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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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文化祭に向けて 5

 散策は僕たち文芸部の主要活動のひとつだ。

 想像だけでも物語を書けないということはないけれど、やはり自分の目で実際に見ているというのとでは、描写の説得力に差が生じる。それに、なにより、書きやすい。そのことは、先の作品、バンドの話やファンタジー冒険譚を書いたことからも事実だろうと思える。

 多分、それをいうのなら、高校の文化祭で一番忙しいのは生徒会、あるいは文化祭実行委員(すべて有志参加とはいえ、さすがに生徒会だけでは大変だと判断されて設置されているのだろう)だろうから、そのどちらか、とはいえ、一年のこの時期で生徒会は不可能なので実行委員のほうになるとは思うのだけれど、文芸部の活動を優先したかったために参加はしなかった。

 教室だけのスペースでは足りず、廊下はもちろん、エントランスホールや校庭でも作業している姿が見受けられる。もちろん、部活の邪魔にならないようなスペースで、だ。

 

「家庭科室、家庭科室の散策に行きましょう」


 日陽先輩が僕の腕を引っ張る。

 それは散策とは言わないのでは? ただ、日陽先輩がタダでおやつを手に入れたいだけですよね?

 文化祭には当然、飲食販売の団体がいくつもあるため、必然、家庭科室は満員になる。

 火を使う料理は家庭科室、つまり、責任者がいないと使用できないからだ。

 わずかに開いている家庭科室の扉からは、すでにおいしそうな匂いが漂ってきていて。


「失礼します。文芸部です、取材させていただけますか?」


 日陽先輩が中へ入ると、いつものことながら、視線を独占する。

 いや、たしかにわかるけれど、火元から目を離すべきではないだろう。幸いというか、全員、すぐさま視線を戻されたから良かったようなものの。日陽先輩も、ノックをしてからにしてほしい。はやる気持ちはあっただろうけれども。


「文芸部? 取材ってなんの話だ?」


「毒……味見役をしてくれるってこと?」


「もしかして、新聞とかを作ってて、それで宣伝までしてくれるってこと?」


 内容が不安になるような不穏な台詞はさておき。


「いいえ、違うわ。取材という体で甘味をお相伴に来たの」


 言っちゃった。

 たかりに来ただけだって。

 

「正直でよろしい」


「うちら以外の意見も参考になるかもしれないし」


「当日にも来てくれるなら、少しくらいならいいよ」


 日陽先輩は嬉々として味見役という名目で、各グループの商品を一口づつ口にされて。


「この練り切り、とっても綺麗だわ。こういうのって職人さんが作るものだと思っていたけれど、高校生にも作れるものだったのね」


「私も初めて知ったときから綺麗だと思ってて。ずっと自分でも作ってみたかったんだけど、なかなか機会がなくって。でも、せっかくだから、挑戦してみようかなって」


 とか、


「このゼリー、とってもお洒落ね。まるで、銀河に星が浮かんでいるみたい」


「わかる? 七夕で空を見たときからこんなのを作ろうって話してて。夏休みにも集まって練習してたの」


 とか、


「綺麗なクレープね。生地も薄いのにしっかり弾力も感じられて。種類はどんなものがあるのかしら?」


「クレープって言ったら、チョコとバナナと、クリームとイチゴでしょう。去年もやったんだけど、あんまりうまくいかなくって。ふふん、もっと褒めてくれていいよ」


 などと褒めて回りながら、しっかり味見を堪能していた。

 放っておくと、無限にここに居続けそうな気配がしたので。


「日陽先輩、そろそろほかのところも見て回っておきましょう。あまり長居してもお邪魔になるかもしれませんし」


 今日はまだ本番ではないし、それほど邪魔にはならないかもしれないけれど、文芸部としても活動中だということを忘れないでほしい。

 というか、僕がまだ他のところも見て回りたい。だからといって、ここにこんな荷物を置いてゆくわけにはゆかない。

 そうして見て回っていると、実際、クラス単位で参加しているところも多く、中には二クラス合同でお化け屋敷をやるという団体まであった。

 

「そうなんだよ。この学校には七不思議とかあるじゃん? それになぞらえたコースを実際に回って貰おうと考えてたんだけど、さすがにトイレの独占は生徒会から許可が降りなくって。それで、こうやって自作してるってわけ」


「いやあ、たまたま隣のクラスも同じようなことを考えてて助かったよ。あっ、同じって言っても題材は違くて、お化け屋敷ってところだけだったけどな、共通なのは」


「人数多いから仕掛けも大掛かりにできるし、準備作業も捗るしさ」


 かなり本格的にやっているらしく、ちらりと中を覗かせて貰ったのだけれど、特殊メイクか? と思えるほど凝った被り物の作成までしているし。

 なんであっても、情熱をかけるというのは、最大の技術なんだな。好きこそものの上手なれとは言うけれど、ここまでのクオリティに仕上げるというのは中々。


「ということは、お化けとか、怪物にも詳しいんですよね。今度、ファンタジー小説を書くときには参考にさせてもらいますね。実際、どうやって脅かすのかも気になりますし。ねえ、日陽先輩」


 あれ? 

 話しかけようとしたところ、弥生先輩は後ろにいらしたのだけれど、日陽先輩の姿が教室内に見当たらなかった。


「海原さんなら、先程いただいたサンプルの試食があるから、外で待っていると」


 弥生先輩が曖昧な笑顔で教えてくださる。

 試食って、外でなければできないものなのか?

 

「空楽くん、ずいぶんゆっくりしていたのね」


 もう食べ終わったわ、と日陽先輩ななにも持っていない手を見せつけてくる。

 そもそも、試食の量は少ないし。


「それほどでもなかったと思いますけれど……もしかして、日陽先輩、ホラー系は苦手なんですか?」


「そ、そん、んんっ、そんなことはないわよ?」


 言葉は詰まっているし、目はせわしなく動いているし、指先はもじもじとしているし。

 

「そういえば、日陽先輩、ホラー系の小説ってあまり読まれていないみたいですもんね。部室の本棚にも置いてなかったですし」


 部室の本棚の小説は、僕や弥生先輩が持ち込んだ、購入したものもあるけれど、ほとんどは昨年から日陽先輩が集めていたものだ。

 

「それならそうと先に言ってくれればよかったのに。そしたら、ここには日陽先輩を連れてきたりはしませんでしたよ」


 弥生先輩とふたりで来ていた。その間、日陽先輩には別の場所を見てきてもらえばいいし。僕にはべつに、他人を怖がらせて楽しむような趣味はないし。


「なに言ってるよ、空楽くん。私をひとりにするつもり? 図書室の幽霊なんて定番じゃない」


 どうしろと。というか、そもそも、部室に籠っていたなら、お化け屋敷という話も聞くことはなかったのだし、怖がるという気持ちも発生しようがなかったのでは?

 それにしても、この人、よくひとり暮らしとかできているなあ。いや、そもそも、去年よくひとりで文芸部にいられたものだ。

 

「ちなみに、日陽先輩が考えている定番って、他にはどんなことがあるんですか?」


「なんでそんなこと聞くのよ」


 そう言いつつ、夜歩く銅像とか、誰もいないのに音の聞こえるピアノだとか、視線の動く美術室の絵画だとか、いろいろと教えてくれた。

 そういうことを知ってしまうから、想像もしてしまうのでは? 怖いもの見たさというやつだろうか?

 それとも……まあ、日陽先輩も文芸部員だからということだろうな。


「いいですね、それ。うちでも採用していいですか?」


 ちなみに、そのクラスの人たちは日陽先輩の語った七つ以上ある七不思議に非常に興味を持った様子だった。


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