文化祭に向けて 12
◇ ◇ ◇
翌日はやはり騒ぎになった。
緊急の全校集会までが開かれて、事情聴取とかなんとか、一時間目の授業が潰れたほどだ。
不幸中の幸いというか――本当は全然幸いではないのだけれど――被害を受けたのは美術部の展示作品だけで、他の団体には損壊らしきものは一切見られなかったということだけれど、それがきちんと確認できたのも放課後になってからのことだった。
美術部に恨みがあったのか、美術部に所属する生徒に恨みがあったのか、それとも、たまたま目についたところだったからなのか。
生徒の間でもさまざまな憶測が飛び交い、幽霊騒動の件も相まって、話はさらに膨れ上がっていた。
第一発見者である僕たちは、当然、職員室にも、生徒会室にも、呼び出しを受け、同じような内容の供述をさせられた。もちろん教室でもクラスメイトに囲まれた。
しかし、疲れたなどとは言っていられない。明日は我が身と――。
「もー、大変。疲れちゃったわ。空楽くん、甘いものが食べたい」
放課後の文芸部の部室に入り、僕の決意は早くも挫かれそうだった。
「あの、日陽先輩?」
昨夜のあの決意はどこへ。
「だって、皆、私のところへ詰めかけてくるんですもの。そりゃあ、たしかに、私はクラスで先生に呼び出されて、それが事件の事情聴取だってことはあからさまだったわ。でも、あんな風に取材を受けたのは本当に久しぶりで」
まあ、僕も大体似たようなものだったから、日陽先輩の気持ちはわからないでもない。
「久しぶりということは、昨年の文化祭にもなにか似たような事件が起こったということでしょうか?」
先生たちの間からは、そんな雰囲気は感じられなかったけれど。
「えっ、あっ、その、なんでもないのよ。えっとね、ほら、私の外見はすこし他人と変わっているでしょう? 保育園とか、小学校のときには、クラスが変わるごとに、結構尋ねられたりもしたのよ」
日陽先輩は少し焦っているような感じだった。
たしかに、日陽先輩は雪でもそのまま積もっているような真っ白で綺麗な髪と、ウサギのように真ん丸な真っ赤な瞳をしていて、こういう表現が正しいのかどうかはわからないけれど、普通の、同じ日本人とはかけ離れた容姿をしている。弥生先輩の髪も薄い茶色っぽくはなっているけれど、そのくらいなら、まあ、いないこともないだろう、瞳は真っ黒だし。
しかし、日陽先輩の場合、色素が薄いとか、そういうレベルではないからな。
僕たちにとってはすでに見慣れたというか、個性というか、ともかく、素敵な特徴だと思うけれど、それは日頃からそういう日本人離れした外見の登場人物が出てくるライトノベルを読んだり、書いたりしているという、それから、高校生という、ある程度は分別もつくようになってきた年齢だからだというか。
特に幼い年齢の頃には、異質なものは受け入れられ難いという話を読んだことがある。
日陽先輩は言葉を濁していたけれど、もしかしたら、仲間に入れて貰えなかったとか、いじめられていたりとか、そういう過去があったのかもしれない。
しかし、そんなことで取材なんて受けたりするか?
まあ、同い年の子からの質問攻めにあうことを、似たように感じていたのかもしれないか。
「……あの、日陽先輩。こんなことを聞いてしまうのは大変失礼だとわかってはいるのですが、その、日陽先輩が取材を受けたというのは、純日本人にしては珍しいその御髪の色だとか、そういうことが問題なのでしょうか?」
つい、勢いで尋ねてしまって、猛烈に後悔した。
たしかに、日陽先輩の容姿のことはひと目見た瞬間から気になっていた。もちろん、第一印象から今みたいな意味で気になっていたということではないけれど。
しかし、外国には白い髪……薄い金髪、プラチナブロンドとか? そんな感じの髪色の人たちも、日本ほどには珍しくなく過ごしている。
もしかしたら、海原家の、御両親――ご親族のことは知らないけれど、そういう相手が何世代か前にいらして、遺伝しているだけのことなのかもしれないし。
生まれだとか、皮膚とか瞳、髪の色で、その人がなにか変わるわけでもない。
日陽先輩は日陽先輩だし、たとえどんな出自や、問題を抱えていても、僕にとって、とても大切な相手であることには変わりがない。
あっ、いや、大切と言っても、そう、僕の小説を読んでくれて、感想と添削をくれて、小説についていろいろと話し合える、仲間? 先輩? とか、まあ、そんな感じの意味合いで。
「――聞きたい?」
「は?」
一瞬、日陽先輩になにを問われているのか、理解できなかった。
目の前の日陽先輩は、不思議な、寂しそうな笑顔を浮かべていて、思わず僕は辺りを見回してしまう。
「空楽くんは、私のことを知りたいの?」
聞いていいことなのか? 聞いたら日陽先輩との関係が変わってしまうのでは? そもそも、理由のあることなのか――。
「すみません、遅れてしまいました」
僕の煮え切らないというか、中途半端な覚悟を吹き散らすように、弥生先輩が部室に入られた。
なんとなく気まずくなって、僕と日陽先輩は互いに視線を逸らす。
「……あの、おふたりとも、なにか?」
そんな気配を敏感に察知されたというか、まあ、普段の僕たちの雰囲気とはまるで違うのだから、日頃から接している人にはわかってしまうだろうというか、弥生先輩はしばらく僕たちに視線を向けられて。
「……お茶をお淹れしますね」
そう言って、いつものポットと茶葉を取り出され。
「今日はブラウニーを焼いてみたんです。ぜひ、ご賞味ください」
弥生先輩の焼いて来てくださった胡桃入りのブラウニーは、ほろ苦い甘さというか、しっとりとしていて、濃厚な味わいで、今あったことを忘れさせるだけの、すくなくとも気にさせなくするほどのおいしさだった。
「とっても甘くておいしいわ。いくらでも食べられそう。いつもありがとうございます、弥生先輩」
さらに乗せられたブラウニーをフォークで小さくして口に運ぶ日陽先輩は、それは幸せそうに表情をとろけさせていて、僕はほっと溜息を洩らした。
「そう言って食べてくださるから、いつも楽しい気持ちで作れるんです。感謝したいのは私のほうです」
とりあえず、普段の空気に戻り――
「そうだ、日陽先輩。僕たちの同人誌は無事だったんですか?」
のっけから日陽先輩の愚痴でもないけれど、聞かされて、確認するのを怠っていた、というより、忘れていた。
昨夜の事件は美術部の作品が標的だったみたいだけれど、そもそも、この学園の文化祭が標的だというのなら、いくら弱小、最小の部である文芸部といえど、創作系の部活であることには変わりがない。
もしかしたら、僕たちの同人誌だって、破かれているとか、切り刻まれているとか、落書きされている可能性も、現段階では、ゼロとは言えない。
「そういえば、まだ確認していなかったわ」
部屋の隅の段ボールに目を向ければ、それは変わらずそこにあるように思えた。
もっとも、完全に隅に寄せているため、多少動かしたところで、元通りの位置に戻すことはほとんど苦ではないのだけれど。
それに、封をしているとはいえ、ガムテープで止めてあるだけだ。開いて、再び閉じるのも、決して難しい作業ではない。
「確認しますね」
僕がガムテープを剥がし、中に収められている同人誌が全ページ無事であることを確認すると、誰からともなく、安堵のため息が漏れた。
九割以上、無事だと思っていたとはいえ、実際に事件が起こり、その現場も見た後だ。当然の反応と言えるだろう。
「すくなくとも、文芸部には興味を持っていなかったということよね」
日陽先輩が顎に指を添える。




