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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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私が読むわ 9

 家に帰ってから、授業のほうで出された課題はさっさと済ませて、日陽先輩に出された宿題に取りかかる。

 授業のものとは違い、こっちは楽しみだった。

 日陽先輩は、いったい、一日の学校生活の中で、なにを考えながら過ごしているのだろう。

 

「『読み終わり、感想をつけ終わったらこの内容のことは忘れること。もちろん、忘れたのだから他言は無用ですからね』」


 冒頭一行を使って書かれていたのはそんな注意書きだった。

 後半の一文はいらないだろう。しかし、わざわざ念押ししてくるところが、いかにも日陽先輩らしいと、思わず笑みをこぼしてしまう。

 

「『あらためて、入部してくれてありがとう』」


 次の行からは、昨年の活動内容や、僕が入部希望者として現れ、どれほど嬉しかったのかということが書かれていた。

 そして最後に、これからもよろしくね、と締められていた。

 日陽先輩が今日のことなんて言うものだから、すっかり騙された。

 いや、僕も似たようなものか。

 しかし、感想といっても、これに対する返事は、まるきり、今日の僕の分の作文じゃないか。

 あらためて書こうとすると、なんか恥ずかしいな。

 作文のほうは、どうせ明日になれば僕の手元に戻ってくるし、日陽先輩もわざわざコピーしたりはしないだろうと予想していた。

 しかし、こうして文章として相手の手元に残すことになるとなると、話は変わってくる。日陽先輩のことだから、読んでそれで終わりということもなく、どうせ、大事に保管するのだろうし。

 まさか、僕のほうの作文を、今頃コピーでもしているんじゃないだろうな。あり得そうで怖い。

 しかし、僕のほうはといえば、こんな作文をコピーして手元に残すことには恥ずかしさが勝り、そんなことをする気にはなれなかった。だいたい、どこに保管するつもりだ。

 自分で書いた内容に後悔はないし、それが日陽先輩に読まれることも想定していた。しかし、感想をつけて返す、なんて言うものだから、今の今まで、自分で考えるまで、その可能性をすっかり抜け落としていた。

 こんなことをするのなら、もっと周囲に目を配って、それらしい題材を探しておくんだったなあ。いや、それでも結局、今日の作文に書く内容は変わらなかっただろうけれど。

 

「あっ、もしかして、それが日陽先輩の狙いなのか?」


 若干、深読みのし過ぎではないかとも思えるけれど、それは日陽先輩自身から言われていたことでもあった。

 普段から日陽先輩はメモを持ち歩いて、日常のちょっとしたことを常にメモに取るようにしていると言っていたし、あれは小説家として、あるいは見習いであったとしても、より良い姿勢なのではないだろうか。

 そうとわかれば、明日からはより、周りのことに気を配ろう。

 

「そうだ。結果的に日陽先輩には伝わってしまったけれど、どうせいつかは伝えなくてはならなかったことだ。それが僕の運命黙示録には今日だったと書いてあった、ただそれだけのことだ」


 しかし、予想……予定よりも早すぎる。


「はあ。いったい、明日、日陽先輩にどんな顔をして会えばいいんだろう」


 どう繕おうとしても、あの紙には僕の気持ちを大分赤裸々に綴ってしまったからな。

 読まれること自体は規定事項だったとはいえ、それと恥ずかしさとは別の問題だ。

 ある種、ハイになっていた部活の時間とは違い、いまさらになって、羞恥心が呼び起こされる。

 こんなもの、誰にも――もう見せてしまった日陽先輩以外――見せられない。


「……明日からは、日陽先輩の言っていたように学校生活の中で感じたこととか、そういう内容にしよう、そうしよう」


 返ってきたら、鍵付きの箱に仕舞って、ベッドの下の収納スペースの奥深くに保管しよう。

 あー、でも、毎日やるんだよなあ。同じものは同じ場所に保管して、紛れさせたいし。落ち葉を隠すなら森の中なら、作文を隠すなら作文の中だ。

 いや、背に腹は代えられない。

 たまに紫乃が僕の本棚から漫画やらを借りているのは知っている、というか、僕も貸しているし、母さんも、シーツの洗濯だとか、僕のいないうちに済ませてしまおうと思う傾向が強い。

 勝手に、故意に、僕の持ち物を盗み見ることはないと思うけれど、可能性はできる限りなくしたい。

 あー、でもわざわざ、このためにそんな箱を買ってくるのもな。


「……よし」


 僕は家の階段下の物置に眠っていたボール紙を切って、日陽先輩の分の作文で大きさの型をとり。


「一年……いや、仮に来年も続けるとして、高さ的には何枚だ?」


 学校に通うのは、一年でおよそ二百日といったところか。

 いや、そうじゃない。

 これは部活でやっているのだから、部活動日の分と考えればもっと多くなるはずだ。

 仮に毎日やるとして、一年で三百六十五枚。三年の三学期の分を、おそらくは日陽先輩も受験忙しくなるだろうし、冬休み、三学期分を考えないとすれば、九十日くらいは減らして、二百七十枚くらいか?

 実際には毎日というのは不可能だろうし、そうすると、大体、ライトノベルの単行本一冊分くらいの高さがあれば、余裕で一年分を賄える計算になる。

 つまり、来年のことを考えれば、ライトノベルの単行本にして、二冊分の高さがあれば大丈夫だということになるな。


「一年で、これだけの厚さ分しか単行本を出せないとなると、随分、遅筆ということになるのかな」


 まあ、商業誌の場合、問題視されるのは内容のほうなのだけれど。

 そりゃあ、もちろん、速筆で面白い内容を書く人が作家として優秀だというのは紛れもない事実だけれど、書いた作品が全てメディア化するくらいの面白さで年に一、二冊ほどしか出さない人と、全てがメディア化するわけではないとはいえ、商業誌として連載していて、年に何冊も(それが同じ連載でも、あるいは、違う連載、もしくは、読み切り形式の単行本だとしても)出版できる人、どちらが優秀なのかと聞かれても、一概に答えることはできないだろう。

 ある人は評価されるほうが優秀だと言い、ある人は速さこそが有能な人の条件であると言うだろう。

 どちらにせよ、面白ければそれでいいのだ。

 だって、それを読者は求めているのだから。


「こんなものだろうな」


 手先はそれなりに器用なので、保管箱は、ある程度、納得のゆくものができた気はする。

 

「そういえば、日陽先輩はまだ指先……」


 日陽先輩は綺麗に治ったと言ってくれたけれど、あの過失を忘れてはいけない。

 もしかしたらまだ指先には跡が残っていて、細かい作業は苦手としているかもしれない。

 それに、この作文は、もともと日陽先輩が言い出したことだし、すでに保管するための箱は用意してあるかもしれない。

 

「いや、でも、ボール紙は余っているし、準備していたなら、それはそれで、簡単に崩して捨てられるものだしな、うん」


 所詮はボール紙。可燃ごみだ。学園での処分も十分に可能だろう。

 

「そうだよ。こんなものは、ちょっとハサミを使えば、簡単に壊せてしまうものだから」


 誰に向かっての言い訳……いや、別に言い訳ではないけれど、とにかく、一人で呟いて、僕はもう一組、同じものを作成する。

 元々そんなに大層なものでもないし、直前に作った慣れもあったので、保管箱は十分もかからず、作り終えられた。

 本当は、ボール紙のまま学校に持って行って、部室で組み立てたほうが持ち運びによる崩壊を防げてよかったのかもしれないけれど、部室でわざわざこんなものを作っているところを日陽先輩に見られたくはないからな。

 さらりと、自分のを作った余りがあったので、くらいに流してくれるのがいい。

 もっとも、このときの僕はそれを考え付いたことに夢中になっていて、逆に、家でまで作成してくるなんて、なんて熱心なんだ、となる可能性を――結果、どちらも同じことだとしても――見落としていたわけだけれど。


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