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七海春善の謎 14

 僕たちは、これも近くにあったコンビニで夕食を買い込みつつ、弥生先輩の勧められるままに、しばらく歩いたところにあったビジネスホテルに足を踏み入れる。

 旅行は、したことが無いわけではないけれど、祖父母の実家に泊まることが多かったからな。

 当然、自分でチェックインなどしたことはない。

 これもまた、未知の経験ということで、小説書くためのなんらかの足しになるのだろうか。

 幸いというか、残念なことにというべきか、チェックインなどの作業はすべて弥生先輩が済ませてくださった。

 体調の関係から、おそらくはほとんど遠出の経験などないだろうに、実に様になっている姿で。


「……私の顔になにかついていますか?」


 諸々の手続きを終え戻られた弥生先輩に、つい、見惚れてしまい、不思議がられた。

 いや、弥生先輩はいつだって綺麗な――美少女でいらっしゃるのだけれど、頼りになる先輩というか、なんというか。


「いえ。ただ、格好いいなあと惚れ惚れしていました」


 僕は正直に感想を口にしたところ。


「……褒めてもなにも出ませんよ」


 ほんのりと頬を染められた弥生先輩が微笑まれて、丁度、部屋の鍵を持って出ていらしたフロントの方について、僕たちはエレベーターに向かった。

 

「……三人部屋というのもあるそうで、シャワー等もついているそうです」


 失礼いたします、とフロントの方が出てゆかれて、まず僕がしたことといえば、部屋の内装等のチェックである。 

 シャワー室と手洗いはカーテン一枚挟んだだけの同じ個室になっていて、その部屋の正面にはクローゼット、そして、ベッドが三台と、テーブルと椅子(こちらも一台と三脚)の並んだ部屋には、大きなテレビが備え付けられていて、奥の壁一面を覆うほどの窓からは、明るい街並みが一望できた。

 とりあえず資料用に写真に撮っておこうかな。いや、ネットでもいくらでも見られるだろうし、必要ないか。

 荷物を降ろし、ベッドに横になると、つい、瞼が落ちてきそうになる。体力的には問題ないだろうけれど、普段はしない、長距離の移動だったせいだろうか。数駅分を長距離といっていいのかどうかは疑問だけれど。


「秋月くん。横になる前にやるべきことがあるでしょう」


 同じく荷物を降ろされた一ノ瀬先輩に呼ばれ。


「……そうですね。シャワーの順番も決めたほうが良いでしょうし、夕食と着替えも済ませたいです」


「藤堂先輩。それも確かに重要ですけど、そうではなくてですね」


「トランプなら持ってきましたよ。それとも、リレー小説のほうが良いですかね」


 僕もバッグからトランプのケースと原稿用紙、筆記用具を取り出す。

 なんというか、こういうところに来ると無駄にテンションが上がるのは仕方ないことだと思う。

 

「あなたたち、状況は理解しているのかしら。無限にここに居られるわけではないのよ」


 一ノ瀬先輩にツッコミ役を任せきりにしてしまう訳にもゆかないので、僕たちも真面目に椅子に腰かける。

 正直、修学旅行気分というか、楽しんでいる気持ちのほうが強いけれど、目的は忘れていない。

 たとえ、弥生先輩や一ノ瀬先輩の風呂上がりの姿をこれから見られるだろうとしても。


「秋月くん。聞いているかしら」


「はい、聞いています。明日以降の海原家へのアプローチをどうするかということですよね」


 本気で怒られそうだったので、僕は頭に浮かんだ映像を、惜しいとは思いつつ、かき消す。どうせ想像だし。

 

「ええ。さっきはあんな形で断られてしまったわけだけれど、このまま済ませるつもりはないわよね?」


 一ノ瀬先輩の確認に、僕と弥生先輩は揃って頷く。

 ただ言われた程度で諦めるというのであれば、そもそも、ここまで日陽先輩を訪ねてきたりはしない。


「けれど、同じように訪ねたのでは、さっきの二の舞になるだろうことはわかりきっているわ」


 無策で挑んでいたのでは勝算は薄い、いや、むしろ無いと言っても過言ではないだろう。そのくらいの拒絶を感じた。

 

「……一番良いのは、海原さんにご自分から出てきていただくことですよね」


 弥生先輩の言うように、日陽先輩が自身で出てきてくれるというのであれば、僕たちはそれを受け入れるだけでいい。

 それでももし、向こうが引き留めるようなら、監禁とか、ネグレクトというんだっけ? そんな感じで公的機関に助けを求めることができるだろうし。

 ただし、問題は。


「その日陽先輩が通話にすら出てくれないことですよね」


 先程から、僕たちは三人で代わる代わる、それぞれ一度づつ、日陽先輩のスマホに連絡を入れてみた。

 しかし、そのどれもが、電源が入っていないか電波の届かないところにいるかという、お決まりの機械音声に阻まれて、日陽先輩には届かなかった。もちろん、メールやトークアプリも同様に、未読のままになっている。

 本人に出る気が無いのか、それとも、スマホを手にできない状況にあるのか。

 

「やっぱり、正攻法で、真正面から挑むしかないわよね。藤堂先輩、御父上から預かった報告書はお持ちですよね」


「……はい。こちらですよね」


 弥生先輩がバッグから取り出されたのは、清雅さんによって調べられていた、日陽先輩のプロフィールというか、まあ、ようするに、海原家の住所等の書かれた用紙だった。

 先程の、初対面ですらない、声だけの相手と、面識も付き合いもそれなりに長くなってきていて、今までも十分過ぎるほどにお世話になっている清雅さんの、どちらを信じるかなど、比べるまでもないことだ。

 

「しかし、それでどうにかなりそうなんですか?」


 正面から向かった結果が、さっきのやり取りだったのではないだろうか。

 あれ以上の言葉を、相手方に受け取る意思があったのかどうか。


「まあ、正直、勝ち目は薄いわよね。いないことを証明しろというのは悪魔の証明にも似ているから論として立てられないことはないでしょうけれど、向こうにこちらを真面目に取り合う気が無いのでは、そもそも議論が成り立たないのよね」


 一ノ瀬先輩は椅子に深く腰掛け直され、備え付けのポットで沸かしたお湯を、これも備え付けのティーパックを入れたカップに注いで淹れた紅茶を一口、口に運ばれて。


「児童相談所や警察を頼るという手もあるけれど、そもそも、そこまでの事件性はまだ確認できていないわけで、やっぱり、難しいでしょうね」


 現状、日陽先輩の居場所の手掛かりとしてあるのは、スマホのGPSだけだからな。確たる証拠としては、薄いと言わざるを得ない。

 なにしろ、あそこにいると思われる日陽先輩の姿を、この目で直接見たわけではないのだから。

 スマホだけを置き去りに、違うところへ出かけている、旅に出ていると言われても、否定できる材料はない。あったとしても、それは、僕たちが受けた感覚という、ひどく曖昧なものだけだ。


「やはり、こういうときの定番といえば――」


「まさかとは思うけれど、秋月くん。忍び込むなんて言わないわよね」


「――忍び込んで……一ノ瀬先輩、いつからそんな超能力じみたものを?」


 呆れられたかのように一ノ瀬先輩は弥生先輩へ顔を向けられ。


「藤堂先輩は、なにか考えなどありますか?」


 弥生先輩は少し考えられてから。


「……海原さんの家の方も、完全にあのお屋敷に引き籠っているというわけではないですよね?」


「それは、まあ、多分、人間でしょうからね」

 

 日陽先輩は吸血鬼らしいから、血でも飲んでいれば存在できているかもしれないけれど、まあ、大抵の人間は食料が必要だろうからな。

 いや、生協にデスクワークだと、一歩も外出せずに生活が可能か? とはいえ、それはかなり薄い線だし、無視して構わないだろう。

 もちろん、日陽先輩のご家族が揃って吸血鬼などと言われると困るけれど。

 

「秋月くん。今は冗談はいいから」


 冗談、まあ、たしかに冗談ではあるけれど、これは日陽先輩が自分で言っていたことだからな。もしかしたら、なんらかのヒントになるかもしれないし。

 

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