夏季休暇 38
夏休み期間中であっても、この間の合宿は特別として、文芸部の活動は部室で行われる。
弥生先輩は構わない、むしろぜひにと誘ってくれるけれど、毎度、藤堂家にお邪魔するわけにもゆかないし、日陽先輩のアパートや、秋月家でもたしかに問題はないのだけれど、なんとなく、部室に集まるのが習慣となっていて気合も入る。
いつも、自分の部屋でも書いているのだから、自室だと集中できないなどということはないけれど、部室のほうが広いし、うちだと紫乃の友達が遊びに来たりもするかもしれないし。
しかし、その日の僕たちは部室には集まらず、海浜公園の東口で待ち合わせをした。
太鼓や笛、祭囃子が響く、いつもよりも活気のある通りで、連司とふたり、女性陣の到着を待つ。
「空楽。おまえ、なんでメモ帳とペンを持ち歩いているんだ?」
女性陣を待つ間、僕は持ってきた小さめのノートとペンを取り出し、祭りの様子をメモにとっていたのだけれど、連司に不思議がられた。
「え? 文芸部ならこれって普通じゃないの?」
日陽先輩だって、常日頃から『紙とペンは私の命』を標榜し、散策のときにも持ち歩いているのを知っている。
まあ、そのわりには、日陽先輩が書いた小説を読んだことはないのだけれど。
どちらかといえば、日陽先輩は読むほうを主に活動としていて、部活で作品を書くのはいつもの五分間作文のときくらいだ。
あれはたしか、普段感じたことを書きましょう、と日陽先輩が始めたものだけれど、特に書くことを指定されているわけでもなく、僕も、日陽先輩も、弥生先輩も、好きなものを好きなように、自由に書いている。
その日の感想だったり、その日読んだ本の書評だったり、あるいはショートストーリーだったりと、様々だ。
ともかく。
「それって、スマホで写真撮るんじゃだめなのか?」
「うーん、風景描写の参考になるという意味では悪くないと思うけれど、僕は漫画家じゃないからね。漫画家の人はよく、資料用とかって撮影用のカメラを持ち歩いているらしいけれど。あっ、べつにライトノベル作家がそういうことをしていないというのではなくて、そう、表現力の訓練、みたいな?」
あと、バッテリーとかもったいないし。
「ふーん。まあ、肖像権とか、下手に訴えられるかもしれないしな」
連司は誤魔化していた(と思う)けれど、先の縁子ちゃんの巻き込まれた事件が関係しているのだろう。
すでに解決したことだし、無理に掘り起こしたりはしないけれど。
夏祭りといえば、夜のほうが活発という勝手なイメージがあるけれど、この町の夏祭りは昼から……朝から開催されていて、時間帯に関係なく、盛り上がっている。
多分、夜のほうが活気があるというのは、花火大会とごっちゃになっているからだろうな。海岸で行われる花火大会は、もちろん夜に行われ、人出もかなり多い。わざわざ、別の市から見に来る人もいるくらいだ。
昼食をまだ食べていない僕の鼻孔を、たこ焼きとか、焼きそばとか、クレープとか、おいしそうな匂いがくすぐる。
「空楽くん、さ……連司くん」
お待たせ、と宣言どおり、素敵な浴衣を纏って女子組が登場する。
日陽先輩は黒地に白い花の模様が浮かぶ浴衣を水色の帯で止めていて、髪はポニーテールにまとめている。
弥生先輩は白地に青い――あれは朝顔だろうか――花柄のものを、赤い帯で止め、髪はきれいに結い上げて、飾りのついた簪を差し込んでいた。
紫乃はピンクの、縁子ちゃんは青い、それぞれ小学生サイズだろう浴衣を着ていて。
「皆さん、よくお似合いですよ」
なんというか、華があるというか。
「ありがとう、空楽くん。それじゃあ、行きましょう」
日陽先輩はさっそく、手にした巾着を振り回しそうな勢いで(実際にはそんなことはしなかったけれど)近くのたこ焼きの屋台に突撃した。紫乃も続き、紫乃に手を取られた縁子ちゃんも、走ると危ないわよ、なんて言いながら、ついて行っている。
「なあ、空楽。着物を着るときには下着をつけないって聞くけど――」
「それ、昔は下着なんてものがなかったからつけていなかったというだけで、現代ではそんなことはないらしいよ」
詳しくは知らないけれど。
線が出て、あまり見た目がよくないから、という話を聞いたことはあるけれど……いや、考えるのは止めよう。変な視線を(決して邪な意味ではなく)送ってしまいそうになる。
「どうかしましたか、空楽さん」
ぼうっとしていたからだろうか、弥生先輩が心配そうに覗き込んでくる。
もちろん、女性に話すことのできる内容ではない。
「い、いえ、少し考え事を。先輩たちの素敵な浴衣姿を見られて、これは小説を書く際にも描写の参考になるなあと。女性の衣装を見られる機会はあまりないですからね」
学園では普段制服姿だし、休みのときには活動しないし。基本的に、文芸部、というより、学校の先輩の私服姿というのは見られる機会が少ない。そういう意味では、合宿のときの体験は貴重だった。
「ふふっ。そういうことでしたら、もっとじっくりご覧になられたらいかがですか?」
弥生先輩がふんわりとした笑みを浮かべられる。
いや、じっくりと言われても……本人が言っているのだから構わないのかもいしれないけれど、下手したら変態だし。
僕はスマホで時間を確認しつつ。
「皆さん浴衣で、下駄ですし、そろそろステージのほうへ向かっておきませんか?」
追いついた日陽先輩の手には、すでにりんご飴と綿菓子とかき氷とチョコバナナが握られていて……って、持ち方すごいな。
「……ひとつづつにされたらどうですか、日陽先輩」
「だって、売り切れちゃうかもしれないじゃない。戻ってくるのも大変だし」
いや、こんな時間帯から売り切れはないだろう。
まあ、買うのも、持ち歩くのも、食べるのも日陽先輩だし、個人の勝手なのだけれど。
「あー、おいしいわ。お店で食べる、綺麗に盛り付けのされたスウィーツも大好きだけれど、どうして、こう、屋台の食べ物って特別おいしく感じられるのかしら。今日はそれほどカラッカラにお天気というわけでもないし、溶けてこないのも幸いね」
そんな風に幸せそうに頬張る日陽先輩は、見ているだけでも面白……あ、いや、大変、目の保養になるので、どうでもいいかという気になる。
しかし、本当に、日陽先輩ってどうやってカロリーを消費しているのだろう。まさか、散策だけではないだろうし、あまり太らない体質とかなのかな? 女性に聞ける話ではないので、黙っているけれど。
僕は買い食いをしたりはしなかったけれど、金魚すくい(関係ないけれど、これって『金魚掬い』なのか、それとも『金魚救い』なのか)で勝負(もちろん、最後にすべて放流した)をしたり、日陽先輩は型抜きに二回も挑戦していたけれど、二回ともすぐに割ってしまって、悔しがったりもしていた。ちなみに、弥生先輩はとてもお上手だった。
だんだんとステージのほうへ近づくにつれて、お客さんの入りも多くなる、などということもなく、昼間だからか、それなりに人もまばらな間を通り抜け、ステージ前の座席、最前列に僕たちは並んで腰を下ろす。手にはそれぞれ、ラムネやウーロン茶、オレンジジュースなんかを持ちつつ。
「沖田さんたちの出番はいつ頃だったっけ?」
「プログラム、前に貼ってあるよ、ほら」
近くということもあり、極浦学園の生徒もちらほら見に来ている様子だった。クラスメイトだったりするのだろうか。それとも、純粋に『昼休みデザートプリン』のファンだからとか?
さすがに屋台では売っていなかったし、プリンを手にしている、なんてことはなかったけれど。




