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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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小説を配ろう 6

 もちろん、体育祭の練習のため、まだ家に帰ってきていないという可能性は十分にある。

 三年生の団体競技は、男女共に騎馬戦だ。一年生の玉入れのように、練習が必要ないということもないだろう。たとえば、騎馬の組み方とか、移動とか、乗ってるほうはバランスのとり方とか。

 まあ、小学校、中学校と、体育祭(小学校は運動会か?)がなかったということもないだろうし、変わるのはメンバーだけで、組み方は一緒である場合は多いだろうけれど。

 しかし。


「また来てくださったのですか、海原様、秋月様」


 藤堂家のインターホンを鳴らして、すぐに出てくださった古澤さんには、快く内に招き入れていただいた。

 まだ指折り数えられる程度にしか顔を合わせていなかったはずだけれど、そういうのも家政婦の特技なのだろうか。

 日陽先輩は別にして、僕のほうは平々凡々というか、日本人としてはごくごく普通の容姿だと自覚していたけれど。

 すこしばかり驚いていたのが伝わったのだろうか。


「家政婦としての特技ということもあるかもしれませんが、お嬢様を訪ねていらっしゃる方は少なくいらっしゃるので」


 授業のプリント類なんかを届けてくれることは多いらしいけれど、それでも、毎度同じ人が、のように親しかった人は、小学校、中学校、そして高校に入ってからもいないらしい。

 なぜだろう。

 こういってはあれだけれど、弥生先輩の容姿なら、仲良くしたいという人は多そうに思えるけどな。失礼だけれど、身体が弱いというのも、深窓の令嬢感が出ていると思うし。

 いや、そういうのは歳を重ねてわかる機微かもしれない。小学生とかなら、単純に、放課後の自由時間を、わずかとはいえ、拘束されることを嫌って、とかだろうか。

 弥生先輩はたくさん仲良しがいるタイプではなさそうだし、一度、そういう風に世話焼き好きとか、仲が良い、みたいに捉えられると、その後もずっとお使いというか、届け役を頼まれる可能性は高いからな。

 

「お嬢様をお呼びしてまいりますので、少々、お時間をいただいてもよろしいですか?」


 なんだか、ちょっと冊子だけ渡してすぐ戻る、みたいな雰囲気ではなくなってしまったな。

 本当なら、古澤さんに冊子を手渡して言伝を頼む、くらいのことでも良かったと思っていたのだけれど。


「よろしければ、こちらをどうぞ」


「ご親切にどうもありがとうございます」


 紅茶と、出されたロールケーキに、日陽先輩は瞳を輝かせた。

 どこぞの名店が製造されたものなのだろう。

 クリームの塗り方も、巻き加減も、もちろん、味も、絶品だった。


「お待たせし――」


 それから、ほどなくしていらした弥生先輩は、驚いたように目を丸くされた。


「お邪魔させて貰っています、弥生先輩」


 日陽先輩は、丁度ホールケーキの切れ端をところだったので、僕だけ先に立ちあがって挨拶をさせてもらった。


「こんにちは、弥生先輩」


「お越しくださって、ありがとうございます、海原さん、秋月さん」


 日陽先輩の後に柔らかく微笑まれた弥生先輩は、ゆったりとした動作で椅子に腰かけられ。


「海原様、秋月様、そちらのお味はいかがでしたでしょうか?」


「古澤さん」

 

 弥生先輩が困ったような顔で、どことなく自信ありげにも見えるように問われた古澤さんを振り返る。

 なんで、弥生先輩が困るようなことがあるのだろうか。


「とてもおいしかったです。どこのものなのでしょうか。今度、行ってみたいです」


 日陽先輩は、遠慮なく、そう答えられ。


「そちらは、お嬢様が本日お作りになられたものです」


 誇らしげにも見える古澤さんのおっしゃられたことを理解して。


「えっ」


 驚いて、僕と日陽先輩は同時に弥生先輩を見つめ、ケーキに視線を落とす。

 これが手作りだって?

 いや、言ってしまえば、お店に並んでいるようなケーキだって、職人さんが手作りされたものに変わりはないのだけれど。

 これが、個人宅で作られたものだって? いや、趣味はお菓子作りですとかって、話にはよく聞く、よく見るようなものではあるけれど。


「すごいです、弥生先輩。このままお店に並んでいてもおかしくないおいしさです」


 日陽先輩は絶賛し、味わうように、もうひと切れ、フォークに突き刺して口に運ぶ。

 

「本当に、お上手です。お菓子作り、お好きなんですか?」


 これはもう、趣味とかってレベルを超えていると思うけれど。

 

「いえ、そのように誇れることでは……」


 なぜか、弥生先輩は遠慮気味というか。

 そこまで謙遜することはないのに。これだけおいしいケーキが作れるのなら、それは、嫌みだとか、そういうレベルではないと思う。立派な(というのも失礼だと思うけれど)特技だ。


「本当に誇れるような理由ではないんです。ただ、昔から、家にいがちだったので、他にすることもなく、慣れているというだけです」


 これが、弥生先輩の、十七、あるいは十八年の、努力の結晶ということか。

 いや、本当にすごい。


「それで、おふたりは、今日はどのような御用だったのでしょうか」


 ケーキを食べ終えるのを待ってから弥生先輩が口を開かれる。

 そういえばそうだった。

 ケーキがおいしくて忘れそう、というか、満足してこのまま帰りそうになっていたけれど、今日は弥生先輩に用があって訪ねてきたんだった。

 僕は鞄から冊子を取り出して。


「弥生先輩。僕と日陽先輩が文芸部だということは、以前、お話しさせていただいたことと思いますが」


 日陽先輩が部員に誘ってもいた。弥生先輩には断られていたけれど。

 しかし、そのことを掘り返したいわけではなくて。


「これは、その、文芸部の活動において、僕が書いた小説をまとめたものです」


 製本、つまり、本の形になっているわけではなく、読みづらいところはあると思うけれど。


「これを、秋月さんがですか?」


 弥生先輩と、その弥生先輩に促されるように後ろから覗き込まれた古澤さんの視線が、文章を追うように上下する。

 

「まだ書き出しというか、未熟なもので、それでも精進するべく毎日、文芸部でも文を綴っているのですが、それは、一番最近の作品です。それで、作者である僕と、部長である日陽先輩以外からも感想をいただけたらと思って、知り合いを回っているところだったんです」


 弥生先輩のお菓子作りの腕前と比べたら、まだまだ未熟もいいところだけれど。


「それで、弥生先輩にもぜひ、読んでいただけたらと思いまして」


 弥生先輩は読書も趣味だとおっしゃっていたし、日頃から本にも慣れているだろうから、より厳しい目で見てくれると思う。

 僕は決して性癖がマゾということではないけれど。


「どうぞ、遠慮することなく、辛口で、厳しい評価をお願いします」


 このロールケーキとは対極の。

 それこそが、実力を向上させる、なによりの材料だから。もちろん、単純な批判以外で、という意味ではあるけれど。


「はい、わかりました。私などで満足いただけるかどうかはわかりませんが、精一杯務めさせていただきます」


 体調のことも考えて、そこまで無理をして欲しくはないのだけれど。真面目な感想は欲しいわけで、なんとも答えるのが難しかった。

 とはいえ、あまり長居してしまっても迷惑というか、お身体にも障るだろうし……。


「そういえば、弥生先輩。もうすぐ学園では体育祭があるのですが、弥生先輩も参加されるんですよね?」


 たしか、弥生先輩は三年一組のはずだから、縦割りのクラス分けでは、僕たちと一緒のはずだ。

 弥生先輩は、ほんの一瞬だけ表情を曇らせられ。

 しまった、デリケートな話題だったか。

 そう、僕が謝る前に。


「参加できたらいいなと思っています」


 ああ。デリカシーのない真似をしてしまった。

 しかし、ここで謝るのも、さらに弥生先輩にとっては困るだろう。


「今日は時間を取っていただき、ありがとうございました」


「またいらしてくださいね。こちらの感想は、なるべく早くお届けできるようにしますから」


 古澤さんに見送られ、弥生先輩と別れて、今度こそ、僕たちは学園へと戻る。



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