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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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デートの取材、という名目 10

 ◇ ◇ ◇



「空楽くん。取材に行きましょう」


 週末の帰り際、日陽先輩がそんなことを言い出した。

 取材か。

 先週もデートの感覚を掴むためにと出かけたりもしたけれど。


「構いませんよ。どこなんですか?」


 一応、鞄を持ちつつ立ち上がれば。


「ごめんなさい。今日、今からすぐにというわけではないの」


「そうなんですか」


 日陽先輩が出かけたいのは週末、もちろん、土曜日は学校で授業があるため、日曜日のことだ。

 誘ってもらえるのは光栄だけれど。


「それで、どこへ行く予定なんですか?」


 質問に答えてもらっていないため、再度、問いかける。

 取材に行く、と言い切ったからには、日陽先輩的には、どこへ行くかの候補は絞り込まれているということなのだろう。

 ただし、高校生の財布的には、あまり高いお店には入りにくい。あとは、あまりにも遠い場所とか。

 日陽先輩の金銭感覚がずれていなければ大丈夫だとは思うけれど。


「駅のすぐ近くに『ミニヨン』ってケーキ屋さん兼喫茶店があるでしょう。今度の土日、創業記念フェアがあるの」


「なるほどです。わかりました、と言いたいところなのですが、その前にひとつ、確認したいことが。それって、昼過ぎから行くのでも大丈夫な感じの催しですか?」


 土曜日は、言わずもがな、午前中は学院での授業があるし、催事というのなら早目にゆく必要がある、というか、早目にいかないと、目当ての商品が売り切れてしまう可能性も高いのではないだろうか。まあ、土曜日に行くつもりでないのなら、関係ない話ではあるけれど。


「店内は結構広いし、お持ち帰りも大丈夫なところだから心配はいらないと思うわ」


 この詳しさからするに、日陽先輩は常連なのかもしれない。

 まあ、それにしては、日陽先輩には肉がついていないように見えるけれど。不要なところにも、必要なところにも。


「私の暮らしているアパートも近いのだけれど、せっかくだし、店内でのお客さんの様子とか、内装の感じとかをしっかり観察するためにも、中でいただくことに意味があると思うわ、きっと」


「わかりました」


 そんなに心配しなくても、日陽先輩みたいに可愛い女の子にお茶に誘われたのなら、ついて行く以外の選択肢は取れないだろう。

 

「ありがとう、空楽くん。当日は少しづつシェアして食べましょうね」


 なるほど。 

 そういう狙いもあったのか。まあ、説明を受けていたら行かなかったのかと聞かれたら、もちろん、答えは変わらないと答えるところではあるけれど。

 なにはともあれ、楽しみだな。



 日曜日。

 この前のデートの演習と同じ、駅前の広場で待ち合わせた。

 ここは地元だし、件の『ミニヨン』の場所は、僕も当然知っているのだけれど、やはり、デートといえば、待ち合わせだろう。

 

「空楽くん。ここよ」


 男のほうが遅れるのは格好悪いと、結構早くに家を出たつもりだったのだけれど、僕が極浦学園駅に着いた時には、すでに日陽先輩は待っていて、僕のことを見つけて大きく手を振ってきた。

 長袖のワイシャツに、腰回りのゆったりしていそうなフレアのスカートを合わせている。

 なるほど、本気だ。

 加えて、朝は苦手だという風に言っていたのにも関わらず、休日のこんな時間に外に出てきていることからも、その気合いの入りようが窺える。

 

「ケーキはバイキングなの。聞き忘れていたのだけれど、空楽くんはケーキ、というか、甘いものは大丈夫よね? 武術を習っているんでしょう?」


「大丈夫だと思いますよ。食事に制約がある感じの流派でもないですし」


 どちらかと言えば、妹を説得するほうが難しかった。

 まだ小学生なのだから、バイキングといったって、そんなに食べられないだろうし、となんとか説得したのだけれど、納得してもらうのに結構な手間を要した。

 結局、デートだということで説得に加わってくれた母さんのおかげもあって、こうして一人で出てこられたわけだけれど。まあ、これも演習とはいえ、デートはデート。完全に嘘というわけでもない。

 

「じゃあ、行きましょう。お店が開くのは十時からだけれど、早くにいて並んでおかないと」


 現在の時刻は八時半。

 どう考えても十分に間に合うだろう時間だと思うけれど。

 限定販売というわけでもないのだし。

 と思って、その『ミニヨン』についてみれば、すでに店の前には、若干数とはいえ、行列ができていた。

 僕は思わず、時間を再確認してしまう。

 変わらず、午前八時半過ぎ。

 まだ一時間半前だぞ。

 今は春だからいいとはいえ、これが夏場の暑い日や冬場の寒い時期でも、この人たちは同じように並ぶのだろうか。並ぶんだろうな。そういうものだ。好きなことに夢中になるということは。


「あの、日陽先輩。確認したいのですけれど、なにか、限定販売があるとか、そういうことなんですか?」


「いいえ? 違うわよ。たしかに、創業記念の特別ケーキはあるみたいだけれど、別に数に限りがあるとも書かれていなかったし」


 そして、バイキングをうたっているからには、追加もその内されることだろう。

 おそらく、客ごとの滞在時間も決められていることだろうし。

 にもかかわらず、この混雑は。


「女性は並ぶのが好きなんですか?」


「空楽くんだって、新刊の発売日には、売り切れる心配はほとんどないとわかっていても、書店に朝早くから並びたいと思ったり、あるいは、実際に並ぶでしょう。それと似たようなものよ」


 そうだろうか。

 ケーキの種類なんて、後からのほうがたくさん出てくるものでは? 時間で決められているのなら、後からのほうがたくさんの種類が置いてあるのではないかとも考えられる。

 でも、おそらく、どちらにも並んだことがあるのだろう、日陽先輩が言うのだから、それはそのとおりなのだろう。

 それに、追加されることはわかっていても、早めに入りたいという気持ちはわかる。

 そんなことはないとわかっていても、ついつい、材料がなくなって売り切れになってしまうのではないか、なんてことを考えてもしまうものだ。 


「それに、席の位置取りも重要よ。空いていれば、お好きな席にどうぞ、となるでしょうけれど、混んでくれば、ケーキから遠い席しか座れなくなるわ。やっぱり、近いところのほうがお得ですもの」


「そういうものですか」


「空楽くんだって、好きな作家さんのサイン会でも開かれると聞いたなら、数には十分なご用意がありますと言われていても、早めに行って、先頭のほうに並びたいと思うでしょう?」


 なるほど。

 たしかに、それはそうだな。


「同じことよ。それで、空楽くんはどんなケーキが好きなの?」


「両親には好き嫌いするなと育てられましたけれど。どれでも、それなりには好きですよ。日陽先輩はお目当てのものでもあるんですか?」


 尋ねれば、日陽先輩は待っていましたとばかりに、楽しそうに微笑んで、お店のページを開いたスマホを見せつけてくる。


「このイチジクのタルトなんて素敵だと思うの。ああ、でも、こっちのショコラ系のケーキも捨てがたいわよね。ショートケーキはもちろん定番だし。でも、この限定の木の実のケーキも気になるのよね」


 それからそれから、と日陽先輩のケーキ語りは留まるところを知らなかった。

 端から端まですべてを挙げただろうところで。


「要するに、全部気になるということですよね?」


「そうなの。だから、空楽くんが付き合ってくれて嬉しかったわ。これなら、ふたりでシェアすれば全種類食べられそうね?」


 僕は耳を疑った。


「日陽先輩? 今、全種類と言いましたか?」


 聞き間違いだよね? 

 聞き間違いであってくれというかすかな願望も込めたその質問は。


「大丈夫よ。ふたりでシェアし合えば、実質半分みたいなものよ」


 そう、とてもいい笑顔を浮かべる日陽先輩に、僕は言葉を返すことは憚られた。

 

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