くことだったのだ。
いや、口説くとかじゃないな、あれは。
恥ずかしそうに頬を赤らめて「一度お会いしたくって」とか「はしたない娘だとお思いでしょうが」とか「頼り甲斐があって素敵な方で」とか言ってたから、確実に落とす気できている。
あんな美少女に情を乞われて絆されない男が、人類がいるだろうか。嫌、いるわけがない。
同性であるベロニカだってうっかり違う扉を開いてしまう確信があるのだから、レオナードも例外ではないだろう。
ベロニカは忘れがちだが、レオナードはこの世界では嫌煙される対象なのだ。モテない男なのだ。
実力はあっても醜く、世間に疎まれた男が美しい娘と恋に落ち正当な評価を得て幸せに暮らす。
それはいっそ、御伽噺のように使い込まれたテンプレート。まさに転生モノの醍醐味。
つまり、ベロニカはこの物語の主人公ではなかったのだ。
美醜逆転の世界に於いてもベロニカは脇役で、競争率の低かったはずの獲物ですら落とせない憐れなモブだった。
あの時のベロニカの悲しみといったら。
こんな事なら下手に純情ぶらず、一晩の情けでも乞うべきだった。相手がこの国ではモテない筋肉ダルマだからといって、気安い距離感に安堵している場合ではなかったのだ。
相手は王弟だからとか、尊敬する上司だからとか、惚れた弱みを見せたら仕事をしなくなりそうだとか。そんな風に言い訳をせず、既成事実の一つや二つ作っておくべきだったのだ。
後悔は後先に立たないものと相場が決まっているが、ベロニカの絶望は深い。
いっそ二人が目に入らない遠くへ逃げてしまいたいと思うが、ベロニカはベルドット辺境伯の令嬢であり、数少ない女騎士である。令嬢として、女騎士として随時アウラ嬢に付き従う護衛としての任務を全うせざる得なかった。
ちなみに間近で見たアウラ嬢は大層美しかったし、いい匂いがした。
ちょっと人に見せてはいけない顔をしてたと思う。反省した。
そんなこんなで春の祭りが終わるまでベロニカはアウラ嬢の護衛をし、レオナードとアウラ嬢二人の逢瀬を見守るという地獄を堪能したわけだが、それは更なる地獄の入り口に過ぎなかった。
アウラ嬢が王都に戻って一週間後。レオナードの元に夜会の招待状が届いたのである。
王弟としてのレオナードを呼び出せば断られるのが分かっているのか、辺境騎士団長と副団長宛であったその招待状を、ベロニカは断る事ができなかった。
だって王命。普通に無理だ。
レオナードは断れば良いと気軽に言っていたが、此方はしがない辺境伯令嬢である。寝言は寝て言えと暴言を吐いた所、爽やかな笑顔で隣で聞いてくれるならと返された。意味がわからなかったが、とりあえず逃げた。
風魔法を駆使して逃げたのに、生身の体で追いかけてくるから怖かった。
周りもドン引く鬼ごっこに敗北したベロニカは、断れない王命に従うためにレオナードから贈られたドレスを着て、レオナードにエスコートされなければならない。
本当に、どうしてこうなった。
「顔色が悪い。締め付けすぎじゃねーか?」
遠くにやっていた意識が戻る。
視界いっぱいに広がる優しい空色に一瞬声が詰まった。
「いえ、問題ありません。むしろ、もう少し締めなければならないのですが……」
浅い呼吸を吐いて自身の体に目を落とす。親愛なる侍女のリリアンの力を持ってしても、ベロニカの我儘ボディーを抑え切る事は不可能だった。
レオナードが贈ってくれたドレスがベロニカの本来の体型に合わせているせいもあって、大きく体のラインを変えられなかったのもあるが、単純にベロニカの我儘ボディーは更なる成長を遂げていたのだ。
柔らかな脂肪と鍛えた筋肉。前世であれば両手を上げて歓迎するプロポーションが、今はただただ恨めしい。
目立つ凹凸に溜息を一つ。騎士団の隊服であれば気にならないのに。
だって、周りは皆ベロニカより大きいし逞しい肉の持ち主だから。ベロニカの凹凸だって目立たなかった。皆、小さなベロニカを守るように立ってくれるから、まろい体を揶揄される事なんてなかった。
「なぁ、ロニー。ベロニカ。お前は良い女だ。俺たち騎士団自慢の女だ。いつも言ってるだろ?」
「……そうですね」
嘘吐け。なんて、言えない。お酒の席で、仲間たちはいつもそう言ってくれる。
ベロニカ・ベルドットは世界一だって。冗談でも嬉しくて、楽しくて、いつもはどうもと笑って言えるのだけど。
でもベロニカは。
私は?
「ロニー?」
「すみません。大きな夜会に出るのが初めてで、緊張してるんですよ」
暗く沈んだ空気を誤魔化すように肩を竦める。
レオナードは何も言わなかった。
ガタゴトと進む、馬車の走る音だけが響いている。




