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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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私が読むわ 12

 ◇ ◇ ◇



「今日はどんなお話を書いているの、空楽くん」


 放課後の部室で僕が机に向かっていると、やってきた日陽先輩は正面の席に座り、嬉しそうに身体を乗り出してくる。

 僕だって日陽先輩に小説を読んで貰うことを、一日の中でのなによりの楽しみ、というより、それがあるからこそ、授業やらを乗り越えようという気力を持てているわけだけれど。

 

「今日は、直接話を書いているわけではないんです、日陽先輩」


 いつも、原稿用紙に、あるいはパソコンに向かえば、即座に、思い浮かぶままに物語を綴ってきたけれど、今日のところは少し違う。


「話を書く前の構成というか、設定というか、それを考えているんです」


 もちろん、文章力の上達には、たくさんの本を読み、たくさん書くしかない、ということはわかっている。

 文章の書き方についてのハウツー本ばかり読んでいても、上手く書けるような気がしてくるだけで、実際にこなしていかなければ実力とはなり得ない。世の中には通信空手なんてものもあるらしいけれど、『はじめての空手』みたいな本をただ読んでいるだけでは身につかないのと同じで、実際に身体、この場合はペンを持つ手を動かさなければ意味がない。

 しかし、それにしても、物語を途中でブレさせないようにするためにも、登場人物の基本設定とか、話の展開を考えておくことは大切だろう。

 さっと頭に話が浮かんでくるような人たち(本当にいるのかどうかはわからないけれど)には必要ないのかもしれない。しかし、僕はそんな特殊な技能は持ち合わせていない。

 だからこそ、最初に決めておく必要がある。

 ひとつアイディアを出したところから、ひたすら肉付け。

 たとえば人物を決めたなら、その人物が登場するシーン、持ち物、背景、他のキャラクターとの絡み、関係性、なにからなにまで、細かいアイディアをひたすらメモし続ける。もちろん、その逆も然りだ。

 個別の属性が必要ないとは言わない。けれどやっぱり、書こうと、いや、創ろうとしているのは物語なわけで、だとすれば、人との絡みこそが醍醐味になることは、およそ間違いないだろう。現実世界だって、大抵の場合、他人と関りがあることで、毎日が過ぎてゆくのだから。


「どうも、焦り過ぎていたと思うんですよね。五分間作文くらいなら、設定まで考える必要はないのかもしれません。そもそも、自分に起こったことですし、考えるまでもないことです」


 しかし、物語を書こうとするのなら、プロットだけではいけなかった。

 もちろん、人物――も含めた、設定を考えるだけでもいけない。その両立をさせなければならなかった。


「――というわけで、設定というか、アイディア出しをしているんです」


 紙とペンなら、ここに山と積まれている。

 どれだけ掘り下げた――僕がどれだけ掘り下げられるかは別にして――設定を考えたとしても、紙が足りなくなる、シャー芯がなくなるということは起こらないだろう。

 似たようなことはやったかもしれないけれど、より詳しく決めておくことが、僕にとっては良いことかもしれない。ともかく、今までやったことはないのだから、あるいはやったことがあったとしても、なんだって挑戦するべきだ。


「素敵ね。それは、私も手伝っていいことかしら」


「えっ、いや、それは、どうなんですかね」


 それだと、合作ということになるのではないだろうか。 

 べつに、共著が嫌だということではない、ないのだけれど、なんとなく、ひとりで最初から最後まで書き切りたいという、望みもある。これもまた、くだらないプライドのためだろうか。


「でも、空楽くん。世に出版されている数多のライトノベル、いいえ、ライトノベルに限らず、漫画でも小説でも、必ず、編集の方と協議はしているはずよね」


 それは、たしかに。

 作家と編集者は一心同体というのも聞いた(あるいは読んだ)ような記憶がある。

 

「だったら、私が空楽くんのアイディア出しを手伝っても、なにも問題はないはずだわ」


 そう、なのかなあ。

 なんとなく、洗脳というか、強要されているような気もするけれど。

 

「そうですね。今までだって、他の人に読んで貰って、その感想を参考にしてきたわけですから、いまさら、気にするようなことでもないのかもしれません」


 僕はアイディアを書き記したノートを日陽先輩の目の前に差し出す。

 しかし、考えてみるとこれって、要するに、自分の考えた架空の設定、妄想を書き連ねたノートってことになるよな。

 それって、黒歴史ノートとかって呼ばれるようなものでは。

 いや、まあ、それをいったら、今まで書いてきた話だって全部そうなるからな。


「今度はひとつの国の中の話なのね」


 日陽先輩は優しい手つきでページをめくる。

 まだそんなに書き溜めてあるわけではないけれど。


「ええ。この間のものは、たしかにお姫様は出てきましたけれど、ひとつの街中での話でしたから。とはいえ、大陸とか、世界とか、あるいは、異世界までいったりすると、話が広がり過ぎてまとまらなくなると思いまして。とりあえず、徐々に広げてゆく方向にしようかなと」


 もっとも、世界とかを相手にするような話を書くかどうかはわからないけれど。

 基本的に、恋愛小説を書くというのなら、精々、国内程度に抑えて、より濃い内容を考えたほうが良いと思うんだよね。

 

「これが空楽くんの書きたいものなのね」


「書きたい、というのもまあそうですが、そこから始めてゆこうかなと」


 とりあえず、頭に浮かんだものだから。

 

「素敵だと思うわ。早く読ませてね」


「ええ。期限も決まっていますしね」


 とりあえず、四月末に締め切りの賞がある。

 もう残り一週間もないけれど、なにしろ、こちらは毎日部活漬けで、他にやることもない。道場に通うのは、僕の中では食事や睡眠と同じカテゴリーだ。それを言ったら、これだって同じことなのだけれど。

 

「大丈夫ですよ。一日に原稿用紙五十枚くらいのペースで書き続ければ、五日くらいで規定文字数に達する予定ですから」


 すこし前の僕にしてみれば(今でもそう思わないこともないのだけれど)一日に原稿用紙五十枚分書くって、お化けかな? と思ったりもしたけれど、今は、まるで書けない、という気はしていない。

 

「後輩が頼もしいわ。これなら文芸部の未来も安泰ね」


「全然、安泰じゃありませんよ。なにを隠居みたいなことを言っているんですか、日陽先輩」


 糧にはなると言っても、結局、結果を出せなければ意味はないのだ。過程に意味はないとは言わないけれど、それに甘んじていたくはないし、それに慣れてしまいたくはない。

 

「本気でやるんですよ。賞を取れるくらい、つまり、書籍化されるくらい、本気で」


 毎度、その気持ちを忘れるわけにはゆかない。

 

「ちなみに、日陽先輩も一応、女の子ですから聞きたいのですけれど」


「一応? 空楽くん。私だって傷つくんですからね」


 僕はなにも言っていないのに、胸のあたりを手で隠している日陽先輩のことは無視しつつ。


「日陽先輩はどんな国のお姫様になりたいですか?」


「もちろん、物語の国」


 考える間もなく、即答だった。

 さすが文芸部部長だなあ、と感心していると。


「あっ、でも、お菓子の国も良いわね。ビスケットのベッドの上に、マシュマロの布団と枕を敷いて、綿菓子の布団を被って眠れるなんて、最高じゃないかしら」


「起きたら蟻まみれ、なんてことになっていないと良いですね」


 日陽先輩は身体を抱きしめるように。


「そんなおぞましいことを言うのは止めてちょうだい。蟻さんは敵国の兵だから、門番に見つかって入れて貰えないようになっているから大丈夫なの」


 架空の話なのに、そこまで想像されてしまうと、とても、黒いあいつのことは話せないな。僕だって、好き好んで話したいわけでもないし。


「わかりました。悪い魔女にビスケットにされてしまった日陽先輩が人間にむしゃくしゃと食べられてしまう話にしますね」


「お姫様が食べられたらお話が終わっちゃうじゃない」


 

 

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