イベントに際して
「空楽くん、集合よ」
いつものごとく、唐突な日陽先輩からのお誘いがあったのは、クリスマス兼日陽先輩の誕生日のお祝いをした翌日だった。
僕がこれから道場へ鍛錬に向かおうとしていた時間帯だったのだから、もちろん、まだ陽が昇る前という早朝(あるいは深夜)である。
幸いというか、僕がこの時間に目を覚ますのはいつものことで、鳴り響いた着信音で他の家族を起こしてしまうようなことにはならなかったけれど。
「おはようございます、日陽先輩。どうしたんですか、こんなに朝早くから」
今日は部活としての集まりはなかったはずだ。
次に皆で揃うのは年末のイベントのときだと思っていたのだけれど。
「それが、初参加の心得のようなものを調べたのだけれど、販売する同人誌のほかに、ポスターやら、お品書きやら、いろいろと準備をしたほうが良いらしいの」
僕も調べてみると、どうやらどこも準備しているものであるようだ。
大手と呼ばれるような、あるいは、人気のある壁サークルと呼ばれるようなところでも、目立つような大きい看板やらを掲げるようで、広さ的には足りないためにそれほど大きいものを準備することはできないけれど、周囲に埋没しないために、できる限りの目立つ準備はしていたほうが良いということだった。
まあ、僕たちが売るのは自前の同人誌一種類だけなので、お品書きは必要ないとは思うけれど、遠くからでも目立つようにポスター(あるいは、のぼりといったほうがいいのか?)くらいはあったほうが良いかもしれない。
「だから、今日はそれを作りましょう」
「わかりました。それじゃあ、えっと、まずは買い出しですかね?」
「いいえ。まずは専門の印刷屋さんに行きましょう。元データは同人誌の表紙を流用すればいいし、一日もあればできるというところも見つけてあるから」
今回も僕たちの同人誌の表紙のイラストを描いてくださったのは氷彩さんだ。
日陽先輩のごたごたがあったために、依頼したのは本当のギリギリになってしまったのだけれど、氷彩さんは快く引き受けてくださって、またしても、数時間ほどで読了から描き上げるまでこなされていた。
読了から描き上げるまでといっても、時間のほとんどは読書に当てられて、表紙の一枚絵を描かれたのはほんの一時間もかからなかっただろう。もっとも、時期が時期だけに、内部の挿絵まではさすがに無理だったのだけれど。
「ついでに、その近くに評判のいいケーキ屋さんがあるみたいなの。一緒に行きましょう」
そっちが本当の目的じゃないだろうな。
「了解です。それで、弥生先輩と一ノ瀬先輩にはもうご連絡はされたんですか?」
「いいえ。弥生さんの時間をとるほどのことではないし、だったら、空楽くんだけでもいいかと思って、一ノ瀬さんにも連絡はしていないわ」
はあ。それなら、なんで僕には連絡してきたのだろう。
「えっと、それは、ほら、あれよ。男手があったほうが荷物を運ぶのには便利でしょう?」
そうは言っても、ポスター二枚程度だろうとは思うけれど、まあ、とくにやるべきことも――宿題はまだ少し残っているけれど、そのくらいだし。
「まあ、わかりました。それじゃあ、駅で待ち合わせということでいいんですかね?」
以前訪ねたときには、藤堂家の車を出していただいたけれど、今回、弥生先輩をお誘いしないということであれば、その手は利用できない。
僕一人なら、頑張れば自転車で行けなくもないくらいのところだけれど、今回は荷物もあるし。
搬入ということで、当日会場に直接持ってきてもらうのならば、かさばるなどを気にしなくても良いかもしれないけれど、それだと当然、余計な料金も発生するからな。
それでも、帰りの荷物台くらいにはなるかと、いろいろ済ませてから自転車で駅へ向かい、駐輪場に停めてから、待ち合わせの交番前に行けば、日陽先輩はすでに到着していた。
「空楽くん、こっちよ」
いつもの温かそうな冬物のコートを着た日陽先輩が大きく手を振る。
距離的には日陽先輩のほうが断然近いから、この結果は仕方ない。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いいえ。私も今来たところだから」
そんな定番のやり取りを交わしながら、一応、荷物のチェック(つまり、元絵のことだけれど)を済ませて、電車に乗り込む。
学生には休みでも、社会はそうではなく、それなりに混みあった車内で、ドアの横の手すりに摑まる。
「空楽くんはもう冬休みの課題は終わらせた?」
「もう少しですかね。一応、例の騒動があったテスト期間――テスト休み期間中に、できるところは終わらせているのですが、まだ、ほんの少し残っています」
そういえば、テストを欠席していた日陽先輩には補習があったはずだけれど、大丈夫なのだろうか。
「いつの話をしているのよ。そんなのとっくに終わりました。多分、先生方も、休みたいからでしょうね」
当たり前だけれど、補習によって時間を奪われるのは生徒だけではない。
先生方に冬休みという概念があるのかどうかは知らないけれど、早めに済ませたかったのだろう。
「お金の心配もしなくていいわよ。私が勝手にやりたいと思ったことだから」
「そういうわけには……」
日陽先輩の稼ぎが、学生バイトどころか、下手をすればこの電車内にも乗っている人より多いというのは知っているけれど、さすがにこれは文芸部の活動なわけで、部員で折半したほうが良いのではないだろうか。
べつに、お金を出すのが偉いだとか、そういうことではないけれど、一応というか、ちゃんとしておいたほうが良いとは思う。
「いいの。これは、その、こんなことで代わりになるのかはわからないけれど、迷惑をかけてしまった謝罪のつもりだから」
「……そうですか」
僕も弥生先輩も一ノ瀬先輩も、まったく気にしてはいないけれど、日陽先輩が罪悪感を感じていて、なにかしたいと思っているというのであれば、好きにしてもらったほうが良いのかもしれない。
「そういえば、申し込んだ際のサークル名とか、そのあたりの情報は全然ないのですが」
イベントに参加申し込みをしたのは日陽先輩の独断だ。いや、もちろん、参加を了承はしたし、歓迎もしたけれど、最初に聞いた際には、すでに申し込まれた後だった。
申し込んだというからには、当然、サークル名も申請しているはず、というより、なくては申し込めないだろう。
「普通に『極浦学園文芸部』で申し込んだわよ。ほら、前にテレビでも取材を受けたでしょう。もし、頭の片隅にでも残っている人がいてくれたなら、なんだろうと思って見に来てくれるかもしれないし。見てくれさえすれば、売れるという自信はあるわ」
日陽先輩は自信満々に言い切った。
まあ、美少女が売り子をしていれば、興味を惹かれる人はいるかもしれないか。
どれほど面白い小説――自画自賛になってしまうけれど――だったとしても、まずは手に取って、目を通してもらわなければ、その辺の回収される紙ごみと同じ……とは言わずとも、まあ、似たようなものだから。
「そういえば、空楽くん。年末が締め切りの賞があると言っていたけれど、そっちはどうなったの?」
「どうって、キーワードを設定すれば応募できる、まあ、参加に関してだけは簡単な賞ですからね。とっくに、エントリー済みですよ」
そちらは、ネットにあげている小説のほうの話だ。
もちろん、万を超える応募作品があるので、ブックマーク一桁、せいぜい、二桁がいいところの僕の作品が通過、受賞する可能性は限りなく低いだろうけれど、応募しなければ可能性はゼロだ。




