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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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文化祭 14

 ◇ ◇ ◇



 いつものことで本当に申し訳なく思うのだけれど、弥生先輩が連絡を取って車を手配してくださったり、まあ、おそらくは清雅さんが関わっているのであろう――通話していた会話からの推測だけれど――謎の権力というか、無理を通したというか、とにかく、その日のうちに印刷所への依頼が終わり、僕と日陽先輩、弥生先輩は、『ミニヨン』で打ち上げに興じていた。


「あの、本当に私もお邪魔していて構わないのでしょうか?」


 それからもう一人、文芸部の部員ではない氷彩さんは、あまり居心地がよくなさそうだった。


「もちろんよ。文化祭は個人参加。文芸部の出し物に参加した以上、あなたも文芸部の一員よ、氷彩さん。氷彩さんのイラストが無ければ私たちの同人誌もここまでは売れなかったでしょうから、一番の功労者と言っても過言ではないはずよ」


 日陽先輩がそんな謎理論を展開しだしたけれど、せっかくお祝いの場なわけだし、小さいことは気にしないでおく。氷彩さんもなにも言ってきたりしないし。


「むしろごめんね、氷彩さん。日陽先輩が無理やり引っ張ってきちゃって。ほかにも予定はあったんじゃないの?」


 文化祭が個人参加というのは、一つの側面でしかない。

 実際には、クラス単位、部活単位、グループ単位の参加がほとんどだ。参加不参加から問うという題目を立てているからこそ言える、詭弁……とまではいわずとも、誤魔化しのようなものだ。

 氷彩さんの作品の展示は、いわば、前日までに準備したものを提示しているだけで、当日に特別な働きが必要なわけではない。作品の解説をするわけでもなく、せいぜい、教室の出入管理くらいのものだ。

 

「そもそも、誰かと集まるのに、本来、特別な理由なんて必要じゃないよ。一緒にいたいと思ったから、一緒にいる、声をかける。それじゃあ、駄目なのかな?」


 氷彩さんも僕たちの誘いに応じてくれた以上、同人誌が売れてよかった、嬉しかった、そう思ってくれていると思っていたのだけれど。

 中の小説はともかく、表紙は間違いなく、氷彩さんの作品だったわけだし。


「それにしても、用意した分が保存用を除き完売するとは思っていませんでしたよ」


 僕は烏龍茶を口にしながら、鞄の中の袋を確認して。


「あっ、そういえば、売上金を分けるのは今してしまって構いませんか?」


 ここには丁度、小説の発行に関わった人間が四人揃っているわけだし。


「というか、いい加減、持ち歩くのも重いですし」


 嬉しい悲鳴と言えばそのとおりなのだけれど。

 五百円玉や百円玉、元々両替していた分はそれほど多くはなくて、そのあたりはぴったり出してくれたお客さんが多かったということでありがたい話でもあるのだけれど、売り切った同人誌分の売上金を全額持ち歩くのは、質量的にも、気持ち的にも、かなり重い。

 まあ、喫茶店、というか、外出先の店内で――しかも、飲食店でするような話ではないとも思うのと、それから、追加の発注分の代金はまだ受け取っていないため、さらに増えることになるのだけれど。


「それは後で分けましょう。たしか、空楽くんの家も近かったのよね。だったら、弥生さんのところか、空楽くんの家で」


 こんな大金をずっと個人で保管しているというのは、精神的にあまりよろしくないだろう、というか、よろしくないので、ぜひとも、分けさせてもらいたいところだ。

 自分の分だけというのならばまだしも、日陽先輩と弥生先輩、それから、氷彩さんの分の分け前も一緒になっているのだから。

 

「日陽先輩はこれでどうしたいんですか?」


 僕は自分の小説を売ること自体が目的だったため、今の結果には十分過ぎるほど満足……いや、とりあえず満足している、と言ったほうがいいのだろうか。完全に満足していると言ってしまうことは、創作家としての停滞を意味することにも繋がりかねない。

 それはそれとして、日陽先輩や弥生先輩は、ライトノベル作家を目指しているわけではないだろう。多分。そういう話は聞いたことがない。

 

「私は……大事にとっておこうかしら、同人誌の本体と一緒に。よく言うでしょう、思い出が宝物だって。この重さは私たちの小説が評価されたという証拠なのだから」


 証拠というのなら、同人誌が余らなかったということがなによりの証拠になると思うけれど。結局、僕たち文芸部の部員の手元に残った分は、最初から確保していた分だけということになったわけだし。もちろん、これから、予約分を含めて、追加で発注するというのならば、話は別だけれど。

 まあ、高校の文化祭の思い出、ということなら、そういうのもありなのかな。

 なんにしても、日陽先輩がそう決めたのなら、それはそれで構わないだろう。


「弥生先輩はどうですか?」


「私は……私も貯金でしょうか。今、特にほしい物品もありませんし。空楽さんはどうされるんですか」


 僕? 

 僕も、まあ、貯金でもいいのだけれど、それより。


「ライトノベルとか、一般小説を買いたいですね。部室に置くのでも、自宅に保管するのでも構いませんけれど、そうして、次回作のための肥やしにしたいと思っています」


 いろいろな作品を読むことは、作家にとって重要なことだ。

 もちろん、重要とか、そういう観点ではなく、僕の個人的趣向としてという側面もあるけれど、やはり、表現力の向上というか、知識を得るためというか、いままで手を出せていなかったシリーズにも手が届くようになったのだから、これを機に揃えておくというのが、小説の売り上げの使い道としては、最も有意義なのではないかと思う。

 あぶく銭は残らないともいうことだし。いや、日陽先輩や弥生先輩、それに氷彩さんの気持ちの籠った同人誌を売って得た資金をあぶく銭と言いたいわけでは決してないけれど。


「さすが空楽くんね。文芸部の鑑だわ。私も部長として鼻が高いわ」


 日陽先輩がそんな風に言うので。


「そんな高尚な気持ちで言っているわけではありませんよ。すべては自分のため、なにもできなかったときの言い訳の材料を増やしたいだけなのかもしれません」


「どういうことでしょうか?」


 弥生先輩が疑問符を浮かべていそうな表情をするので、僕はストローに口をつけて、湿らせてから、一気に言い切った。


「将来、もちろん、そんなことにはさせないつもりではありますけれど、僕の描いた作品が評価されず、なんの賞も得られず、本に成らなかった場合、自分はこれだけやったんだ、それでもだめなら納得できる、そう、自分の時間を無駄ではなかったのだと言い聞かせる、あるいは、気持ちを納得させるためですよ」


 そうでもしなければ、精神を保てない……こともあるかもしれない。

 だから、言い訳のため、というとあれだけれど、自分の努力を正当化するための、目に見えるものとして、残せるものが必要だと思っているだけだ。

 その点に関して、売上金というのは最高だろう。目に見える、金銭という。

 女々しいと思われても仕方ないだろうな。

 

「――とまあ、そういう後ろ向きな理由ですよ」


 もちろん、そんな行為に意味がないことはわかっているけれど。


「空楽くんは将来、絶対にライトノベル作家になれるわよ」


 しかし、日陽先輩はそう断言した。

 大きな声というわけではなかったのだけれど、不思議と胸の内に染み入るような、そんな声で。


「べつに、適当に、無責任に、なんの勝算もなく言っているわけではないわよ。ただ、空楽くんの小説の一読者として、そう感じているの」


 グラスの中で溶けた氷が音を立てる。

 

「私がついているんですもの。絶対、保証するわ」


 それはまたえらい自信なことで。


「……私もついていますから、空楽さん。もっと自信をお持ちになってもいいと思います」


 

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