生徒会選挙期間と一ノ瀬家の問題
翌日、極浦学園では生徒会選挙の告示がされた。
立候補者は二名。現二年生の一ノ瀬莉緒先輩と、同じく現二年生の栗栖秀明先輩。役員は生徒会長による任命式なので、この二人による選挙になる。
「まあ、どっちが勝つかなんてわかりきっているわよね。これじゃあお話しにならなくてつまらないわ」
放課後の文芸部の部室で、弥生先輩の焼いてきてくださったクッキーをか齧りながら、日陽先輩は肩を竦めた。
「そうなんですか……?」
隣に腰かける弥生先輩は疑問を浮かべていたけれど、僕も日陽先輩と同意見だった。
選挙なんて、所詮、人気投票だからな。高校の生徒会選挙なんてなおさら。
誰も公約なんて読んでいないだろうし、そもそも、誰が当選してもそこまで自分たちの学校生活が変わるものでもないと思っている。
漫画やライトノベルのように、巨大な権力を有する生徒会などというものが実在していれば話は違うのかもしれないけれど、すくなくとも、極浦学園生徒会はそうではないからな。
栗栖先輩? という人がどのような相手なのかはわからないけれど、その時点ですでに、一ノ瀬先輩に有利なようなものだ。
選挙において、皆によく顔が知られている、というのはアドバンテージだろうし、去年から一年間生徒会長をこなしていた――しかも一年生、二年生であるにもかかわらずだ――一ノ瀬先輩の知名度には及ぶべくもないだろう。
大学入試の推薦云々の話があるのであれば、当人たち的には重大事項であるのかもしれないけれど、その必死さは如何せん一般生徒の僕たちには届いていない。つまり、そこまで必死なわけでもないということなのだろう。
「まあ、おそらくは一ノ瀬先輩が勝つでしょうね」
一応、投票前には選挙演説という催しが予定されている。
その後、教室で投票用紙に丸を付けるか、立候補者の名前を書くことになるのだろうけれど、おそらくは、演説の内容が余程奇抜だとか、秀逸すぎるとか、そういうことでもない限り、純粋に人気投票になることだろう。
そして、一般生徒目線で、一ノ瀬先輩と栗栖先輩、どちらのほうが印象に残るだろうかと言われれば、圧倒的に一ノ瀬先輩のほうだろう。
腰のあたりまで長く伸びた黒髪、切れ長の瞳、身長も女性にしては高いほうだろう。
要するに、見た目は十分以上に美少女で、成績も、運動神経も良い。昨年度務めたという――内情は知らずとも――実績もある。
現実の選挙のように、得票率が三割を切るとか、そういうこともなさそうだし、体育祭や文化祭のように取り立ててお祭りと騒ぐようなことでもないのだろう。
実際、今朝も昇降口付近で、演説というか、よろしくお願いしますと挨拶をしていたけれど、ほとんどの生徒は素通りしていたし。
「ですが、対立候補がいると、一ノ瀬先輩――いえ、生徒会長になられたほうも、副会長の選出とお願いは楽そうですよね」
それほどやる気のある生徒なら、副会長に任命してしまえばいい。
あてつけ以外に断る理由もなさそうだし。
「実際、生徒会長をこなすメリットって、あるんですか? いや、推薦が有利になるとは聞きましたけれど、一ノ瀬先輩は昨年こなされているのですから、その資格はすでに有しているんですよね?」
もちろん、本人が生徒会長をやりたいという理由があるのかもしれないけれど。
「……一期務めるより、二期務めたほうが印象は強くなるのではないでしょうか?」
生徒会ものの小説を書こうと思うのなら、このあたりの設定はきちんとしておいたほうが良いかもしれない。
大抵、生徒会長であるところから始まって、生徒会長選挙を戦うことになるのだろうから、そのためには理由が必要だろう。
もちろん、主人公本人を目立ちたがりだとか、不信任案に対して決戦する、みたいな設定にしてもいいわけだけれど、現実には、前者は別にしても、後者はほとんど起こり得ないからな。そこまで興味を持っている生徒もいないというのが実際だろう。
「それより、個人的にはどちらが生徒会長になったほうが文芸部が存続しやすいのかというほうが、重要な気はしますけれどね」
一応、部活の存続というか、部費の件なんかは、生徒会が担当しているのだろう。
今のところ、一ノ瀬先輩は文芸部の活動を、一応、認めてくれているみたいだけれど、仮に、栗栖先輩がそういう例外は認めないという頑固な(そちらのほうがまともなのかもしれないけれど)方だった場合、文芸部の存続機器といえるかもしれない。少なくとも、来年の入部期間に、二人以上、新入部員を獲得できなければ。
「それはたしかに問題だわ。部費でお茶やお菓子の買い出しができなくなるじゃない」
たしかに、部活として認められなければ、当然、部費なんてものは出ない。
「いやいや、なに言ってるんですか。今だって、部費では食料の買い出しなんてしていませんよね……していませんよね?」
貰っている部費は、一応、文芸部として購入しているライトノベルだとか、一般小説の代金となっているはずだ。
「……もちろんよ」
「間を開けないでください、怖いですよ」
もっとも、今は弥生先輩がお菓子やお茶を差し入れしてくださるから、その点は問題はないだろうけれど、来年度以降は弥生先輩は卒業されているし。
というか、そもそも、放課後で、部活であろうとも、それでお茶やお菓子はどうなの? と思わないでもない……いまさらか。
「あら、空楽くんは茶道部を否定するつもり? それに、創作では部活動時間にお茶やお菓子を食べているのは、よくあることじゃない」
「それはそうですけれど……」
日陽先輩は堂々と言い切るけれど、なんとなく、釈然としないというか。
「そもそも、学校は勉強する場よね。つまり、勉強――成績さえとっていれば、問題ないはずじゃない」
「それは大分危険な思想では?」
犯罪でなければなにをしてもいい、というのと似たような気配を感じる。
「それに、そういう日陽先輩はきちんと成績はとっているんですか?」
一ノ瀬先輩は、学年トップで特待生だということだけれど。
定期試験の勉強をするとき、日陽先輩は僕と同じような感じで、文系科目以外はてんでだめだったと思ったけれど。
「そういえば、今月の新刊の中に、タイトルに生徒会って言葉が含まれているライトノベルがあったわよね」
あからさまに話を逸らされた。
「……空楽さんも今度は生徒会が舞台の小説を書こうとおっしゃっていませんでしたか?」
「それもありきたりな気がするんですよね」
生徒会をメインに小説を書こうと思ったら、まあ、おそらくは生徒が持ち込んだ悩みだとか、巨大学園ということにして、学校運営に関する諸問題を解決する話にするのが一番書きやすいかと思うのだけれど、だからこそ、ありふれていると思うんだよね。
いや、ありふれているというのは、決して悪い意味ではなく、いい意味で――たとえば、異世界転生ものとか――型にはまっている、鉄板ネタということでもあるとは思うのだけれど、バランスを間違えると、二番煎じ、パクリになってしまうからな。
まあ、それはどのジャンルにも言えることだけれど。
「それに、なんだか、そういう、ある種身近と言いますか、いえ、もちろん、僕自身が生徒会を経験したことがあるわけではありませんから、無知なことは無知なんですけれど、それなら、どうせなら、ファンタジーを舞台にしたいんですよね」
身近なことをテーマにすると、それはつまり、読者にとっても同じなわけで、誤魔化しがきかないということでもある。
実力試しには良いのかもしれないけれど……。
「空楽くんの性癖は小さなお姫様だったものね」