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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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文化祭 5

 あんな絵を描ける人が、絵を描くことを嫌いだなんて、あるのだろうか。

 氷彩さんにとっては、消去法的に選んだことなのかもしれない。でも結局、見た人がどう感じるのか、ということではないのだろうか。

 あれは、絵を嫌いな人が描いたものでは決してないはずだ。

 

「氷彩さんは絵が嫌いなんてことはないんでしょう?」


 好きなんでしょう、とは聞かない。

 直前の発言を考えれば、今の氷彩さんの精神状態を察するに、たとえ本心とは違っても、好きではありませんと答えられてしまうかもしれないと思ったからだ。


「僕も小説を書くことを投げ出したことがあるから、逃げ出したことがある、という意味では氷彩さんと似ているところもあると思う。こんなことを言わせてもらうのは、本当に失礼で、おこがましいことだと思うけれど」


 氷彩さんの芸術に関するキャリアは三年半といったところだろうか。 

 小説を書き始めて、せいぜい一年の僕とでは、全然、感じていることも違うのかもしれない。


「初めて書いた小説なんて、本当にひどいもので。中学校の国語の先生に添削してもらったんだけれど、原稿用紙が真っ赤になったよ」


 直されていないのは、よくて、ストーリーと登場人物くらい。それも名前くらいの話で、設定も全然練り込みは甘かったし、世界観なんてまったくわかっていなかった。


「それに、氷彩さんは、本心では、ご家族に自分の作品を見てもらいたかったんじゃないの?」


 声にはならなかったけれど、えっ、という形で氷彩さんの口が固まる。

 

「だって、結局のところ、音楽でも、美術でも、小説でもなんでも、他人に見せる、聞かせるための文化でしょう」


 最初は、見てもらいたい対象を、家族と決めてはいなかったのかもしれない。

 もしかしたら、全然違う理由だったかもしれない。けれど、今の絶句した様子の氷彩さんの様子を見て確信した。


「お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんに、すごいねって、言って、認めて欲しかったんじゃないの?」


 完全に僕の推測だけれど。

 でもそれ以外に、氷彩さんがご家族にチケットを渡す理由を思い浮かべられない。

 極浦学園の文化祭はチケット制だ。

 生徒、あるいは教職員の名前の入ったチケットを持っていなければ入場することはできない。これは、セキュリティの面から導入されている制度だ。

 では、いったい、どうして九条家のご家族は極浦学園の文化祭に入ることができたのか。答えは考えるまでもなく、氷彩さんがチケットを渡したからに他ならない。

 本当に、来てほしくない、あるいは自分の作品を見て欲しくなかったのなら、チケットを渡さなければ済む話だ。もしくは、絶対に自分のところに来ないように念を押すとか。

 後者には確実性はないけれど、前者ならば絶対、見に来られることはない。そもそも、敷地内に入れないのだから。

 

「そんなことは……」


 否定しようとしたらしい氷彩さんの言葉は、尻すぼみに消えてなくなった。それは僕の言葉を肯定しているも同じことだった。


「それでも足りないのなら、力不足かもしれないけれど、僕がいくらでも氷彩さんの絵の素敵なところを語れるよ」


 氷彩さんの作品で知っているのは、それほど枚数があるわけではないけれど。

 まず、夏休み明けに見た、廊下に飾られていた風景画。

 本当に吸い込まれそうというか、絵の中に入り込んで冒険が始まってしまいそうな作品だった。


「といっても、僕が知っている氷彩さんの作品は、それほど数があるわけでもないけれど。すくなくとも、僕たちの小説に描いてくれた絵は、生涯忘れないと思うし、いくら感謝してもしきれないと思っているよ」


 本当に素敵な絵だった。

 絵が本体で、おまけに小説がついている……なんて言ったら、日陽先輩と弥生先輩に失礼になるから言えないけれど。


「僕がこれからどんなに一生懸命練習しても、あんな絵は生涯、書くことはできないと思うよ」


「そんなことはありません。私程度の絵なんて、空楽さんたちの小説に比べたら、覚悟も、熱意も、想いも、なにもかも足りていませんから」


「それって、そんなに重要かな?」


 氷彩さんが怪訝そうな顔をする。


「いや、変な意味はなくて、想いが足りないとか、そんなことって、誰がどうやって量るのかなって」


 どこまでいっても、所詮は他人だ。

 その人本人でなければ、真実、その作品にかけた想いを量ることなんてできたりしないだろう。


「もちろん、気持ちだけではだめなことくらい、嫌というほど知っているよ。コンテストに応募した僕の作品は、まったく評価もされないしね」


 それでも、ブックマークに登録してくれている人がいるということは、すくなくともなにかしらの感動を与えられているということなのだろうという希望は持てる。

 

「でも、そんなことを言ったら、結局、自分の作品に完全完璧に満足することなんて一生できないよね。少なくとも、僕はそう思う」


 たとえ、その時々では、自分の作り出した作品がこの世で一番だと信じていたとしても。

 そこで満足していたら、満足とはつまり、停滞だ。それは、創作家にとっての死と同意義だろう。


「でも、読んだり、見たり、聞いたりしてくれる相手だって、同じ人間であることに変わりはないんだから、なにかが欠けている作品なんて、当たり前のものだと思うよ」


 それが想いでも、覚悟でも、熱意でも、実力でも。

 読んでくれる、見てくれる、あるいは聞いてくれる人には、そこまで伝わることは、全くないとは言わないけれど、ほとんどないのだから。伝わることはただ、面白いか、面白くないか、満足できたかできないか、それだけのことだと思う。


「それでも、僕は、それから、多分、日陽先輩も、弥生先輩も、大橋先生も、氷彩さんの作品はとっても素敵だと思っていることは事実だから」


 少なくとも、四人の心には届いている。

 それから、氷彩さんにとってはひどい記憶かもしれないけれど、あの美術部の人たちにも。

 あの件に関して、言葉を飾る余裕はなくて、ストレートな表現になってしまうことは小説家として恥ずべきことだとわかっているけれど、それでも、言わせてもらいたい。

 どう言い繕っても、彼女たちの行為は許せるものではない。他人の作品を台無しにする行為ななんて、正当化されていいはずがない。

 しかし、そもそも、なぜ彼女たちが氷彩さんの作品を――ほかの作品もそうだけれど――台無しにしたのかといえば、氷彩さんの実力に嫉妬したからなのではないか、と僕は思っている。

 むかついた、生意気だと思った、どんな理由があったのかは知らない。大橋先生に聞くこともできるかもしれないけれど、痕は任せてと言われてしまった以上、確かめる術はほとんどない。

 しかし、推測はできる。

 多くのライトノベルや小説を読み、行間を読む力もそれなりについてきたと思う。

 それはともかく。

 いずれにせよ、言ってしまえば、ただ自分たちの作品を並べるだけの文化祭で、それでも、比べられたくないと思わせてしまうだけの力が、氷彩さんの作品にはあったということだろう。

 事態が事態なので、喜べるかどうかは別問題にしても、だ。


「それでも不安なら、また、文化祭が終わった後、文芸部に遊びに来てくれないかな。氷彩さんの絵に心を動かされたという人がどれだけいるのか、確かめてみようよ」


「……どういう意味でしょうか?」


「簡単な話なんだけど。実は、僕たち文芸部の販売した同人誌だけれど、感想をもらえるよう、用紙をつけているんだ。そして、文化祭が終わった後も、文芸部の部室の前にある受付ボックスで感想の返信をもらう予定になっているんだよ」


 もちろん、予定は未定であり、返してくれる人がどれだけいるのかはわからないけれど。


「その中に、必ず、表紙とか、挿絵に感動した人がいるはずだから。以前も話したことがあったかもしれないけれど、ライトノベル、特に、新作では、表紙買いと言われる文化すらあるからね」


 

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