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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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文化祭 8

「文芸部の部長の海原日陽です。氷彩さんには本当にお世話になって。とっても素敵な絵を描かれるんですね」


 続いて、弥生先輩も。


「藤堂弥生です。どうぞ一冊、お手に取られてみてください」


 そう、同人誌を差し出される。


「ほう。これは」


「素敵ね。これをあの子が」


「一部四百円か。どのくらい売れているの?」


「私も一冊、貰おうかしら」


 九条家の方たちがそれぞれ一冊、なんと四冊も一気に捌けてしまう。

 一家に一冊あれば十分なのでは、とも言えず。


「お買い上げ、ありがとうございます」


 僕たちは声を揃える。


「へえ。これに感想を書いて送ればいいのか」


「恭一くん。送らなくても、氷彩ちゃんに持って行ってもらえばいいのよ」


 ああ、そうか、そうだね、なんて恭一さんが友華さんに笑顔を向けられる。

 当たり前だけれど、普通に会話もする、仲の良いご家族だよな。氷彩さん対する愛情もひしひしと感じられるし。

 つまり、氷彩さんのほうだけの問題……とまで言ってしまって構わないのだろうか、とにかく。


「よろしければ、ぜひ、氷彩さんにも直接お気持ちをぶつけられてください。大分、その、コンプレックスに悩んでいる様子でしたから」


 氷彩さんの個人的な感情のことまで話してしまって構わないものだろうかと、一瞬、躊躇いもしたけれど、結局、口に出してしまった。

 超巨大なお世話かもしれない。いや、かもしれないをつける必要もないだろう。 

 しかし、氷彩さんにお世話になり、感謝している身としては、あるいは、それとは関係なく、純粋に氷彩さんのことを心配する、一個人として、関わってしまった以上、途中で放り出したくはなかった。

 ああ、もちろん、解決編までゆかないと小説に書きにくい、という理由も少なからずあることは事実だ。 

 そうしたところ。


「へえ」


「あら」


「ふうん」


「氷彩ちゃんも大変ね」


 なんだろう。

 九条家の方から、生暖かい感じの視線を向けられる。

 だけではなく、日陽先輩と弥生先輩も、いつにも増して微笑ましそうな表情を浮かべているし。

 いったい、何事か。


「どうですか、うちの空楽くんは。とっても素敵な男の子でしょう。でも、絶対、差し上げませんけれど」


 なぜか、日陽先輩が偉そうに僕の身柄を主張される。

 いや、そもそも、文芸部を辞めようなんて思ってませんけれど? たしかに、前に一度、辞めようと思ったこともあったけれど、今はまるっきり、そんな気持ちを持ってはいないし。

 まあ、日陽先輩は部長だし? 必要としてくれるのは嬉しいのだけれど。

 

「あら、それは残念。弟が増えるかもしれないと思って期待していたのに。でも、まだ勝負は始まったばかりよね。氷彩ちゃんの武器はまだまだ成長中だし」


 ええっと、当人――当人たちを置いてけぼりの、頭越し外交をするのは止めてもらっていいですかね。しかも、堂々と、本人の目の前で。いや、目の前でなければやってもかまわないということでもないのだけれど。

 というか、弟を増やしてほしいのなら、それはうちの部ではなく、隣にいる御父上と御母上に頼むべきでは……って、いやいや、それはどうでもよくて。


「それで、日陽先輩。売れ行きのほうはいかがですか?」


 文化祭一日目も終盤戦だ。

 今の時点での売り上げから逆算して、もし必要なら、追加で印刷する必要も出てくるかもしれない。

 もっとも、明日以降の売り上げは落ちるはずなので、それほど張り切った数は必要ないと思うけれど。


「それがねえ、見て」


 日陽先輩が段ボール箱を机の上に持ち上げ、逆さまにする。

 なにを、と思ったけれど、予想に反して、中身が落ちてくることはなかった。

 え? それってつまり。


「ほとんど完売なの」


 現状、売れ残っているのは、机の上に並べられてある分だけということだ。

 もちろん、文芸部の部室には、保存用として何冊か取っておいてあるし、僕たちも一冊づつ以上は持ち帰ることにしているけれど。

 

「すごいじゃないですか。あれですよね。氷彩さんのイラスト部分だけを持ち帰られて、残りはゴミ箱にポイ、みたいなことでもないんですよね?」


 まさかそんな真似をする人がいるとも思えないし、ゴミ箱を見て回る気もサラサラないけれど。


「ええ。だから、これから印刷所……だと間に合わないでしょうから、放課後、弥生先輩のところで追加の印刷と製本をしようと話していたところだったの」


 今から印刷所に頼んでいたのでは絶対に間に合わない。

 何部印刷するつもりなのかは知らないけれど、さすがに文化祭一日目の終了を待っていたのでは印刷所の終業に間に合わないし、明日の朝一で持っていったのでは、明日の文化祭に間に合うはずがない。


「えっと、それは、大丈夫なんですか?」


 弥生先輩に確認してしまう。

 そもそも、印刷業者に頼もうと思ったのは、個人でプリントアウトするより安いからだし。表紙のカラー印刷をしようというのなら、なおさら。


「大丈夫、というのは、印刷代のお話しでしょうか? はい、そのくらいであれば問題ないと、すでに父にも確認と許可をいただいています」


「はあ、そうなんですか……」


 さすがというか、なんというか。僕にできたのは、とりあえず、頷いて生返事をすることだけだった。


「まあ、印刷の件はわかりました。しかし実際、販売戦略というか、その辺のことはどうするつもりですか? さすがに、いくら、うちの学園の生徒といえど、今日買ってくれたものと同じものを明日も買ってくれることはないはずですし、そうなると期待できるのは来賓の方ということにはなりそうですが」


 今日は土曜日で、明日は日曜日。

 日曜日なら息子娘の文化祭を見に行ってみるか、となる親御さんがいないとも限らないとは思うけれど。

 しかし、おそらく買おうと思ってくれたうちの生徒、先生方、つまり一番売れるであろう層にはすでに渡り済みということでもある。

 

「それなら、私に良い考えがあるわよ」


 我が意を得たり、とばかりに、若干興奮しているような、悪戯っ子のようにも見える笑顔で、咲耶さんが身を乗り出される。

 その視線は、得物を見定める獣のように、日陽先輩と弥生先輩を捉えていて、なんとなく、嫌な予感をさせられる。

 いや、僕にとっては嫌なことでもないというか、むしろその逆のような気もしないでもなかったけれど。


「……咲耶さんには、なにかお考えがあるのでしょうか?」


「ふふ。弥生ちゃん。私にその身を任せてみる気はあるかしら?」


 同性なのに弥生先輩は気付いていないのか……いや、同性だからこそ、気付いていないのか。

 そもそも、そういうことに対する感度は低そうだけれど。


「あ――」


「ぜひ、お願いしたいわ」


 僕が口を挟もうと、声を上げようとしたところで、横から身を乗り出してきた日陽先輩の声にかき消されてしまい、僕は本気で頭を抱えそうになった。

 

「……あの、日陽先輩」


「なによ、空楽くん。売り上げを伸ばす方法があるというのなら、試してみるべきじゃない。そうすれば、頼めるのがケーキだけじゃなくて、パフェも追加されるかもしれないのよ」


 いや、ほとんど完売ということは、その時点で損益分岐点は超過しているはずで、今の時点で、ケーキとパフェとコーヒーを三人分頼んでも、問題ないはずだけれど。まあ、一度に両方食べたいというのは、カロリーと相談してくださいとしか言えない。

 

「空楽くん、きみ、それでも本当に男の子なの?」


 咲耶さんはノリノリで、日陽先輩と弥生先輩に、今日、うちに泊まりにいらっしゃい、なんて声をかけていらした。

 

「あっ、空楽くんも来る?」


 明らかに、なにかを企んでいることを隠そうともしない顔で尋ねられましても。内容も大体予想がついてしまうし。

 明日になればどうせ、嫌でもわかるだろうからと、口にこそ出さなかったけれど――後で日陽先輩にとやかく言われたくもないし――僕は遠慮させてもらった。

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