七海春善の謎 31
奏先輩たちに、それから紫乃や縁子ちゃんに協力を要請したからとはいえ、僕たちだってなにもしないわけにはゆかない。波状攻撃で天岩戸を破壊する作戦なら、僕たちが先陣を切って行ってゆかなければならないからだ。
弥生先輩だって、そんなに、ずっとお菓子作りばかりをしてもいられないので、僕たちは文芸部員として、一階広間の机と椅子をお借りして、原稿用紙やノートを広げていた。
もちろん、日陽先輩に読んでもらうための小説の原稿を書くためだ。
普通に考えて、数日とか、数時間などという単位で小説を書き上げられるわけがないことは十分に承知している。普通のライトノベルの単行本一冊分の文字数を十二から十五万文字とするのであれば、一日を執筆に費やしたとしても、今までの僕たちが小説を書いてきたペースから考えるに、最低でも一週間、いや、登場人物のプロフィールやら、舞台設定、大まかな筋立て等を考慮するのであれば、二週間は見てもらいたいところである。
しかし、今回はそれでは間に合わない。二学期終業式、つまり、クリスマスイブまでには日陽先輩を引っ張り出して、学園まで登校できるようにしなければならないからだ。
そういうわけで、僕たちは、普段、一人一人別々に書いているところを、三人で頭を突き合わせ、一本の小説を書くべく、ノートに向き合っていた。
以前も感じたとおり、一本の小説を書くのに複数人で話や設定等を考え始めると、軸がぶれる恐れがある。それぞれ、書きたいことがあり、それが互いに反していることは多々ある、というより、普通そうなるからだ。
「なにを言っているの、秋月くん。そこはこの子の気持ちを優先したほうが後の展開的に有利になるじゃない」
「いや、一ノ瀬先輩。有利とか、不利とかではなく、この主人公ならこの場合、そういう行動は取らないはずだと言っているんですよ。話を作ることはしても、話を動かすのは登場人物に任せるべきです」
「……全員一緒に尊重して、共に歩む道を模索するということはできないのでしょうか?」
もちろん、三人で一緒に書くということは、困難を極めた。
読ませたい見せ場はそれぞれ異なり、そもそも、人称設定やらでも、好き嫌いがあるからだ。
「夏季休暇にやったリレー小説ではどうなっていましたっけ?」
この場に過去の小説までは持ってきていないことを悔やんだけれど、今から取りに戻ることも、送ってもらうこともできはしない。そもそも、あれを保管してあるのは僕たち文芸部の部室であり、弥生先輩のお宅ではないために、この場に文芸部員が勢揃いしている関係上、誰にも送ってもらうことなどできはしないのだから。
学園の先生たちも、今は試験休みの名のとおり、採点にかまけていて、それどころではないだろうし、手を煩わせるような真似はしたくない。
一ノ瀬先輩はノートから顔を上げられ、背もたれに体重を預けられて。
「難しいわね。やっぱり、三人でそれぞれ別の物語を書き上げたほうが良いのではないかしら。時間がかかるというけれど、今やっているような形式だと、三人で一本書き上げるほうが余程時間をかけることになっているわよ」
三人で一本を書くことができれば、時間自体は三分の一にまで短縮できる。
しかし、三人が協力し合って書くことができないのであれば、それは単純に三倍以上の時間がかかるということでもある。
「……テーマだけ決めて、それぞれ、別の作品を書き上げるというのはどうでしょうか」
「つまり、文化祭で販売した、同人誌のような形式にするというわけですね?」
僕が確認すれば、弥生先輩は頷かれた。
たしかに、そうすれば、三本も小説を読めてお得かもしれないし、書くためのハードルはぐんと下がる。
今回は印刷する必要も、製本する必要もなく、生原稿そのままを日陽先輩に渡すことができれば済むわけなので、諸々の作業に時間をとられる心配もない。
「それでは、テーマはどうしますか? やはり、日陽先輩に訴えるなら、テーマを持って臨んだほうが良いと思うのですが」
市販のライトノベルでも、アンソロジーみたいな形式のほかに、複数の作家さんが短めの物語を書いたものを持ち合わせて、一冊の文庫本を織りなすという形式をとっているものがある。
文化祭で僕たちが書いたときには、それぞれ、好きなように書いたけれど、今回はもうすこし縛りをつけるというか、そうしたほうが面白くなるのではないかと思う。
「……三人で書くテーマとして、最初に思い浮かべられるのは、友情努力勝利、でしょうか?」
しかし、そう発言された弥生先輩自身、あまり納得は言っていない様子だ。
大抵、どんな物語を書こうとしても、そのテーマは全部入ることになるだろうからな。
「親世代編、子世代編、次世代編、という風に書くこともできるわね。物語としても、前日譚、後日譚風に考えると面白いし」
「過去現在未来ということですね」
確認すれば、一ノ瀬先輩も頷かれる。
それはたしかに、良い案であるように思えた。
過去編や未来編、要するに前日譚、後日譚というのは、その小説のファンになったのなら、ぜひとも読みたいと思うシリーズではあるわけだし。
最低限の整合性さえ取れていれば、登場人物の行動なんかも、他の二人の書く物語に囚われる心配もしなくて済む。
しかし、なんだろう。すごく良い案であるはずなのに、どこか納得いっていないというか。
「秋月くんはなんだか完全には納得いっていないようね」
「……いえ。試み自体はかなり面白いと思うのですが」
いったい、僕はなにに引っかかっているのだろう。
時間は有限だというのに。
三人で書いた物語を日陽先輩に読んでもらって、出てきてもらうためにも……そうか。
「わかりましたよ。なにに引っかかっていたのか」
弥生先輩と一ノ瀬先輩の視線を受けながら。
「やはり、文芸部の作品ということなのですから、日陽先輩の介在する余地がないことに憤りを感じていたのだと思います。日陽先輩に出てきてもらうためには、やはり、自身もそこに加わりたいと思ってもらうことが必要だと思うんです」
だから、過去、現在、未来、そこにもうひとテーマ。
いや、べつに、ひとテーマにこだわる必要はないな。
「どうせなら、もっと壮大な物語にしてしまいましょう。続編、外伝、番外編、スピンオフ、次世代編、みたいな感じで、それぞれの登場人物がリンクするような物語を書くことができれば、かなり面白いと思うのですが」
それなら、日陽先輩自身に、欠けている、足りないと思う部分を感じてもらうことができると思うし、自分も加わりたいと思ってもらえるはずだ。
そう提案すると、弥生先輩は苦笑していたし、一ノ瀬先輩はあからさまに呆れたような表情を浮かべていた。
「秋月くん。あなたそれ、いったい、どれだけの時間をかけて書くつもり? 時間が無いと言ったのはあなたでしょう?」
「たしかに、そのとおりではあります。学園にも顔を出さなくてはいけませんし、年末の即売会も控えています。しかし、なにも、すべてのシリーズを書こうと言っているわけではありません。今はせめて、それぞれ、ひとシリーズづつでも書いて、日陽先輩に僕たちの言いたいことを届けられれば」
つまり、僕たちには日陽先輩が必要だということを。
「それに、物語は完成せず、冒頭から中盤くらいまででも構わないと思います。前編、後編に分けたうちの前半部分、つまり上巻に当たる部分だけとかのほうが、日陽先輩の読書欲もそそえると思いますし」
結局、僕たちには物語を書くしかないのだ。




