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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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引っ込み思案のアーティスト 3

「取り付く島もないという感じでしたね……」


 部室に戻りながら弥生先輩が呟く。

 話したくない、という感じでもなかったので、本当に氷彩さんにとっては、失礼かもしれないけれど、あの程度の思い入れしかない作品だったということなのだろう。

 それなら、いったい、氷彩さんはどんな作品を目指しているというのだろう。あんな、美術の教科書にでも採用されそうな絵を描きながら満足できないとは。

 いや、僕だって創作家の端くれ(本当に端の端だけれど)なので、どんな作品を残しても自分で納得できないという気持ちは、わからないでもない。

 しかし、氷彩さんの作品はそういうレベルではなかったと思うけれど。


「注目されるのが苦手な方だったのでしょうか……?」


 それなら、掲示自体を辞退するのではないだろうか。

 おそらく、美術の先生が選んで飾っているのだろうけれど、拒否すれば取り下げてももらえるのではないかと思う。

 一応、確認のために、職員室で美術の大橋先生に尋ねてみた。


「どうしたの? っていうか、きみたち三人って、どういう組み合わせ?」


「同じ文芸部員ということですけれど、それより、お伺いしたいことがあるのですが」


「へー、文芸部に入ってたんだ。なるほど、両手に花ってわけだ」


 いや、僕が文芸部に入ったときには日陽先輩しか部員はいなかったのだから、それを狙っていたわけではない。

 いや、日陽先輩だって女子生徒――花には違いないけれど、目的は違うし。

 

「冗談だよ、冗談。それで、聞きたいことって?」


「はい。その、階段の――校内に飾られている美術の作品の選定は先生がされているんですか?」


 校舎内で作品が掲示されているのは、一ヶ所ではない。

 たとえば、文芸部の外の掲示板にも作品が飾られていることはあるし。それは、どこの教室の外の壁でも同じだ。

 

「そうだよ。美術の教師はあたししかいないし。どうしたの、気になる作品でもあった?」


 鋭い……いや、こんなことを聞きにくれば、いずれかの作品が気になってのことだというのは推測できるのも当然か。普通、製作者が誰なのかということは気になっても、選定基準まで気にするような一般生徒はいないだろうから。

 

「はい。あの、踊り場の壁に掲示されている、九条氷彩さんの風景画が」


 そう答えると、大橋先生はふっとした笑みを浮かべた。


「あれ、すごいでしょ。美術専門じゃない子にもわかるくらいだもんねえ。華があるっていうか、オーラがあるよね。教師がこんなこと言ってたらいけないんだろうけどさ、才能の塊ってやつ? まあ、九条さんはゆっくり時間をかけて描くような頑張り屋さんだけれどね」


 ささっと描いてしまえるようなタイプではなくて、時間をかけて、丹念に仕上げるタイプらしい。

 コンテストとか、提出期間が決まっているようなものならともかく、基本的に部活の自主作成で、期限が決まっていないというのなら、自分の納得のできるものができるまで、時間をたっぷりかけても問題はないだろう。

 というより、時間に余裕があって、時間をかけて作品が良くなる、納得できるようになるのなら、絶対にそうするべきだ。納得のできないものを提出しても、結局後悔することになるだろうから。

 僕だって、いや、僕は、小説のコンテストに応募して、それがたとえそのときの自分にできる最高傑作だったとしても、後悔はないにしろ、悔しがりはするけれども。


「まあ、あたしから言えることがあるとすれば、もっと自信を持ってとか、自分の作品を好きになれるように描いてほしいんだけどね。そうすればきっと、もっと心にくるものを創ってくれるだろうからさ」


 少し話しただけだけれど、たしかに卑屈……とまではゆかないにしろ、自信なさげだなあとは思った。


「あたしも不思議なんだけどね。九条さん、小学校とか、中学校のころにも、市展とか、もっと上のとかに選ばれるくらいの絵を残しているんだよね」


 それは本当にすごいな。

 それらも同じく、選考基準は知らなかったけれど、僕も小学校、中学校の美術(小学校のときは図画工作だったけれど)の時間に、クラスメイトが描いた絵が市展に選ばれたという話は聞いたことがあった。

 それでも、年に一回、二回程度のことで、人数だって、せいぜい一桁だ。四捨五入すればなくなるくらいの。

 市内……に限らず、美術の時間が無いという中学校は無いはず(中学の学習指導要領に明記されていたはず)だから、それだけの人数の中から選抜されるだけの実力があるということになる。


「じゃあ、秋月。彼女、九条さんのことよろしくね」


 そう言って、大橋先生はくるりと椅子の向きを変えてしまう。


「はっ? いや、あの、よろしくってどういうことですか?」


「ん? 言葉どおりの意味だよ? 教師が関わり過ぎても軋轢生むかもしれないし、向こうは恐縮しちゃうかもしれないけど、同じ生徒の、同学年のきみが言うのなら、向こうもそれなりに安心できるでしょ。だから彼女に、素敵だ、とか、綺麗だ、とか、美しい、とか、耳元で囁いてあげてよ」


「絵の話ですよね? それに、耳元で囁く意味ってあります? ありませんよね?」


 人になにをやらせようとしているんだ、この教師。 

 というか、そういう、生徒に自信を持たせるのも、生徒ではなく、教師の仕事なのでは? 恐縮する、とか言ってるけど、むしろ自信になる場合のほうが多いのではないだろうか。

 僕だって、たとえば、館先生に褒められたら、浮かれそうにもなるだろうし。


「いや、ほら、あたしは教師だからさ、贔屓だとか、そういう風によからぬ噂を立てられると困るでしょう?」


 いや、贔屓って、アドバイスでそんなことを気にしていたら、授業でも先生に質問しに来られなくなるのでは?

 

「きっと、教師に言われるより、同学年の友達に言われるほうが嬉しいと思うよ。それに、秋月は美術とかあまり興味ないでしょ? そういう相手にも感動を与えられたんだって知ったら、きっと嬉しいと思うからさ」


 それはもう伝えてきたけれど。主に、日陽先輩が、だけれど。

 上手いことなんとなく言葉をこねくり回している感じはあったけれど、要するに、先生が面倒だというだけでは?

 まあ、教師は教師で、むしろ学生よりも忙しいのかもしれないし、向こうからなにも言ってこないのに、ちょっかい……世話を焼くのも違うと思っているのか。

 まあ、もう少しは九条さんと話してみたいとは思っていたけれど。

 職員室を出て。


「空楽くん。九条さんに頼んでみるのはどうかしら」


 日陽先輩が唐突にそんなことを言い出した。


「日陽先輩。主語が抜けていてなんの話かわかりません。そもそも、頼んでみる、のではなく、僕たちは頼まれた側では?」


 依頼を受諾したわけではないけれど、結果、同じことにはなりそうだった。

 しかし、日陽先輩の話は、今の大橋先生の話とは関係なくて。


「もちろん、挿絵の件よ。そうすれば、関わる口実にもなるでしょう。空楽くんの書く小説も、私たちはいいけれど、文化祭で配布するとなれば、きちんと製本する必要があるでしょう? そのとき、表紙とか、挿絵とか、そういうのがあったほうが手に取って貰いやすくなると思うの」


 イラストの重要性は僕も十分に理解している。

 しかし。


「それって、文化祭で出すと日陽先輩が言っていた同人誌のことですよね。美術部も文化祭では忙しいのではありませんか?」


 そのくらいなら、適当に、日陽先輩とか、弥生先輩のピンナップを表紙にしておけば売れると思うけれど……いや、やらないけれども。


「それに、挿絵や表紙、口絵を頼むというのなら、その前に僕たちが作品を完成させなければいけないでしょうし」


 普通、ライトノベルのイラストでも、表紙には登場人物の、ヒロインがくることが多いし、話がわからなければ、挿絵もへったくりもないだろう。


「それもそうね。じゃあ、とりあえず、文化祭までに作品は完成させましょう」


 そして、どうやらこのとき、日陽先輩は自分が二年生であるということをすっかり忘れていたようだった。


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