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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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吸血鬼が水を渡れないというのには諸説ある 4

 その程度なら、小学校、中学校レベルだし、なんとかなるかもしれない。

 もちろん、しっかり習っていればだけれど。


「一応、聞いておきたいのですが、日陽先輩も弥生先輩も、小学校、中学校時代に、まったくプールに入らなかった、授業に出なかった、ということはないんですよね?」


 つまり、今日が人生初プールということではないのか、ということだけれど。

 すくなくとも、日陽先輩は去年、弥生先輩は去年と一昨年、極浦学園に在籍していたのだから、そこで補講でもなんでも、受けてはいるはずだ。そうでなければ泳げるということだし。

 

「入っていないわよ」


 対する日陽先輩の答えは、僕の予想とは異なっていた。


「え? 本当に? 一時間も? 全然、水に浸かることすらなかったんですか?」


「ええ」


 日陽先輩は堂々とした態度で宣言する。

 そんなに偉そうにすることでもないと思うけれど……というか、それって、学校的にはよかったのか?


「ちなみに、理由を聞いて、あっ、いえ、より正確に聞くのであれば、同じ理由で今回の授業も休むことはできないんですか?」


 たまたま女の子の日が重なって、とか言われると困るのだけれど。

 べつに、授業を休むことに賛成しているわけではなくて、単純に気になっただけだ。


「……私は、今年は調子が良さそうなので、できることなら、参加したいと思ってはいるのですけれど」


 弥生先輩が泳げなかった、あるいは、プールの授業に参加できなかったのは、たまたまその時期に体調を崩していたからということだ。

 体調が良いのであれば、当然、授業には出るべきだし、今後、水辺には近づかないという固い意志を持っていたとしても、泳げて得をすることはあっても、損をすることはほとんどないだろう。

 ならば、泳げるようになりたいという気持ちも理解できる。


「……私も、泳げない、泳がない理由を探すことは簡単なの」


 日陽先輩は思うところがありそうな言い回しを使っていたけれど、そこに突っ込むより、まだ続けたい言葉があるのだと思えたため、黙って続きを待った。


「でも、せっかくだし、ちょっと挑戦してみようかなと思って」


 まあ、理由なんて、それこそ個人的なことだろうし、あまり立ち入り過ぎるのもよくないだろう。

 僕の使命は、日陽先輩と弥生先輩が居残りにならないようにすること、ひいては、僕の小説の読者を確保するためだ……べつに、ツンデレとか、そういうことではなく。


「わかりました。えっと、それじゃあ、奏先輩。どうしましょうか?」


 せっかく人数を合わせたのだし、マンツーマンで教えるのが効率も良いと思うけれど。

 しかし、それだと……いや、僕の個人的な事情は、この際、もう考えまい。奏先輩が手伝ってくれて、一対一になったことに感謝しないと。


「私はどっちでも……空楽くんはどっちが得意とかある?」


「僕も特には」


 結局、二年生は二年生同士でということになり、僕は弥生先輩を受け持つことになった。


「それじゃあ、さっそく始めましょうか、弥生先輩」


「よろしくお願いします、秋月さん」


 とりあえずは屋内の、足のつくプールで練習だ。学校のプールだって、足のつくものだろうし。

 僕が先に入り、弥生先輩の手を取って、誘導する。


「とりあえず、バタ足の練習から始めましょうか。周りの迷惑とか、そういうことは考えなくていいので、とにかく、まずは思ったとおりにバタ足をしてみてください」


「やってみます」


 ここはプールで、泳ぐためにあるところだ。

 バタ足をして、あるいはバタフライであっても、そのキックした脚で起こされた水飛沫に怒られるようなことはないだろう。

 というか、今だって、普通に水飛沫は飛んできているし。

 ゴーグルをつけ、帽子をかぶり、弥生先輩は水面に身体を投げ出す。

 僕は弥生先輩の手を引きながら後ろ向きに水中を歩く。

 弥生先輩のバタ足に問題はなく、完全に運動音痴ということもないようだ。体育祭から、ある程度はわかっていたけれど。

 今日は練習に来ることはわかっていたので、事前に、水泳の練習補助について、いろいろ調べてはある。

 ネットと、体育の教科書からの知識だけれど、僕が適当に教えるよりは、勝手もいいだろう。体育教師だとか、インストラクターの資格を持っているなどというわけではないのだし、完璧を求めるのは無理な話だ。持っているものの中で全力を尽くすしかない。

 

「次はビート板ですね。ビート板に片手だけ添えてもう片方の手でお腹の下までしっかり描いてください」


 肘が伸びるまでかくことや、水の上から大きく手を伸ばすことなど、諸注意を都度しつつ、まあ、素人は素人なりに、そこそこ、教えることはできたと思う。

 

「失礼します、弥生先輩」


 伸ばした腹の下に手を添えて、補助をする。

 いまさら、恥ずかしいとか、照れるとか、そんなことは言っていられない。どうせ誰も、そんなに気にしてはいないだろう。そうに違いない。



「あれ、秋月くん?」


 そう声を掛けられたのは、二時間ごとに決められている休憩時間のことだった。

 休憩時間は十分間だけれど、身体を冷やさないよう、僕たちはプールサイドでタオルを巻いて、ベンチに座っていたのだけれど。


「こんにちは、志沢さん。今日は部活は休みなの?」


 同じ一年一組で、クラスメイトの志沢玲奈さんは、先日行われた体育祭でも、結構張り切っていて。

 たしか、水泳部だったはずだった。今も、黒っぽい競泳水着らしい水着を着ている。

 

「うん。うちの部、土日は大会以外は休みだから。だから今日は自主練に。大会も近いし」


 水泳部の大会といえば、大体は夏のことだろう。

 というより、夏以外に大会とかあるのだろうか? 全然、詳しくないからわからないけれど。


「秋月くんは、ええっと、お邪魔しちゃったみたいかな?」


 志沢さんがなにを言いたいのかわからなかったけれど、隣――少し離れているとはいえ――を見てみればその理由ははっきりした。


「いや、全然。デートとか、そういうことじゃなくて、日陽先輩たちが水泳の授業で……」


 そういえば、志沢さんは自主練って言ったよな。

 つまり、ここには一人で来ているということか? いや、でもな。


「じつは、うちの部の先輩たちが水泳が苦手で、夏休みの補講に出なくていいように練習に来たんだけど、その志沢さん」


「ああ、わかったよ。いいよ、練習を見ればいいんでしょう?」


 皆まで言わず、志沢さんは意図を理解してくれて。


「ありがとう、助かるよ」


 なにせ、現役の水泳部だからな。

 すくなくとも僕の百倍は、こと水泳に限っては、教えるのも上手だろう。


「ううん。その代わりと言ってはなんだけどさ」


「僕にできることなら」


 志沢さんのお願いは、今度の期末試験に向けてノートを見せて欲しいということだった。

 親しい友人は近所には住んでいなくて、この休日に頼める相手がいないらしい。

 このプールに来るくらいだから、志沢さんもこの近所なのだろうか? でも、中学校、小学校で記憶にないし。まあ、この近くと言っても、小学校も中学校も、僕たちの通っていたひとつだけではもちろんないのだけれど。たまたま、僕や奏先輩、弥生先輩の通っていたところが同じだった(同じ学区域だった)というだけで。


「そのくらいなら、お安い御用だよ」


「本当? ありがとう、助かる」


 助かるのは僕のほうだ。

 志沢さんはそのまま日陽先輩たちにも挨拶をしていて、皆、年上の、ほとんど初対面みたいな先輩だろうに、すぐに打ち解けていたのは、やはり、同性だからだろうか。それとも、彼女たちの個人のなせるものか?

 とにもかくにも、志沢さんがコーチに加わってくれたことによる効果は劇的なものだった。


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