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デートの取材、という名目 3

 僕が普段、西回りで登下校していることを伝えると。


「じゃあ、せっかくだし、今日は東回りに駅まで向かいましょう。あ、でも、空楽くんは元々このあたりで生まれ育っているのよね。どちらでも変わりないかしら?」


「そんなことはありませんよ。行きましょう」


 つまり、日陽先輩はこのあたりの生まれではないということか。

 高校の入学を機に引っ越したのか。それとも、引っ越し先が近かったから、極浦学園を受験したのか。

 こういうのも、日常のちょっとした疑問、というやつだろうか。


「それに、この近所に住んでいるからこそ、わざわざ歩いて回るなんてことをしてみたりはしませんから」


 もちろん、トレーニングのために走り込みに利用することはある。

 急勾配の坂道になっていること、それから学園の南側が浜になっていることもあり、鍛えるにはもってこいの場所だから。

 

「えー、そうなの。素敵な景色だと思わない?」


 日陽先輩の言うとおり、水平線に昇り沈みする太陽は綺麗だとは思う。

 しかし、はっきり言って、これだけ地元すぎると、わざわざ毎日見に行こうなんて思えなくなるというか。


「まあ、このままだと夏場には毎日のように日の出を見に来れることになるかもしれません」


 鍛錬をつけて貰えるのが早朝になれば、走り込みも当然、早朝になるわけで、上手く時間がかち合えば、毎日拝むことができることになる、かもしれない。


「素敵ね。私はあんまり朝に強いほうではないから、羨ましいわ」


「え? そうなんですか? なんか、意外です」


 日陽先輩に対する僕のイメージは、まあ、第一印象は別として、かなり勢い任せというか、この強引な感じからして、朝もばっちり目が覚めているような人だと思っていた。

 

「ほらね。さっそく、新しい発見ができたでしょう?」


「そうですね」


 そんなことを話しているうちに、僕たちはぐるりと囲むように走るバス通りの曲がり角に到達していた。

 この先には、少し奥まったところに小学校。そして。


「やっぱり大きな御屋敷よね」


 その敷地、門の前で日陽先輩は立ち止まった。僕も隣に立つ。

 このあたりに住んでいる、あるいはここの小学校、中学校に通っている子供には有名なことだけれど、このバス通りからすこし中に入っていったところに、藤堂家の大きな御屋敷がある。

 もちろん、表札から家名を知っているだけで、家の方たちと知り合いなわけではないけれど。

 

「小説には、いえ、どちらかといえば、アニメや漫画のほうかしら。ある程度決まっているかのように、お金持ちの家のお嬢様、お坊ちゃまが登場するわよね」


「そうですね」


 それでだいたい、お金持ちのお嬢様というのは、ヒラヒラのドレスみたいな服を纏った、金髪縦ロールのツインテールだったりするのだ。

 

「ぜひ、ここのお家には一度、取材というか、聞き込みをしてみたいと思っていたのよね」


 そんなことを口にしたかと思うと、日陽先輩はふらふらとインターホンに近づいてゆくので、僕は慌てて手首を握って引き止めた。

 

「なにをしようとしているんですか、日陽先輩」


「だって、空楽くん。きっと、こんなに大きなお家なのだから、お茶やお菓子も一級品よ。お話が伺いたいと正直に話せば、素敵なおやつにありつけるかもしれないわ」


 クロテッドクリームとか、アッサムティーとか、などと、今にもよだれを誑しそうに(実際にはそんなことはないけれど)呟く日陽先輩の手を引き。


「なにか御用ですか?」


 丁度バスから降りてこられたところらしい、家政婦みたいな格好をした女性に声をかけられる。

 周りを見ても、僕たちの他に人影はなく、どうやら僕たちに話しかけていらっしゃることは確実だ。


「いえ。とても大きな御屋敷だなと思って、驚いて、感動していたところです。もしかして、ここのお家の方ですか?」


 日陽先輩の言葉に、僕も力強く頷いた。

 それこそ、創作の中の話でもないけれど、不審者として警備の人たちに突きつけられたら困ったことになる。

 

「そうですか。お嬢様と同じような制服を着ていらっしゃったものですから。お友達がお出来になったのかと」


 僕と日陽先輩は顔を見合わせる。

 リアルでお嬢様なんて言われているところ、初めて遭遇したぞ。

 

「いえ。僕は先日入学したばかりですから。日陽先輩はどうですか?」


「私も。同学年に藤堂さんなんていたかしら?」


 そう話すと、家政婦らしいその女性は納得されたような顔になって。


「そういえば、おふたりのネクタイ、リボンの色はお嬢様とは異なるようですね。おふたりは、二年生、それから、新入生の方でしょうか」


 ということは、ここのお嬢様――藤堂さんは、三年生の先輩だということになる。

 この極浦学園のネクタイ、リボンの色は、三色が巡回しているみたいだから。


「私は海原日陽。極浦学園の二年生です」


「僕は一年一組の秋月空楽です」


 日陽先輩に習い、僕も頭を下げる。

 

「そうでしたか。私はここで家政婦と、弥生お嬢様の身の回りのお世話をさせていただいている、古澤翠と申します」


 歳は二十代半ばといったところだろうか。

 それとも人は見かけによらないから……いやいや、女性の歳を詮索するなんて失礼だ。

 それにしても、こんな大きな御屋敷に住んでいる、それこそお嬢様の名前を漏らしたのは、わざとか、それとも。


「そうですか、ぜひ。それでは、今度は弥生さんがいらっしゃるときにでも、また、お話しに伺っても構わないでしょうか」


「ちょっと、日陽先輩」


 僕は驚いて日陽先輩を見る。

 

「初対面の、しかもご当人ですらいらっしゃらない方に対して、失礼過ぎませんか?」


 いったい、なにを考えているのだろう。


「え? でも、古澤さんも、その弥生さんとお話しして欲しそうな雰囲気でいらっしゃるし、なにより、こんなに大きな御屋敷に住んでいる方の話なんて、そうそう聞けるものではないわ。よい経験、いえ、体験かしら? とにかく、絶対――空楽くんのお話し作りに役立つと思うの」


 そうか。

 日陽先輩の考えることなんて、ひとつしかなかった。

 基本的に小説脳なんだ、この先輩は。

 全ての道がローマに通じているように、日陽先輩の思考は基本、全て小説に通じているんだ。こういう、心構えは見習わないといけないな。

 そもそも、今日、こうして出てきているのだって、小説のネタ探しのためだし。


「機会があれば、ぜひ、お伺いさせていただきます」


 そんな当たり障りのない挨拶を済ませ、藤堂家を後にする。

 しかし、こうして通り過ぎてしまっても、ちらちらと振り返ってしまうくらいには、インパクトのあるお宅だよなあ。


「いったい、どんなお嬢様が住んでいるのかしらね。そうだわ、空楽くん。想像ゲームでもしてみましょうか」


「なんですか、それは?」


「だから、あそこの藤堂弥生さんがどんな方かを想像してみるのよ。これもきっと、小説の登場人物を考えるのに役立つと思うわ」


 なるほど、そう言われてみれば確かにそうかもしれない。

 お嬢様と言えば、そうだな、やっぱり金髪の縦ロールだろうか。

 しかし、家政婦さん――古澤さんの雰囲気は、そんな感じではなかったな。どちらかと言えば大和撫子みたいなお嬢さんかもしれない。

 ゆるりとウェーブした長い黒髪に、やや下がり気味の柔らかい感じのする目じり、使う言葉は京言葉。


「なんだか、日陽先輩とは真逆にいるみたいな、落ち着いた感じの人でしょうか」


「ひと言余計じゃないかしら、空楽くん」


 失礼しちゃうわ、と日陽先輩が可愛らしく頬を膨らませる。

 

「もう少し歩いて行くと、僕の通わせて貰っている道場があるんですよ」


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