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デートの取材、という名目 4

 神一文字流、というのを名乗っているらしいけれど、僕はあまりそれを意識したことはない。

 大会なんかに出ても、流派の名前まで晒されたことはなかったし。


「それは良いことだと思うわ。空楽くんはいつから武術を習っているの?」


「小学生の頃、ですかね」


 二年生の初めだったと記憶している。

 理由は身体を鍛えるため、のちに、強くなりたかったから。年頃の男子としてはありふれた理由だろう。

 

「それでどうしたの? 悪党に襲われそうになっていたり、痴漢やナンパに困っていた女の子を助けたり、そこから恋が始まったり――」


「しませんね」


 小説ならばともかく、現実ではまずありえない。どんな世紀末だという話だ。

 

「そうなの? 普通、そこは助けたその子が転校生で、あなたはあのときの、みたいな感じで恋が始まったりするものじゃないかしら?」


「それだけで恋に落ちるって、どんなラブコメですか」


 もうすこし、事件とか、事故とか、巻き込まれながら、恋心が育まれてゆくものなのでは?

 そこまではゆかないにしても、なにかしら、きっかけとなる出来事は必要だろう。


「事実は小説より奇なりって言うじゃない」


「それは稀な場合で、実際には、現実は小説より平凡ですよ」


 もちろん、僕が小説――ライトノベルと出会ったように、現実がフィクションを越えてくることがないとは言わない。

 しかし、日常の多くは、ただ繰り返しであり、特別なことは起こらない。ましてや、その当事者になれることなど。


「それなら、私と特別なことをしましょうか」


 本人にその気があるのかないのか、おそらくは後者だろうけれど、日陽先輩に思わせぶりなことを言われる。

 なんだ、特別なことって。

 健全な男子高校生の脳みそがフル回転するけれど。


「たとえば……コンビニでアイスを買い食いするとか」


 それは、特別なことにあたるのだろうか?

 一応、部活の最中とはいえ、部員二人で、しかも顧問の先生がいないって、ほとんど同好会みたいなものだし。


「ただ日陽先輩がアイスを食べたいだけではないんですか?」


「……い、いやね、空楽くん。そんなことないわよ」


 僕がじっと目を向けると、日陽先輩はわざとらしく、誤魔化すように口笛を吹いて――正確には吹いているような格好で――顔を背けた。残念なことに、口笛はまったく吹けていなかったけれど。

 さらに慌てたように指差して。

 

「ほ、ほら、みて、空楽くん。あそこの中学生くらいの男女のカップル。これから映画にでも行くつもりじゃないかしら」


「露骨に話題を変えましたね……もともとそのつもりだったのでべつにかまいませんけれど。そうですか? 向かっているのが駅とは逆方向ですし、むしろこっちに向かってきているように見えます。海岸にでも遊びに行くんじゃないですか」


 青春だなあ。

 年頃の男子と女子が浜辺でデート。

 女の子のほうは、男の子の顔を見上げたり、ちらちらと手元へ視線を向けたり、多分、手でも繋ぎたいと思っているのではないだろうか。

 男の子のほうは、まったくそれに気がついた様子もなく、なんとなく、周囲に見られるのを気にしている様子でもある。

 初めてのデートなのかな? でも、初めてだったら、もう少し相手のことを意識してもいいとも思うけれど……まあ、恋をしていない僕にはわかるはずもない命題だ。

 それからも、


「あの子はきっと怪盗紳士の変装ね。道行く人に目を光らせて、次の獲物を狙っているのよ」


「いや、普通に待ち合わせじゃないんですか? ちらちら時間も確認しているみたいですし」


 とか、


「みて。あっちでは、男の子を間に挟んで女性が睨み合っているわ。どういう経緯でそうなったのか、聞きに行きましょう」


「止めておきましょう、日陽先輩。あれには無理に関わり合いにならないほうが無難です。むしろ、火に油を注ぐことにもなりかねません」


 それから、たまたま通りかかった、サイレンを鳴らした消防車を追いかけようとする日陽先輩を引き止めたりもした。

 好奇心旺盛にもほどがある。

 

「ふらふらしないでくださいよ、日陽先輩。車に追いつけるはずもないでしょう」


 そもそも、この散歩の趣旨を否定することにもつながりかねないけれど、野次馬なんて、あまり趣味がいいとは言えないし。


「どう、空楽くん。なにか、ぴんときたり、インスピレーションを受けたりすることはあったかしら?」


「いえ。いつもどおりの変わらない日常風景ですね。逆に聞きたいんですけど、日陽先輩はなにか関心を引き寄せられることはありましたか?」


 ついさっきのことも、想像力の賜物というのであれば、僕と日陽先輩の間には大きな隔たりがあるように感じられる。

 それは、能力とか、そういうことではなくて、むしろ、心構えのことなのかもしれない。

 僕は野次馬とか、野暮だとか思ったけれど、ああやってなんにでもアンテナを尖らせているということは、作家にとっては必要な姿勢だともいえるだろう。

 どんなことからもネタに繋げようとする姿勢は、素直に見習わなければ。

 もちろん、野次馬を推奨するというつもりではないけれど。


「なんにでも惹かれるわ。どこにだって、ストーリーは存在しているもの。それを想像するのは、なににも代えて、面白く、有意義なことだわ」


 日陽先輩はうっとりするように目を細め、流れる風景を眺めていた。僕もそれに倣ってみる。

 ざわざわとまとまりのない話し声が聞こえてきたり、風の流れる音、車が走り、靴がアスファルトを叩く音。

 静かな心にそれらが波紋を作り、染み渡るように広がってくる。


「どう? なんでも書けそうな気にならない?」


「そうですね。不思議ですが」


 なんだろう。

 今すぐにでも、ペンを動かして、この風景のことを書き留めておきたい。

 そういえば、と僕はポケットからスマホを引き抜き、ありのまま、心に浮かんだことをメモしておく。

 それからも二人で並んで道を歩きながら。


「見てください、日陽先輩。あそこの電話を掛けているサラリーマン風の眼鏡の男性。きっと、あれは世を忍ぶ仮の姿で、実は電話の向こうからは、どこかの土地の、誰か困っている人の声が集まってきているんですよ」


「ヒーローみたいね。眼鏡をとって変身するのね。それならきっと、あっちの女性は、スパイ活動の最中だわ。この季節にトレンチコートなんて普通は暑くて着たりしないもの。襟元に仕込んだ通信装置で、本国に調査報告をしているのよ」


 この季節に手袋をしている人に言われても。

 とはいえ、それはそれ。

 今は、とりあえず思ったことを言い合う場所だから。


「あっ、今、男性がタクシーを止めましたよ」


「『前の車を追ってくれ』かしら」


 同じことを思ったらしい日陽先輩と顔を見合わせ、どちらからともなく、ハイタッチをする。

 まあ、この流れならそう思っても不思議ではないよね。

 でも、あまりに定番というか、逆にそういう場面って、なかなか使うことはないんだよね。もっとも、それに関しては、僕の書いている、あるいは書きたい小説のジャンルとは離れているような気がするというのも理由ではあるのだけれど。


「やっぱり、想像力というのは作家にとってとっても大切な力だとは思うけれど、実際に体験したことのほうが心には残りやすいわよね」


「そうですね」


 部室に戻ってきて、見たこと、聞いたことを、メモに書き直す。

 

「読ませて貰った空楽くんの小説は男女の恋愛ものだったけれど、空楽くんは女の子とデートしたことある?」


「いいえ。そういうことには縁遠かったですね」


「じゃあ、男の子とは?」


「あるわけないじゃないですか」


 つい大声を出しそうになる。

 そっちの趣味はまったく無い。


「それじゃあ、今度のお休みは、私と一緒にどこか出かけましょう」



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