七海春善の謎 20
なにより、一応はニュースというか、テレビにも報道されているのだ。
つまり、ネットにも記事が上がっているということであり、それをまったく目にしないなど、普通に生きてきていたのなら、ありえないとも言えるレベルの話だ。
それとも、僕たちが普段からネタになりそうな事物を探すためにそういうことに敏感にアンテナを飛ばしているだけであり、普通の人はそこまでニュースサイトやらを閲覧したりはしないのだろうか。
テレビでの放映だって、知らなければ見ようがないことだし……いや、なにかひっかかるような。
ホテルの部屋に戻ってくると、すでに弥生先輩も目を覚まされていて、僕たちは朝食をとりながら、反省会というか、作戦会議のようなものを行っていた。
「もっと食い下がるべきだったということでしょうか?」
少なくとも、日陽先輩のスマホの位置情報があの周辺から届いているということは、間違いがない事実なのだから。
反応の出ている地図を拡大してゆけば、間違いなく、あの家と重なっていることはわかったはずだ。
「あちらが頑なな態度をとるというのなら、こちらも切り札を切るしかないわね。長期化させたくはないし」
一ノ瀬先輩の視線は弥生先輩を捉えている。
本当は、もっと穏便に済ませたかった。僕たちはただ、部活の先輩に会いに来たというだけなのだから。
しかし、僕たちは所詮高校生で、できることなど限られている。
「……こちらですね」
弥生先輩が取り出されたのは、清雅さんが認められた書状だ。
その界隈に詳しくない僕には、それがどの程度の効力を持つのかはわからない。しかし、清雅さんが弥生先輩、ひいては僕たちや日陽先輩のことを思って渡してくださったものだ。それの有用性を疑うことはないだろう。
「……ですが、私たち、顔を覚えられてしまっていると思いますけれど」
弥生先輩は不安そうな顔を見せられる。
「大丈夫ですよ。正式な書状があれば、相手も無下にはしないはずです。もちろん、藤堂先輩のお父上のご威光にも関わる問題ですけれど」
つまり、この書状が目に入らぬか、という、先の副将軍に倣ったようなことをするわけだ。
そのための助さん格さんの役割は、僭越ながら、僕が務めさせてもらおう。
「……秋月くん」
そう言ってみたところ、一ノ瀬先輩には呆れられてしまった。
「あなたねえ、どうしてそう、暴力の話になるのよ」
「なにも、すぐに手を出すと言っているわけではありません。弥生先輩の話を聞いていただけなかった場合に限って、どうにかこちらの話を聞いてもらうための手段のひとつとして、提案しているだけです」
僕だって、日陽先輩の身内ともいえるだろう方たちを、好き好んで、積極的に叩きのめそうと思っているわけではない。
それに、向こうだって――まあ、いるのかどうかは確定していないのだけれど――ガードマンとして採用されるくらいの人だ。簡単な相手ではないだろう。
「それに、保険というか、こちらにも奥の手はあるのですよという事実を弥生先輩に知っていてもらうことは、交渉の際に有利に働くと思うんです」
「なにを言っているの。そもそも、あなたの言う、そのこちらが手を出さざるを得ない状況というのが、すでにこちらの負けみたいな状況じゃない」
まあ、一応は話し合いという名目で訪れた使者が手を出すなど、最終手段もいいところだ。
和平の使者は武器を持たないとも言われるように、そんなことをすれば、話し合いの席を設けてもらえるどころではなくなることは確実だった。
「では、一ノ瀬先輩にはなにか妙案がおありですか?」
「妙案というか、藤堂先輩のお持ちの書状でどうにもならないときには、あらためて、清雅さんに救援を求めればいいことだと思うのだけれど。私たちは未成年でしかないのだし、大人に助けを求めるのは、なにも悪いことではないと思うわ」
以前の一ノ瀬先輩は、あまり、他人に頼ることを良しとはされていなかったように思う。
だから、この変化は喜ばしいことだと思うのだけれど。
「子供だけで解決できるのは、それこそ、小説やなんかの物語の中だけの話だと思うわ。現実には、大人に間に入ってもらったほうが、上手くゆくことは多いものよ」
まったくの正論だ。
そもそも、僕はそこまで、なんでも自分たちだけで解決できるなんて思いあがってはいないつもりだったけれど。
「ですが、清雅さんもお忙しいのでは? 教師ですら忙しいと言われるこの時期ですし、年末の総決算とでも呼ぶべきでしょうか、わざわざこちらまで出向いていただけるほどの暇があるかどうか。それなら、最初から同行を申し出られたとは思いませんか?」
清雅さんに、僕たちがなにをしようとしていたのか、わからなかったはずがない。
こちらには弥生先輩もいたのだ。獅子は我が子を千尋の谷に落とすというけれど、これは、それとは違う種類の困難だろう。
「……たしかに、お父様はいつもお帰りは遅いですけれど、この時期には特にそのような傾向があると思います」
弥生先輩のおっしゃるように、だからこそ、書状という形をとられたのだろう。
ひとつの家族を相手にするということが、どれほど大変なことなのか、それも相手に力があるのならなおさら、その重さを清雅さんが理解されていないはずがなかった。
「後でたくさん怒られましょう。日陽先輩の本意を確認できたのなら、いくらでも頭を下げられます」
「あなたは良いかもしれないけれど、藤堂先輩は受験も控えていらっしゃるのよ? ここで問題を起こして、台無しになったらどう責任をとれるつもりなの?」
言葉に詰まった。
たしかに文芸部としては、日陽先輩に帰ってきていただければ万々歳だけれど、その過程で外の部員に迷惑が及んでいたのでは意味がないし、日陽先輩も素直に戻ってきてくださったりはしないだろう。同情のように戻ってきてもらっても意味はない。
「秋月くん。私たちは文芸部なのよ。討論部ではないけれど、言葉で相手の心を動かせるように注力するべきではないかしら」
「……そうは言われてもですね」
一ノ瀬先輩だってさっきのやり取りの場には、当事者といっても過言ではなく、参加されていたのだから、向こうの態度はわかっているはずだ。
取り付く島もない感じだった。
あれをどうこうできるとは思えない。
「言っておくけれど、私が否定しているのは、秋月くんが相手を暴力的な手段で屈服させるという部分に関してだけよ。藤堂先輩のお父上の書状を利用させてもらうこと自体には反対しているつもりはないわ」
「はあ」
それでどうにもならなかったらの話をしていたのでは?
そう言うと、一ノ瀬先輩には明らかに呆れられてしまった。
「そのあたりの交渉は私に任せてもらえるかしら。海原さんがあのお屋敷にいるのだとすれば、必ず、その前まで連れてゆくから」
自信に満ちているというか、不可能だとは微塵にも思っていない声だった。
特段、なにかすごい力が込められているなどということはなかったのだけれど、どうにも相手に信じ込ませてしまうようなというか。
生徒会長を一年以上やっていると、そういう技能が身につくものなのだろうか。
「頼もしいです」
「べつに、あなたのためにやるんじゃないわよ。私だって今は文芸部の一員なのだから、部長が不在という状況と、部員が規定人数に達していないという状況に憤りを感じているだけよ」
一ノ瀬先輩に任せておけば、きっと大丈夫なのだろう。
もちろん任せきりにするつもりはないけれど。
「それで、具体的にはどのような論法でもって相手を説得するおつもりなんですか?」
大まかな話の流れだけでも知っておかなければならないだろう。こちらまで驚いていたのでは説得力に欠ける。




