屋外ライブへの誘い 5
新入生歓迎会のときは三人のメンバーしかいなかったし、五人揃ってのバンドの演奏を見るのは今日が初めてだ。
ドラムやキーボードの準備を終え、センターにいるギターを肩から下げた奏先輩がマイクを握る。
「初めまして。私たち、『昼休みデザートプリン』です」
会場に拍手が満ちる。もちろん僕たちも手を叩いた。
「今日は私たちの演奏を聴きに来てくれてありがとうございます。この素敵なお祭りのステージに立たせてくれた感謝も込めて、精一杯、皆さんに私たちの音楽を楽しんでいただけたらなと思います」
最初は『プリンのヒ・ミ・ツ』という曲だった。
アップテンポのノリの良い曲で、観客の心を見事に掴んでいた。
見ている人たちは、学院みたいに全員が歳の近い子供というわけではなく、お年寄りも、親御さんも、男性も女性も、関係なくいたけれど、演奏された三曲のうち、盛り上がらない曲はなく、むしろ、後の曲になるほど、その熱に引き込まれてゆく感じだった。
どの演奏も、もちろん素敵だった。
というより、楽器の演奏なんかとは程遠い生活をしている僕にとってはどの演奏もすごく上手いとしか形容する術はなかったのだけれど、やっぱり、奏先輩のギターは特別な感じだった。
もちろん、望月先輩も、大野先輩も、瀬名さんも、佐々木さんも、皆さん、上手ではあったのだけれど(って、これだと 失礼になってしまうか)奏先輩のギターの音は特別、胸にすっと入ってくるというか、頭に残る感じというか。
ビジュアル的にも、奏先輩は、日陽先輩とはまた違った魅力のある美少女という感じで、それも盛り上がる一因だったと思う。もちろん、他のバンドメンバーの人達が美人でないということでは断じてないけれど。
「空楽くん。沖田さん達に感想を伝えに行きましょう」
日陽先輩が僕の手を引っ張りながら人混みを縫うように抜けてゆく。
奏先輩たちのステージが終わり、つまり、午前のステージも終わりということで、一旦、休憩を挟むことになったため、丁度いいだろう。
演奏のすぐ後だから疲れているかもしれないし、そもそも出演者に直接声を掛けにゆくのはマナー違反だと言われる可能性もあるけれど。
「奏先輩」
ステージの裏でペットボトルを手に汗をぬぐっていた奏先輩は、すぐに僕たちに気がつかれた様子だった。
「あっ、空楽くん。それに、海原さんも。本当に見に来てくれたんだ」
「本当にって……」
僕がそう零すと、奏先輩は、冗談冗談、と笑みを浮かべた。
「奏? その子は知り合い――って、海原さん?」
ちらりとこちらを見てそう口にされたのは望月先輩だ。まだ肩からはベースをかけていらして、僕は小さく頭を下げた。
「えっと、日陽先輩? 望月先輩ともお知り合いだったんですか?」
「いいえ。直接話をするのはこれが初めてだったと思うけれど」
まあ、日陽先輩は目立つからな、と思ったとおり。
「同じクラスになったことはなくても、うちの学年で海原さんのことを知らない人は、多分、いないわよ。それで、あなたが最近よく奏の口から出る、空楽くんね」
望月先輩の視線が、なにかを確認するように僕の頭の上からつま先までを上下する。
そんなに凝視されるような特徴のある容姿はしていないと思うけれど。仮に小説にでも出すなら、通行人とか、そのあたりの役がお似合いだろう。
「ちょっと、瑞穂。余計な事言わないで。空楽くんにはたまたま会って話をするくらいの関係なんだから。それに、そんなに頻繁に空楽くんの名前を口にしてはいないじゃない」
今、このステージ裏だけでも三回は名前を出されたけれど……言わぬが花というやつだろうか。
「空楽くんも皆さんの話をよくしているわ。新入生歓迎会のときのライブに感動したんですって」
「ちょっと、日陽先輩?」
その話は奏先輩にはしているから、いまさらといえばいまさらではあるけれど。
「へえ、少年。見どころあるじゃん。いや、いい耳してるって言ったほうがいいのかな」
大野先輩に肩を組まれる。
正直、耳に残っていた、というか、印象に残っていたのは奏先輩のギター、ボーカルだけだったのだけれど、とてもそれを言える雰囲気ではないような。いや、しかし。
「あの、すみません。正直に言いますと、僕の耳に残っていたのは、奏先輩のギターとボーカルだけで。あっ、でも、今日の演奏は素敵でしたし、皆さんの名前も覚えました」
残念ながら、花も、差し入れも、なにもないけれど。
コンビニにでも行って、プリンを準備しておけばよかったかな。これだけ屋台が並んでいるのにコンビニなんて、風情がないけれど。
「正直なやつだな」
そう言いながら、大野先輩はどこか楽しそうというか、得意そうな表情をしていた。
身内が褒められて嬉しいのか、それとも、奏先輩の実力を認めているからなのか。どちらでもあるように思えた。
「秋月くんって、こういうところに来るような感じだったんだね。教室ではいつもノート広げてたりするから、もうちょっと、物静かな人だと思ってた」
「えっと、佐々木さん。その認識は大分合っていると思うけれど、今日来たのは奏先輩に誘われたから、というのも理由の一つだけど、やっぱり、生のライブというのを体験しておくのも悪くないと思ったからで」
将来、どんな小説を書くかは未定だけれど、その際、ライブのシーンが絶対に出ないという保証はない。
ならば、こうして体感しておくことは、絶対、描写の役に立つはずだ。
もちろん、バンドの演奏をまた聞きたいと思ったという理由が大きいというのも、紛れもなく事実だけれど。
「なんだ、秋月少年。それではきみは、うちのボーカルには全く魅力がないといいたいのかね?」
大野先輩が悪戯っ子が獲物を見つけたような顔で迫ってくる。
こういうときにさらっと返せればいいのだろうけれど。
「い、いえ、決してそのようなことは。奏先輩は十分、魅力的な方だと思います」
なにを言わされているんだろう、僕は。
周りの女性は勝手に盛り上がってはしゃいでいるし。いや、本心であることには違いないのだけれども。
というか、自分で言うのもあれだけれど、思春期真っ盛りの男子にそういうことを聞かないでほしい。どう答えたって、弄られるしか道がなくなる。
「ふーん。空楽くんは思ったより、沖田さんと仲良くなっていたのね」
「日陽先輩?」
これは、なに?
普段より、なんだか声の調子が低い、というか、棘がある気がするけれど。頬も膨らませて、他所を向いているし。
あれか? たったひとりしかいない大事な後輩が他の部に移っていくと困るってことか? それでやきもちを?
「心配しなくても、僕に楽器の演奏なんてできませんから、軽音部に入ったりはしませんよ」
だいたい、奏先輩たちはガールズバンドじゃないか。男の僕が入れるはずはない。そんな勇気もないし。
それに。
「僕はすでにライトノベルというやつに憑りつかれていますからね。離れたいとも思いませんし」
そう答えると、日陽先輩の表情がぱあっと明るくなる。
「そう、そうよね。いえ、べつに私は心配なんてしていませんけどね」
そんなとってつけたような、ツンデレみたいな対応はいりませんから。
そんな僕たちのやり取りを見てか、軽音部の人たちは笑みを漏らしていた。
「海原さんと空楽くんは本当に仲が良いんだね」
「軽音部の皆さんには負けますよ、奏先輩」
あの演奏だって、五人の気持ちが揃っていることの証拠だろうし。
「そうでしょう。最高の仲間なんだから」
奏先輩は誇らしげに笑う。
本当に、奏先輩はこの『昼休みデザートプリン』のメンバーが好きなんだと思う。
「今度の五月ライブも絶対聞いてね」
五月ライブ、というのは、例の学園でやるやつのことだろう。
「ええ、もちろん。楽しみにさせていただきますね」
僕は日陽先輩と顔を見合わせてから、そう答えた。




