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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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文化祭に向けて 10

 能力バトルものの漫画やラノベではないのだし、人間が突然消えるなんてありえない。

 種や仕掛けのあるトリックに決まっている。

 いずれにせよ、正体がわからなければ同じことではあるけれど。


「……これは……こんな」


 まさに言葉を失くす光景というのはこのようなことをいうのだろう。

 僕たちが急いで校舎内、美術室に戻ってくれば、当然、教室の扉は開いたままで、それだけならばまだよかったのだけれど、室内で保管されていた作品群、それらを台無しにするように、大きいバツ印がキャンバスの中央に描かれていた。

 満遍なく、すべての作品に。

 通常、美術室に用事があるとすれば、美術部の部員だろう。この時期なら、仕上がっていない作品を仕上げるためなど、理由も簡単に思い浮かぶ。

 しかし、文化祭への展示という、最も重要だろうイベントに対して、いくら疑いの目を自分に向けさせないためとはいえ、自分の作品を含めて、全ての作品を台無しにするような真似、本当に――仮に思いついたとしても、実行しようとする人間が、いったいどれだけいるというのだろう。こんなことをして得をする人間がいるとは思えない。愉快犯にしてはやり過ぎだし。

 もちろん、そう嘆いていたところで、目の前の現実は変わらない。

 そして、これは美術部に限った話ではないということも。

 今回は、たまたま美術部だった――あるいは、犯人の狙いは最初から美術部だけだったのかもしれない――けれど、動機がわからない以上、これが今後、文芸部を(もしくは別の部活が)標的にされないとも限らないのだから。

 もちろん、物事はそう単純ではないかもしれないけれど、現段階では、まだどういう可能性であっても考慮に入れなければならない。


「と、とにかく、私、職員室に報告してきます」


 我に返ったのは弥生先輩が一番先で、次いで僕と日陽先輩も遅ればせながら活動を開始する。

 どうせ学園の美術室だ。毎度全てを綺麗に大掃除しているわけでもなく、指紋などはそこかしこに、誰のものとも判別できず、たくさんあるだろう。躊躇しているような理由はない。さっそく現場に立ち入って。

 

「犯人、まだ学園内にいると思いますか?」


 日陽先輩は外へ続く窓のところを確認しながら。


「私たちがこの場所を離れたのは、悲鳴を聞きつけて幽霊にみせかけようとしていた誰かと追いかけっこしていた時間だけよ。窓は内側からきちんと施錠されているし、窓ガラスがくり抜かれたり、割れたりなんかもしていないわ」


 学校のガラスは防犯ガラスで、そう簡単にくり抜けるものでもないし、この静かな夜の闇に紛れて、音もなく割ったり修復したりも不可能だろう。時間もないし、専門の道具を持っているとも思えない。

 つまり、犯人が最短ルートを通ったのなら、同じく最短ルートで追いかけ戻ってきた僕たちが遭遇しないわけがない。

 そして、これは探偵としての心理が働き過ぎているかもしれないけれど、追いかけられて、逃げながら戻る状況で、最短ではないルートを通る理由がない。

 もちろん、逃げているのだから、目くらましにするため、という理由はあるだろうけれど、最短でないルートを通り、僕たちが戻るよりも早くここへ戻ってこられるはずはないので、考えるだけ無駄だろう。

 それに、美術部の作品を狙った理由も不明だ。

 美術部に対する私怨? しかし、こんなことをすれば翌日以降、問題にされるのは目に見えている。しかも、大目玉とか、そういうレベルでは済まないレベルで。

 そんなリスクを負ってまで、こんなことをしでかすほどの恨みとはいったい、どれほどのものだろうか。あるいは、どんなリターンがあったというのにだろう。

 もちろん、今のは可能性のひとつというだけで、実際には全く別の動機である可能性も高いわけだから、現段階での断定はできないけれど。

 

「こちらです、先生」


 しばらくして、珍しく、弥生先輩が息せき切った様子で美術部顧問の大橋先生を連れてこられた。

 基本的に、弥生先輩は品行方正で、冷静慎重というか、大人しい性質の方で、校舎の廊下を走る――要するに、極端にいって規則を破る――などほとんどありえない。

 それだけ、事態を重く受け止めているということだろう。というか、僕でもそうするし。

 

「これは……おまえたちが第一発見者ということでいいんだな?」


 現場の状況を目にして表情を険しくした大橋先生は、僕と日陽先輩に順番に視線を向けられる。


「はい。僕たちは、その、大橋先生がご存知かどうかはわかりませんけれど、幽霊が出るという噂の真実と、それが創作のネタになるかどうかを確かめるために、ここで見張りをしていたんです。そうしたら、悲鳴が聞こえてきて、そちらへ向かい、白くてゆらゆらしたものと追いかけっこをしてから戻って来てみれば、この有様だったというわけです」


「白くてゆらゆら……? なんのことだ?」


 大橋先生が首をひねる。

 あんな大味な説明ではわかりにくいだろうけれど、こちらとしてもそれ以上には説明のしようがない。幽霊と追いかけっこをしていました、というよりはまだ現実的だろう。結果伝わらなければ同じだとしても。


「現段階では本当にそれ以上に言いようがないんです。それに関しては、僕たちのほかにも目撃者がいますから」


 緑の上履きを履いた女生徒のことだ。

 さっきは三年生と断定したけれど、思い返してみれば、緑の上履きさえ持っていればべつに、二年生でも、一年生でも、同じ場面を演出することは可能だ。ただ、そうすると探すのは大変かもしれないけれど。

 

「その女生徒は?」


 言われてみれば、僕たちが遭遇したというだけで、彼女のことを判別できるような証拠はなにひとつない。

 顔を見れば思い出せるかと言われれば、そんなこともないし、これでは証拠としての能力は低い。



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