出会い 2
◇ ◇ ◇
「……空楽、おまえ、今なんて?」
「だから、僕はライトノベル作家になるよ、って言ったんだよ、連司」
夏季休暇を開けて、学校では進路希望調査が本格的に始まった。
用紙が配られて、それぞれ、第一から第三くらいまでの希望する高校を書くようにと。
「正確には、ライトノベル作家になるために、文芸部のある高校を受験する。調べたところ、極浦学園なら、近くて時間も節約できそうだし、それに、どうやら文芸部っていうのがあるみたいなんだ」
文芸部というのは、読んだ字のごとく、文による芸術、つまり小説についてを扱う部活だ。
一応、学校見学にも行っては見たのだけれど、そのときにそういうものがあるのだと教えてもらった。
「あれから、実は夏休み中に一本小説を書いて賞に応募したりもしたんだよね」
十万文字程度が条件だったから、一作しか書き終わらなかったけど。
発表は年末くらいになるらしい。
まあ、初めての応募だし、引っかかるなんて思っていないけれど。
いや、まったく、これっぽちも期待していないということもない。本当は、自分の中でできる最高のものを書いたんだから、少しくらいはいけるんじゃないか、とも、愚かにも思ったりもしている。夢を見るくらいは自由だし。
「まじかよ。行動力っていうか、思い立ったが吉日っていうのか、とにかく、すげえやつだな、空楽、おまえ」
きっかけは、あのときに手にした一冊だったのだけれど、今はそれだけではなくて。
あのライトノベルの作者さんのシリーズは片っ端から読みふけったのだけれど、最新刊――つまり、刊行日が一番新しい巻という意味だけれど、そのあとがきで、作者さんがこれが最後かも、なんて話をしているのを見つけてしまったんだよね。直接ではなかったけれど、匂わせられていたというか。
ともかく、それで、居ても立っても居られなくなったというか。
「それで、原稿のコピーもあるから、これから館先生のところにもいって、見て貰おうと思うんだ」
館先生はうちの中学の国語教師だ。
授業には既定の教科書をほとんど使わず、先生が読むべきと考えた作品をプリントして渡してきて、そこからさまざまな課題を出すことで、生徒間では、有名だ。
あるときは劇だったり、またあるときは作者の物語を書かせたり、別のときには、というより、一年を通して十三冊ほどの文学作品をリストの中から選んでその感想文を提出する決まりになっていたり。
「お、おう、そうか。まあ、頑張れよ」
連司が顔を引きつらせるのもわかる。なにせ、烈火のごとくというか、激流のごとくというか、ともかく、学校でも一、二を争うくらい、怒った場合に怖いというのが生徒の間の共通認識だったからだ。
もちろん、普通にしていればすこし……いや、かなり厳しめの先生というだけなのだけれど。
しかし、実際、僕は小学校の頃には読書感想文すら苦手な生徒だったので、その点に関しては感謝してもいた。
「どうした、秋月」
職員室にいらした館先生に理由を話せば、大層驚かれたけれど、しかし、とても喜んでいらっしゃるようにも見えた。
「そうかそうか。もちろん、そのくらいはいくらでもしてあげるよ。いつでも、持ってきなさい」
「ありがとうございます。実は、すでに書いてきたものがあるのですが」
ますます関心されたように、どれどれ、と受け取られた館先生は、一枚目の原稿用紙を見てすぐ、表情を曇らせられた。
覚悟はしていたけれど、こんなに早くに駄目出しされるとは。
「……秋月。おまえ、私の授業を、というより、小学校から、真面目に国語の授業を受けていないな?」
「え? いえ、そんなことはありませんけれど……」
館先生は、払うように手で僕の書いてきた原稿を叩いて。
「まず、これは小説の形になっていない。文章力とか、表現とか、それ以前の問題だ」
館先生は、一枚目の行頭を指差され。
「文章の書きだしはひと段落下げろ。鍵括弧で始まるのでないのなら」
「あっ」
そういえばそんなルールがあった気がする。
館先生は次々と。
「三点リーダーとダッシュは二文字分使え。閉じ括弧直前に句読点を置かない。疑問符、感嘆符の後は一文字空ける。言葉――これは、漢字とか、仮名とか、数字とかって意味だが、それの統一。日本語の文章では漢数字を用いる場合が多いな。そして基本的に、一つの作品の中では人称を統一しろ。多人称というのもあるにはあるけど、駆け出しにすらなっていない秋月にはまだ早い。最初はまあ、一人称か三人称が書きやすくていいだろう。他にもたくさんあるけど、最低限、これくらいは守りなさい」
言われてみて、読んでもらった自分の小説を読み返してみると、たしかに、これはひどい。
こんなものは小説ではなく、ただの文字の羅列だった。
へこむことすらおこがましい。穴があったら入りたい。いっそ、今からでも、原稿をすべて焼却処分にできないかな。
「自分の日記としてならまだいい。けど、秋月は、本気で小説家になりたいと思っているんだろう?」
僕は驚いて顔をあげた。
散々にこき下ろされたものだから、てっきり、もっとしっかり調べてから書きなさいとか、そんな風に呆れられるものだと思っていた。
館先生は笑顔を浮かべていらして。
「教師が生徒に呆れたりはしないよ。作法は散々、とても小説などと呼べるものではなかったとはいえ、こうして実際に一作書き上げてくる姿勢は素晴らしい。それに、秋月に聞いた話とを考えれば、どれだけ本気なのかはわかるからな」
「館先生……」
「秋月。やる気があるのなら、放課後に私が見てあげようか?」
僕は一瞬の躊躇もなく、よろしくお願いしますと、頭を下げた。
とりあえず、今言われたところは修正して、賞にも応募してみよう。他の人の意見というか、評価も知っておきたい。現時点での、自分の実力も。
無謀かな?
でも、登り始めなければ、山だって頂上には辿り着かないわけだし。
「それなら、原稿はパソコンで仕上げたほうがいいかもな。家にパソコンは?」
「高校に入ったら買ってくれると」
両親は持っているのだけれど。
そう話をすれば、館先生は、情報の佐々木先生にも話を通してくださって、それならばと、放課後にパソコン室を使う許可までとってくださった。
「ありがとうございます」
「いいか、秋月。原稿を見てやるとは言ったけど、受験勉強のほうもしっかりするんだぞ。たしか、今日、進路希望調査も出していたはずだな?」
鞄の中に仕舞った進路希望調査票のことを思い出し、はい、と返事をする。
「それじゃあ、もう今日は帰りなさい。まさか、残って書くとは言わないよな?」
本当は、今すぐにでもペンを握りたいところだったけれど、まさに、しっかり勉強するようにと言われたばっかりだ。
「よろしい。とはいえ、書くこと自体を否定したいわけじゃない。まあ、そのあたりはバランスだな。夢を持ってやるのはモチベーションの向上にもなる」
「はい。ありがとうございました、館先生」
と、そんな風に僕の夢への道は始まった。
そして、翌年の春。
結局、出した賞には、どれも、一次選考にすら引っかかることはなかった。
評価シートは貰えたけれど、内容は散々。むしろ笑ってしまえるレベルだ。本気でデビューしたいというのなら、笑ってばかりはいられないのだけれど。
それでも、最初の頃を思い返せば、どれほど自分の文章力が向上しているのかは見て取れる。まあ、それは、最初がひどすぎたというだけなのだけれど。
それでも、希望は持っているし、館先生にも背中を押していただいた。本当に、いくら感謝してもしきれない。
それに、道場にもいまだに通っているし、高校のほうは無事に第一希望にも合格した。
「まあ、高校に落ちてもいいから、選考に受かってくれれば……とは、さすがに言えないよね」
さすがに高校浪人では、館先生にも、両親にも、もちろん紫乃にも、示しがつかない。
勉学のほうにも精を出すと、約束していたのだから。
「文芸部って、まだ残っているよね?」
学校見学のときの感じからは、あんまり、人がいそうではなかったのだけれど。
「おーい、空楽」
呟いたところで、同じ極浦高校に入学した連司が、校門のところで待ってくれているのが見えた。
今日は入学式だ。
「今行く」
話し込んでいる母さんたちをおいて、僕は小走りに駆けだした。