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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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出会い 4

 家で書くのも落ち着くのだけれど、図書室にはより多くの本が置いてある。

 文芸部のイメージといえば、読んだ作品の感想を言い合ったり、あるいは部誌の発行だとか、あとは、それこそ二次元の中になるとたまり場、喋り場になったりとしていることが多いけれど、本来は文芸を名乗るくらいなのだから、自分で書いても構わないはずだ。


「空楽くんは自分でも創作をしているのね。漫画? それとも、小説かしら?」


「創作と言えるほど立派なものでもありませんけれど、中学の……そうですね、半年ほどのことではありますけれど、ライトノベルを」


 もっとも、書いた作品は、到底、小説と呼べるようなものではなかったのだけれど。

 

「初めてなんて皆そんなものよ。それより、ジャンルは? 恋愛もの? 推理小説? それともファンタジー?」


「官能小説です」


「え?」


 ほんのちょっとした冗談のつもりだったのだけれど、日陽先輩は目をぱちくりとさせ、真っ白な肌を紅く染めた。

 それで、なんとなく面白くなってしまい、悪ノリしたことは素直に僕が悪い。


「だ、だめよ、空楽くん。私たちはまだ高校生なのよ。そ、そ、そういうのは、もっと大人になってからでないと」


「ですが、日陽先輩。十八禁小説というのは、読むのを十八歳未満禁止にしているだけで、書いてはいけないという法は存在していませんよ」


「そ、それでもだめなものはだめ。この文芸部から、そんな無法者を出すわけにはゆかないわ」


 それから、倫理観だとか、公衆道徳だとか、学生手帳まで持ち出して焦ったように説明する日陽先輩がおかしくて、黙って聞いているつもりだったのだけれど、つい吹き出してしまい。


「もう。人がせっかく注意して……あっ、もしかして、今の冗談ね? 空楽くん、私をからかっているんでしょう」


「すみません。随分可愛らしく怒る方だなと」


「もう。先輩をからかったらいけないんですからね」


 頬を膨らませた日陽先輩は、失礼しちゃうわ、と椅子まで戻って座り直した。そんな様子も子供っぽくて、つい笑ってしまいそうになる。

 なので、あらためて。


「それでは、日陽先輩。真面目な話ですけれど、この文芸部への入部は認めてくださるのでしょうか?」


「先輩をからかうような悪い後輩には認められません」


 そんな子供みたいにツンとされても。

 いちいち可愛らしい人だな。もしかして、わざとやっているのだろうか。さすが文芸部唯一の部員、つまり部長だ。日常生活から余念がない。

 まあ、そんな冗談はさておき。


「すいませんでした。真面目に創作――健全にライトノベルを書くつもりですので、どうぞよろしくお願いします」


「入部届は担任の先生にお願いね。それで、空楽くんはどんなジャンルを書いているのかしら」


 やり直された質問。

 ここでふざけたりしたら、本気でへそを曲げられそうだし、やっぱり入部は認められませんなんて、まさかないとは思うけれど、そうなると困る。


「恋愛小説です。舞台は異世界でした。もちろん、男女の。とはいっても、小説と言えるほどに立派なものではないのですが」


「そんなことないわ。空楽くんは自信がないみたいだけれど、初めて書いたものなのだから、拙い、未熟なのは当り前よ。でも、それは作法とか、表現力とかの話でしょう? 内容自体は大筋、変わりはないわよね?」


 ここまで言われてしまえば見せないわけにもゆかない。

 僕は戒めとして持ち歩いている原稿を鞄から取り出し、日陽先輩に手渡した。


「これです」


「素敵ね。さっそく読ませて貰うわ」


 座って待っててね、と言われたので、日陽先輩の対面に一脚だけ置いてある椅子に座って待たせてもらう。

 かなり緊張する。

 もちろん、館先生に読んでもらったときにも緊張はしていたのだけれど、年頃の近い異性に自分の妄想の具現化を読んでもらうというのは、なかなかに羞恥プレイなような気がする。

 まあ、小説家になろうというのであれば、そんなことは気にしていられるはずもないのだけれど。

 もちろん、今の段階では夢のまた夢の夢の……と、いくつも連なりそうではあることなのだけれど、いつかは絶対実現させると心に決めているのだから。

 それから一時間以上だろうか、日陽先輩は椅子の上から身じろぎもせず、ただ、目と指先だけを動かしていた。

 文章作法がなっていないと、途中で放り出されることもない。

 ただ、壁掛け時計の針の音と、廊下を通る生徒の話し声や上履きの擦れる音、窓の外からの運動部の掛け声、音楽系の部活のものだろう楽器の音、そして紙を捲る音。そんなものだけが聞こえてきていた。

 手の中に汗がじんわりと滲み、口の中はからからに乾く。

 視線は目の前の真っ白な髪の先輩から離すことができない。

 日陽先輩が微笑んだり、目を細めたり、首を傾げたりするたび、いったい、今はどのあたりを読んでいるのだろうと、ついつい、捲られているページを気にして、厚さからどのあたりなのだろうかと推測してしまう。

 心臓が早鐘を打っているのがわかる。多分、武術の大会前、もっといえば、試合前より緊張している。


「素敵な小説だったわ」


 一時間くらいは経っただろうか、すっと視線をあげた日陽先輩は微笑んでそう口にした。


「日陽先輩。お世辞は結構です。どうぞ、忌憚のない意見を聞かせてください」


 僕はマゾではないけれど、少なくとも自分ではそう思っているけれど、この場合は、ぼっこぼっこにしてほしかった。

 

「お世辞じゃないわ。この小説には空楽くんの好きがいっぱい詰まっていて、空楽くんの好きがいっぱい伝わってくるもの」


「僕の、好き……?」


「ええ。もしかしたら、空楽くんは王子様になりたかったのかと思ってしまったわ。どうなの?」


 いや、王子様になりたいっていわれても。

 たしかに、その小説の主人公は王子様で、ヒロインはお姫様だけれど。

 現代社会に暮らしていて、王子様になりたいと思う人は、まったく……と可能性を否定したくはないけれど、極少数派だろう。

 

「いや、日陽先輩。王子様になりたいなんて、そんなわけないじゃないですか。そりゃあ、もちろん、僕も男ですから、可愛い女の子とお近づきになりたいという気持ちはありますけど」


 普通、照れて言わないけれど、男子なら誰しも、可愛い女の子とお近づきになりたいという願望というか、夢というかを持っている。もちろん逆も、つまり女性にとっての王子様も同じことだろう。

 だからこそ、世の中にはお姫様と王子様の小説が溢れているのだし。

 

「技術的なことも問題はあるけれど、それよりもまず、その情熱を紙にこうして吐き出せるというのは重要なことだと思うわ。実際、設定だけは作って、それで満足してしまう人もたくさんいるでしょう。そのなかで空楽くんはこうして現実に原稿用紙に文字として起こしている。それだけで、もうすでに、十分、作家として一歩以上を踏み出しているわよ」


 そんな風に考えたことはなかったな。

 もちろん、書かなければ始まらないとは考えていたけれど、今の自分の実力が、あるいは、その紙に起こしたものが、到底、小説なんかを名乗れるものではないということは、自分でもよく理解している。いや、させられている、させてもらった、というべきか。

 

「じゃあ、空楽くんの記念すべき文芸部の第一の活動は、この小説を書き直して、ちゃんと、少なくとも小説ではあると、空楽くんが認められるような文章にすることね」


 日陽先輩は棚から原稿用紙を取り出して。


「自信を持つことは大切よ。今のままだと空楽くん、この失敗したっていう小説しか頭に残らないでしょう? だから、まずは、この自分で書いたものを納得できる形にしましょう。もちろん、完成した暁には、私がきちんと責任を持って読ませて貰うわ。あの超有名な作品のヒロインのように、完成した原稿を食べてしまうなんてことはしないから安心して」



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