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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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生徒会選挙期間と一ノ瀬家の問題 14

 佳代さんに案内されて着いたのは、一軒の年季の入った感じのアパートだった。階段はところどころ錆びていたし、二階建てで、近くには駐車場とコンビニが一軒あるくらい。まあ、駅からの距離はそれなりに近かったけれど、失礼かもしれないけれど、まさに安アパートといった感じの建物だった。

 僕たちがその部屋に到着した際、予想どおりというか、まだ一ノ瀬先輩は御帰宅されていなかった。

 いろいろ追及されずラッキーだったと捉えるべきか、それとも、内緒にして行動しているようで後ろめたさを感じるか、微妙なところだったけれど、一応、ここには家主だろう佳代さんがいらして、その佳代さんの許可をもらって自宅に入れさせてもらっているのだから、そこまで気にする必要もないだろうと、自分を誤魔化す……いや、納得させる。


「私はその浩一郎? って人の顔を見ていないのだけれど、写真とかって残っていたりするのかしら?」


 浩一郎氏と直接顔を合わせたことがあるのは僕たちだけで、新たに頼んだ舞さんは顔をご存知ではない。

 とはいえ、舞さんに頼んだのは僕たちだけでは入ることのできない店への付き添いを頼むためであり、これ以上は僕たちの都合に付き合わせるのも忍びないと思っていたのだけれど。

 と、そんな感じのことをやんわりと、婉曲に伝えてみたところ。


「そうよね。所詮、空楽にとって私は都合のいい女ってことよね」


 舞さんはそんなことを言い出した。


「ちょっと、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ!」


「でも、事実でしょう? 足として使われ、大人として利用され、用事が済んだら、邪魔者みたいにとっとと居場所を追い出されて……悲しいわ、うちの道場では健全な精神は育てられなかったということなのね……」


 さらには、嘘泣きまで始める始末。


「空楽くん……」


「……空楽さん」


 文芸部の女子二人も、僕と舞さんを見比べて、非難めいたというか、舞さんに同情しているような表情を浮かべているし。

 なにせ、この空間には、佳代さんを含め、女四人に男が一人だけという、圧倒的アウェーである。

 加えて、日頃本当にお世話になっている日陽先輩と弥生先輩には、頭の上がり辛い僕としては。


「ああ、もう、わかりましたよ。そこまで言うのなら、ぜひ、最後まで付き合ってくださいね」


「ええー。付き合ってほしかったら、もうちょっと頼み方というか、お願いの仕方があるんじゃないかしら」


 舞さんはそんなことを言いつつ、面白がっている表情を隠そうともしない。やはり、さきほどのものは、嘘泣きだったようだ。

 いや、べつに、頭を下げるくらいはなんでもないと思っていますよ? 無くなったりするものでもないし、実際、舞さんには感謝もしているし。

 しかし、なんというべきか、まあ、僕なんかが心配するのはおこがましいかもしれなかったけれど、心配した結果がこれというのは、なんとなく、世の理不尽を感じないでもない。


「世の中は理不尽でできているのよ、空楽」


 いや、理不尽というのは理にかなっていないことを言うのもで、自然にあるままなのが元のこの世の理なのだとすれば、それはあり得ない、むしろ、そうであるなら、それを理不尽とは呼ばないのでは? などと、文芸部っぽく反論しようと思ったけれど、あまり意味があることには思えなかったのでやめた。

 実際、舞さんに助けられている部分は、今回に限っては大きいし。


「これは、拝見しても構いませんか?」


 ひととおりの茶番に満足したらしい舞さんは、部屋を歩き回り、タンスの上に伏せられていた写真立てを手に取った。

 

「……ええ、どうぞ」


 佳代さんの許可をいただき、なにが映っているのかの予想はついたけれど、とりあえず、確認の意味も込めて、僕たちも舞さんの後ろから覗き込む。

 予想どおりというか、そこには、佳代さんと浩一郎氏の写真が飾られていた。


「……莉緒さんは映っていないんですね」


 日陽先輩が言うとおり、そこに映っていたのはふたりきりで。

 写真といっても、二人で、レストランかどこかで食事のついでに撮っているような写真だった。こちらに伸ばされた手が消えていることから、撮影者は浩一郎氏ということなのだろう。残念ながら、撮影日まではわからなかったけれど、写真の中の二人の容姿からして、おそらく十年以上は前なのでは、と思える。

 

「ええ。そのとき、まだ莉緒は生まれていませんでしたから」


 でき婚だと聞いているけれど、付き合っていた期間もあったということなのだろうか。 

 それとも、そのころがまさに、一ノ瀬先輩が生まれたころだとか?

 まあ、さすがにそこまで突っ込むのは下世話が過ぎるから尋ねることはできないけれど。


「……私はそのとき、高校を卒業しようとしていたところで、ですが、家庭の都合もあり、就職するべく、都会に出てきていたところだったんです。ですが、なかなか就職先が決まらず、仕送りを頼むのも心苦しくなっていたころ、あの人にお会いして」


 聞けば、浩一郎氏の実家はかなりの――俗っぽい言い方をすれば――金持ちで、佳代さんを一人養うのになにも支障はなかったということらしい。


「あの人――浩一郎さんは、女性は家庭に入っているべきだという考えをお持ちの方で、それ以降、私は就職先を探すことは必要なくなりました」


 それでも、莉緒さんが生まれて数年は幸せな形を保てていたという。

 

「それでも、私には私にできる役割があるのだとはっきり意思がありましたし、あの人に依存しているつもりはなかったんです。でも、莉緒にはそうは見えていなかったようでした」


 子供だてらに、ずっと家にいる母親に、それから父親と母親の様子を見て、そう感じてしまったということなのだろう。ときに、子供というのは、大人よりずっと敏感だから。

 なんとなく、話が核心というか、触れてはならないところに及ぼうとしているのを感じ取って。


「あの、それは、僕たちが聞いてしまって構わない話なのでしょうか?」


 一応、僕たちは草壁浩一郎氏のことで注意喚起というか、知らせに来ただけだ。一ノ瀬家の……家庭の問題に無遠慮に首を突っ込むつもりはなかった。というより、その話を聞くのであれば、この場には一ノ瀬先輩も一緒に居るべきなのではと思っていた。

 自分の知らないところで、自分の過去、あるいは家庭の話を勝手に話されたとなれば、たとえ母親であっても、ぎくしゃくとするだろうと思えたから。


「ただいま」


 まさに、そのタイミングで、入り口のほうから声がかけられる。


「お母さん、今日は早かったのね。ところで、誰か――」


 そういえば、靴は出しっぱなしだったな、などと思う暇もなく、制服姿の一ノ瀬先輩が僕たちの前に姿を見せる。

 

「お邪魔してます」


 どうしたものかとフリーズしかけた僕とは逆に、日陽先輩は特に気にした様子のない態度で、一ノ瀬先輩に声をかける。


「……どうしてあなたたちがここに。それに、そちらの方は……お母さん?」


 一ノ瀬先輩の瞳がすっと細められ、親子で関係が気まずくなる前に、日陽先輩が間に入る。


「私たちが無理を言ってお邪魔させて貰ったの。この前の、草壁浩一郎氏のこともきちんと説明しておかなくてはならないだろうと思ったから」


 その名前を聞いたところで、一ノ瀬先輩の眉間に皺が寄せられ、自分を落ち着かせるように、一ノ瀬先輩は胸に手を置き、大きく息を吐き出した。


「……あなたたち文芸部の方針はわかっているし、一定の理解はしているつもりだけれど、ここまで来るというのは、さすがに度を越えているのではないかしら?」


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