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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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生徒会選挙期間と一ノ瀬家の問題 17

 諦めともとれるような台詞だったけれど、とりあえず、言質は取った。こう言うと悪役っぽく聞こえてしまうかもしれないけれど。

 

「それで、あなたたちは具体的になにをするつもりでここまで来たの? あの人――父がいつまで干渉してくるつもりかわからないけれど、まさか、自然に諦めるまでずっとなんて言うつもり?」


 それはさすがに不可能、だろう。

 もしかしたら浩一郎氏は、見つけたことをこれ幸いにと、一ノ瀬先輩たちがここを離れるようになるまで、ずっと付き纏い続けるかもしれないのだから。 

 まあ、さすがにそこまでくればストーカーだと通報――。


「あの、素直に警察に相談されるのではいけないんですか?」


 家族に付き纏っているとはいえ、離婚の意思があり、迷惑に感じているのであれば、十分、法的機関に訴え得る条件は揃っているとも思えるけれど。

 

「こんなことを聞くのも失礼とは思うのですが」


「いまさらどれだけ重ねても同じよ」


 僕も躊躇するつもりはなかったけれど、舞さんに、まあ、ある意味では背中を押され。


「一ノ瀬……佳代さんのほうには離婚する意思はあるのでしょうか? それとは逆に復縁したいとお考えとか」


 一緒にはいられないと、出奔したというのはわかる。

 しかし、いまだに離婚調停が成っていないということは、まだ、気持ちが残っているということなのかもしれない。

 だとすると、僕たちが、まあ、あくまでも最終手段にはなるだろうけれど、暴力に任せて草壁浩一郎氏をこの二人の周囲から排除してしまった場合、関係は修復不能なところまで進んでしまうのではないだろうか。

 いくら、ストーカーで困っていると言われようとも、そこまでの責任は持てない。


「……私は、あの人がそう望んでくれるのなら」


「お母さん、なに言ってるの?」


 佳代さんが結論を口にされる前に、一ノ瀬先輩が割って入られる。

 

「莉緒。あの人との関係はあなたにだって――」


「私とあの人とどう関係があるっていうのよ。たしかに、父親なのかもしれないけれど、それは血が繋がっているというだけで、今までまったくなんの音沙汰もなかった、お母さんに迷惑しかかけていないあの男を、いまさら信じることなんてできるはずないじゃない」


 子は鎹、というけれど、一ノ瀬先輩の場合はその反対をいっている感じだ。

 物心ついたころには、身近に父親がおらず、佳代さんのしてきた苦労を一番近くで見続けてきているからこそ、なのかもしれない。


「でもね、莉緒――」


 佳代さんの言葉を遮るように、一ノ瀬先輩が机を叩く。


「お母さんには感謝してる。私がここまで育ってこられたのも、全部お母さんのおかげだし、そのお母さんの負担が軽くなるというのなら、関係の修復にも協力してもいい。だけど、お母さんが今思っていることは、そういう理由ではないでしょう。それはただ、以前のあの人の面影に囚われているだけだわ」


 一気にそこまで言い切った一ノ瀬先輩は。


「……言い過ぎたわ。すこし、頭を冷やしてくる」


 そう言って立ち上がられて部屋を出てゆかれ、すぐに、鈍い階段の音が聞こえてくる。


「空楽。なに呆気に取られているのよ。早く追いかけなさい」


「えっ? あっ、はい」


 正直、追い詰められている女性を説得する言葉なんて、持ち合わせていないのだけれど。

 もちろん、多少であれば励ますような言葉もかけられるけれど、今回の一ノ瀬先輩の場合は、もう、スケールから違うというか。

 個々人の問題は、その人たちひとりひとりにとっては、それこそがもっとも大きな問題なのだろうけれど、第三者的に話を聞いた場合、僕一人が励ませる域を超えているような。


「……それなら、私たちも一緒に行きます」


「弥生先輩」


 弥生先輩は僕と目が合うと小さく微笑んで。


「きっと、空楽さん一人でも一ノ瀬さんを励ます言葉をかけることはできると思います。けれど……私も心配ですから」


 それから、日陽先輩にも手を差し伸べる。


「海原さん。一緒に参りましょう」


 それは、何気のない言葉だった。

 ごく自然に、特別な感情はなく、さも、散歩にでも行きましょうか、というのと同じような感じだった。

 しかし、その弥生先輩の雰囲気に、舞さんは口を挟まれなかった。

 挟む必要を感じなかったのか、それとも、挟めなかったのか。どちらとも思えるほど、この時の弥生先輩には雰囲気があった。


「あっ」


 決して無理やりという感じではなく、流れのままに日陽先輩の手を取った弥生先輩は、そのまま僕にも反対の手を差し出され。


「行きましょうか」


 僕もつい、その手を取ってしまい、弥生先輩は大人二人に綺麗なお辞儀を見せられた後。


「一ノ瀬さんはどちらに行かれたのでしょうか?」


 アパートの外に出て、周囲を見回し。

 探すまでもなかった。一ノ瀬先輩は、アパートの部屋に昇る階段の下のところで腰を下ろしながら、中空を見つめていた。

 僕たちがなにをしにここまで出てきたのかは、尋ねられたりしなかった。

 弥生先輩は黙ったまま一ノ瀬先輩の隣に腰を下ろされたので、僕も日陽先輩と一緒に――下に降りられなかったため――数段上に腰かけた。


「……父親の必要性について講釈にでも来たのかしら」


 視線を動かさないまま、ひとりごとのように一ノ瀬先輩が呟かれる。


「……いいえ。そのようなつもりではありません。ただ、一ノ瀬さんもすこし寂しく感じているのではないかと思いまして」


 弥生先輩がそう言うと、一ノ瀬先輩はちらりとだけ弥生先輩のほうへと視線を動かしたようだった。僕に見えているのは、弥生先輩の横顔と一ノ瀬先輩の後姿だけだから、断定はできないけれど。

 

「寂しさなんて感じたことはなかったわね。物心ついたころ……は過ぎていたけれど、父親からは愛情というものを感じたことが無かったから。ある種の感情は持っていたようだったけれど、私のほうは本当に、寂しさは感じなかったのよ」


「その、草壁さんは、家庭では、えっと……」


 直接的な表現を口にすることは憚られたのだけれど、一ノ瀬先輩は機敏に読み取られて。


「私には、最終的な暴力が及ぶことはなかったわ。お母さんは……私の目の前ではなかったけれど、確証はないわね」


 子供の目の前を避けるくらいの良識は持っているということなのだろうか。

 とはいえ、目に見える、拳を振るうことだけが暴力ではないし、精神的に縛り付けているのは、あまり変わりはないのでは、とも思う。

 

「私も、バイトなんて抵抗をしてみたりしているけれど、所詮はまだ子供で、お母さんの庇護下にいることには間違いないわ。そのお母さんが望むのなら、あの人の元に戻るということも検討……許容しなくてはならないのかもしれないわね」


 諦観しているようで、わざわざ口に出されたということは、僕たちに、そんなことはないですよ、と否定してほしいのかもしれない。

 

「でも、ただ戻るだけというのは、お母さんの子供として反対したいけれどね。だって、そうでしょう? 他所にも家庭を作って、今までお母さんのことを追いかけ――必死になって追いかけていたわけでもないような、ほとんど他人同然の相手を、無条件に認めろなんて、そんなことできそうにもないわ」


 それに、佳代さんが逃げ出さなくてはならなくなった理由の件もある。

 このままただ戻るだけでは、またいつ、同じことが起こらないとも限らないわけで、一時的なものなら無意味、どころか、さらに状況を悪化させるだけ、という結果にもなりかねないだろうから。


「そうね。せめて、私がきちんとお金を稼いで、あの人に頼らずとも、母と二人だけで、十分に暮らせていけるようになるまでは」


 対等の立ち位置で向き合う必要があると、大人の圧力に敗けないだけの力を手に入れる必要がるということだろうか。

 

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