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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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私が読むわ 13

 お菓子でできているのなら、また作り直して貰えばいいのでは、と考えるのは、いささか狂気だろうか。

 まあ、でも、日陽先輩はスウィーツ好きみたいだし、たしかにお菓子の国というのは似合っているかもしれない。


「そういう空楽くんはどうなの?」


 わずかに顔を赤らめた日陽先輩は、頬を膨らませ気味に、上目遣いに睨んでくる。


「僕はお姫様になりたいという願望があるわけではありませんから」


 もちろん、最近流行りの異世界転生の波に乗っかって、異世界で美少女に生まれ変われるというのなら、そういう体験もしてみたいとは思うけれど、この精神のまま、永遠にお姫様を演じるのは大変だろう。

 まあ、世の中の男性の半分以上は、自分が美少女に生まれ変われたなら、という願望を少なからず持っている、あるいは、一度くらいは妄想したことがあるだろうから、最初ははしゃぐかもしれないけれど。

 でも僕は。


「そんな、生まれ変わった後のことまで考えられませんよ。そもそも、輪廻転生とか、そこまで宗教を信じているわけでもありませんし。もちろん、否定するつもりはありませんし、神様だって、いたらいいとは思いますけれど」


 僕は今を生きるのに精いっぱいで、生まれ変わった後のことまで、考えてはいられない。夢を叶えるというのなら、現実世界で叶えたい。

 しかし、日陽先輩は。


「そんなことじゃいけないわ。私たち作家は、どんなことでも想像できなくちゃ。想像するだけなら無限大なのよ。体験を基にする、体験することで表現にも厚みができる、というのはよく聞く話だし、それも事実だとは思うけれど、体験していないことでも想像力を働かせて表現できる、というのが、小説家、いえ、小説家に限らず、表現者の醍醐味だと思うわ」


 それで日陽先輩は普段からすらすらと妄想、もとい、話を口にできるわけか。

 それにしても、本当にこの人は創作に対する意欲が高いな。

 その割に、日陽先輩が書いた小説を(五分間作文とはべつに)読んだことはないけれど。この部室にも置いていないみたいだし。

 まあ、文芸部といっても、いろいろだろうからな。

 他人と作品の感想を共有したいとか、作者について語り合いたいとか、そういうことのために創部されたという経緯でも、なんでも構わないだろう。べつに部長だからといって、創作に対して意欲的でなければならないという決まりもない。

 日陽先輩の例でいうなら、百枚の感想文の話にもあるように、好きなものについて他人と共有したい、という思いが強いからかもしれないし。

 それなら。


「いつか、日陽先輩の書いた小説も読んでみたいですけどね」


 もっとも、僕とは違って、日陽先輩にそういう願望があってこの部を立ち上げたのかどうかはわからないけれど。

 

「私は書くより読むほうが好きよ。書いた人の想いを一文字一文字噛みしめながらページをめくるのは、なににも代えがたい至福の時間だわ」


「チョコレートのたっぷりかかったショコラパウンドケーキを食べるときよりもですか?」


「なにを言っているの、空楽くん。それなら私の今の気分は和栗のモンブランよ」


 なんの話だ。いや、僕が振った話だけれど。

 日陽先輩は真っ赤な瞳を煌めかせて立ち上がり。


「というわけで、今日の部活はケーキを食べ、もとい、スウィーツの表現上達のために、現地調査に行きましょう」


「いや、もう言っちゃってますから。わざわざ言い直す、いえ、言い繕う必要はないです」


 ただ日陽先輩がケーキを食べたいだけだろう。

 

「行くのなら、日陽先輩おひとりで行ってきてくださいね。実地調査の重要性はわかりましたけれど、そのくらいなら、僕はここで読書していますから」


 べつにケーキが嫌いというわけではないし、どちらかと言えば好きだけれど、特別食べたい気分でもないからな。

 それに。


「少しくらい先輩に付き合ってくれてもいいじゃない。ひとりで食べるより、空楽くんと食べたほうがおいしいもの」


 そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど。


「それはありがとうございます。しかし、僕には日陽先輩とは一緒に行けない、深刻な、差し迫った問題もあるんです」


 そう、高校生男子なら、いや、そうとは限らず、人間であれば誰しも抱える、重大な悩みが。


「なにかしら?」


 僕の真剣みを感じてくれたのか、日陽先輩がほんのわずかにたじろぐ。


「……ないんです」


「えっと、空楽くん? 声が小さくて聞こえなかったみたいなんだけれど、もう一度言ってくれる?」


「……お金が……ないんですよ、日陽先輩」


 男子高校生の小遣いがそんなにたくさんあると思ってもらっては困る。

 大抵、好きな単行本を買うのに消えてゆく。正確には、気になった単行本のために――それは、未来発売されるかもしれない単行本のための貯金としてもという意味でも――消えている、あるいは貯金されているというほうがいいだろう。

 もちろん、毎月発売される、数百冊、すべてを網羅しようという気はさらさらない。

 しかし、いつ何時、絶対に必要な時がくるとも限らないのだ。

 

「それなら、私が先輩として奢ってあげても……」


「そのような施しは受けません。僕はここで小説を読んだり書いたりしていれば十分に幸せですし、ネタ探しなら普段の散歩でも十分です。ですが、日陽先輩は、べつに僕に遠慮することなく、『ミニヨン』のモンブランを食べてきてください」


 そのケーキ一つ買う小遣いで、単行本が一冊買える。

 日陽先輩みたいな美少女の先輩とお茶をできるというのはたしかに魅力的にも思えるけれど。


「どうしてもスウィーツが食べたいというのなら、僕は学園前のコンビニで売っているワンコインくらいのバームクーヘンとか、ドーナツとかで十分です。そもそも、決まった時間以外の食事はあまりしないようにしているんですよね」


 おやつという文化を否定するわけではないけれど。 

 一応、武術を嗜む者としても、余計なカロリーは避けたい。もちろん、これは僕だけの考えだけれど。


「むぅ。甘いものを食べたほうが、脳も活性化するのよ。それに、一緒に食べたほうがおいしく感じるじゃない」


 そう口にして、日陽先輩は僕の前の椅子に座り直した。


「どうしたんですか? やっぱりお腹周りのことを気にして、自重されましたか?」


 日陽先輩はそんなことを気にするような体型ではないと思うけれど。


「いいえ。一人で食べてもおいしくなさそう……楽しくなさそうだもの」


 日陽先輩は腕を枕にして、小説を読むでもなく、所在なさげに足をプラプラとさせていた。

 仕方ない。

 僕は溜息をついてから。


「缶コーヒー一杯分くらいなら、僕もお付き合いしますよ」


 勢いよく顔をあげた日陽先輩は、真っ赤な瞳を瞬かせてから、頬を綻ばせ。


「ええ。一息入れることも重要だものね」


「ですが、駅までは付き合いませんよ。下のコンビニまでです」


 学園の、門から校舎へと続く道のりは坂道になっている。

 歩いて向かえば、それなりの運動にもなるだろう。ケーキひとつとは釣り合うはずもないだろうけれど。


「ありがとう、空楽くん」


「いえ。僕も少し気分転換がしたいと思っただけですから」


 それに日陽先輩にはいろいろとお世話になっているから、たまにこうして付き合うくらいは、やぶさかでもない。


「優しい後輩をもって幸せだわ。これからもよろしくね、空楽くん」


「こちらこそ、よろしくお願いします、日陽先輩」


 紫乃や縁子ちゃん、連司にも、それは世話になった。

 けれど、やっぱり、日陽先輩がいてくれたから、僕の小説を読んでくれる人が、必ず一人はいるということを知っていたから、こうしてまた書きだすことができた。

 

「ありがとうございます、日陽先輩」


「なにか言った、空楽くん」


 難聴系主人公のごとく、僕のつぶやきは風に攫われて日陽先輩の耳まで届かなかったみたいだけれど。

 僕は首を横に振って応え。


「なんでもありません、日陽先輩」


 先を歩く日陽先輩の背中を追いかけた。



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