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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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二人きりの文芸部

 イラストの製作にどれくらいの時間がかかるのかはわからない。

 数時間程度で完成するものなのか、数日なのか、あるいは数週間、もしくは一か月以上の期間が必要になるのか。

 どちらにしても、もし、本気で頼むつもりであるのなら、早いに越したことはないはずだし――もちろん、引き受けてくれるかどうかという話とは別の問題だ――それなら、なおのこと、小説自体の完成を急ぐ必要はある。だからといって、クオリティが低くなっては意味がないし。

 文化祭自体は来月だけれど、僕と、それから、日陽先輩や弥生先輩も書かれるというのなら、最低でも三作品にはなるわけだ。

 それから、印刷所に依頼することになるだろうから、その納期だってある。まあ、そちらは学園のコピー機でできないこともないけれど。

 というわけで、二学期が始まって最初の二週間、僕たちは散策に出たりもせず、一心に小説の執筆に打ち込んだ。

 部室で打ち込み、家で打ち込み、それぞれを仮コピーして回し読みして、駄目出しというか、編集作業。当然、一ノ瀬生徒会長にも怒られながらのギリギリを攻め続けた結果、なんとか、二週目までに作品自体は仕上げることができた。

 

「どうしてこんなに急いでいたの、空楽くん」


 もう一、二週間は余裕があっても良かったんじゃないかしら、とその日の帰り道で日陽先輩がぐったりとした調子で呟く。

 たしかに、九月ということであれば、まだ時間的余裕はある。

 ただし、それはフルに日数を使えた場合の話だ。

 本当に忘れているのだろうか、当事者なのに。


「どうしてって、日陽先輩は来週、修学旅行じゃないですか。いえ、僕はべつに構わないんですけれど、もしかして、修学旅行にも原稿を持ってゆくとか、帰ってきてから済ませるつもりだった、なんて言いませんよね?」


 九月といえば、極浦学園二年生は修学旅行に向かう時期だ。

 九州方面へ一週間。詳しいことは知らないけれど、小学校、中学校時代を考えれば、その期間中に小説の執筆などしていられる暇があろうはずもない。ましてや、高校生だ。

 修学旅行というくらいなのだから、修学、つまり、レポートやらなにやらもあるのだろうから。帰ってきてからも、まとめやらなにやら、忙しいのではないだろうか。そんな中で、原稿までやる時間は本当にあるのか。それくらいなら、できることは速めに終わらせておいて、心に余裕を持てるほうがいいと思ったのだけれど。

 しかし、当の日陽先輩は。

 

「え? あっ、そういえばそうだったわ! どうしましょう、空楽くん。私、準備なんてなにもしていないわ」


 こちらの気が抜けそうになるほど、能天気というかなんというか。

 それは僕に言われても……女性の旅行の支度なんて手伝えるはずもないし。いや、手伝ってほしいとも言われていないけれど。

 だから、僕よりは頼りになりそうな人に振る。

 

「弥生先輩は昨年参加されたんですか?」


 体育祭は不参加だったみたいだけれど、さすがに修学旅行くらいはどうにかなったのだろうか。


「ええ、一応、参加させていただきました。ただ、初日の夜に体調を崩してしまって。三日目からは大丈夫だったのですけれど、クラスメイトの皆さんと先生方にはご迷惑をおかけしてしまいました」


 思い出されたように、弥生先輩がしゅんとされる。


「あー、その、すみません。そんなつもりがあって聞いたわけでは……」


 どんなつもりだ。

 僕はすぐに頭を下げた。

 それにしても、日陽先輩はこんな調子で本当に大丈夫なのだろうか。僕がすることではまったくないと思うけれど、奏先輩にしっかり日陽先輩のことを頼んでおいたほうが良いのだろうか。同じクラスだし。

 いやいや、僕は日陽先輩のお母さんというわけではないんだから。というか、高校生にもなって、第三者がそんなことをする必要はまったくないだろう。余計すぎるお世話というやつだ。


「お土産は期待していてちょうだいね。なにがいいかしら。やっぱり、長崎カステラは外せないわよね。それとも、丸ぼうろかしら。いきなり団子とか、あっ、でも、お団子は日持ちしなさそうね。それとも――」


「それは日陽先輩が食べたいだけなのでは?」


 いや、せっかくくれるというお土産に文句なんてないわけだけれど。


「なに? あっ、もしかして空楽くんは明太子とか、辛子蓮根とかのほうがよかった?」


「いや、そういうことではなくてですね。せっかくの修学旅行なんですから、御自分のために楽しんできてください。僕はどうせ来年行くでしょうから」


 たしかに、お土産を貰えるのは嬉しい。

 しかし、言ってしまえば、味気ないというか、情緒が無いかもしれないけれど、今どき、通販で日本全国、大抵どこのものでも手に入れられるのだ。

 どうしてもということはないし、日陽先輩がそうしたいというのであれば止めたりなんてしないけれど、わざわざ……いや、とにかく、こちらのことは気にせず、楽しんでもらいたい。

 べつに、イタリアだとか、フランスだとかに行くわけでもないのだから。

 もっとも、本当にイタリアやら、フランスやらに行くと言われても、そちらのことなんてよりわからないわけなので、土産がどうこうという話をされても答えられないのだけれど。まさか、ピザとかケーキを、などというわけにはゆかないだろうし。

 

「それに、僕は日陽先輩に修学旅行の思い出とか、感想とか、そういうことを聞かせてもらえれば、それで十分ですから」


 ライトノベルでも、同級生がヒロインの場合、修学旅行というのは外せないイベントだろう。

 他のクラスメイトとか先生に気付かれないように布団の中に匿ったとか、男女の浴場を間違えたとか、そういう、現実には起こりそうもない、というより、ほぼ確実に起こらないだろうイベントが発生するものだ。

 でも、事実は小説より奇なりというし、もしかしたら、こう、なんというか、思いもよらない、画的に面白いハプニングが起こらないとも限らない。

 そういったことを話として聞くことができれば、あるいは、特別すごいハプニング、イベントなど起こらなくても、どういう感じだったのかを聞くことができるのであれば、つまり、サンプルが増えるのであれば、僕的には満足だ。

 あとは、月並みなことを言わせてもらうのであれば、無事に行って帰ってきてほしいとか。


「わかったわ。文学部部長として、空楽くんの創作の糧になるような体験をしてくるわね。ああ、勘違いしないでね。これは、私がより面白い作品を読むために、ネタの提供のためにするのであって、空楽くんのためというだけではないんですからね。心配はご無用よ」


 日陽先輩はツンデレヒロインっぽい口調で宣った。


「日陽先輩が楽しんできてくれたのなら、それがなによりのことですよ」


「……なんだか空楽くん、いえ、なんでもないわ」


 お母さんっぽいとでも言おうとしたのだろうか。

 

「じゃあ、私は目一杯楽しんでくることにするから、その間、文芸部をよろしくね」


 それほど張り切る必要もないだろうけれど、僕と弥生先輩は、揃って了承を返した。



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