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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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夏季休暇 29

「師匠、空楽が女連れ込んでます」


「今日の組手は奴とやらせてもらっていいですか? 随分浮ついてるみたいなんで、埋めとかないと」


「事故として処理してもらえば、ここに迷惑はかけないんで」


 安全だと思って連れてきた場所はよっぽど無法地帯だった。

 奏先輩の名誉のためにも、それから自分の命を守るためにも、僕は慌てて弁解する。


「いやいや、彼女とかではないですから。高校の先輩です。さっき偶然会って、変な人たちに追い回されそうだったから、成り行き上、仕方なくというか」


 さっきはここにしか連れてこられなかったけれど、詳しく話して巻き込みたくはないし。

 いや、でも師匠は警察にも顔が利くみたいだから、いっそ話してしまったほうが?


「おい、空楽。それって、昨日のやつらじゃねえだろうな?」


 連司にはすぐに気付かれてしまった。

 いわば、当事者みたいなものだから、ある意味、当然かもしれないけれど。


「いや、昨日の人とは別人だったよ。目的は同じかもしれないけど」


 そして、連司には話さないわけにもゆかない。縁子ちゃんの兄なのだから。

 となると必然、他の門下生にも話をするということになるわけで。


「――というわけでして。一応、昨日の時点で警察に連絡はしてあるのですが」


 連司にも話して構わないかどうかの確認を取ってから、昨日の件を含めて、現状を伝える。

 今この場に縁子ちゃん本人はいないけれど、連司の妹ということで、皆、顔なじみではある。


「ほう。つまり、おまえはここ数日、美人の先輩二人と、妹と、妹の友人の美少女と一緒にひとつ屋根の下でイチャコラしていたってわけだな」


「そんなやつは狙われて当然だな」


「つうか、なんだそれ、羨ましいな、代われ」


 部活だって言っているのに。

 しかし、それを指摘しても火に油を注ぐ結果にしかならなさそうだったので、もはや黙ってやり過ごすことに決めた。


「まあ、でもそういうことならな」


「とりあえず今いるのは十二人か」


「三人、いや、四人づつってところか」


 なんだか急に僕を置いて話がまとまってしまい、立ち上がった皆は、揃って外へと向かう。


「おい、空楽。いつまでぼうっとしてんだ。いいからさっさと人相起こせよ」


「ああ、沖田さんはこちらでお待ちください」


「おまえ、なに格好つけてんの? きもいぞ」


「えっ? ちょっと、なに? どうしたの?」


 突然のことに僕が混乱していると、皆はさも当然のような顔をして。


「なにって、決まってんだろ。空楽や連司の妹が巻き込まれたってんなら、身内だろうが」


「さっさとそいつらしばきに行くぞ。俺は、見て見ぬふりはしねえ主義だ」


 まさか、一戦交えに行くつもり?

 ここへ奏先輩を連れてきた時点で、手を借りたい気持ちがまったくなかったと言えば嘘になるけれど。


「なに朝から騒いでんのよ。ただでさえむさくるしいんだから、もう少し静かにしてよね」


 謎の熱気に満ちた野郎どもの闘志に水を掛けたのは、そんな声だった。


「おはようございま……って、うおっ!」


 声のしたほうを向いた一人から、そんな驚きの声が上がる。

 声の人物はよく知る相手だったので、僕も挨拶をするべく振り向いて、同じように固まった。


「ん? なに、どうしたの、皆、固まっちゃって」


 長い黒髪をポニーテールにまとめ上げ、Tシャツにホットパンツ、肩からはタオルを下げているスタイルの良い美人は、神楽坂舞さん。

 師匠のひとり娘であり、この道場の門下生であり、すでに成人した社会人であり、加えて腕も立つ、いろいろと頭の上がらない相手だ。


「舞。お父さんたちはちょっと出てくるから、道場のほうでお客人の相手をしていてくれ」


「客人? こんなに朝早くから? しかも、私に相手をさせるなんて珍しいね。門下生希望の子じゃないんだ。まあ、少しならいいけど」


 舞さんは、いってらっしゃーい、と手をピラピラ振り、奏先輩のいる道場のほうへと歩いてゆかれた。

 舞さんがついていてくれるなら、ここの安全は保障されているようなものだ。僕が連れてきたのに、初めての場所に置き去りにしてしまうことに、若干の心苦しさはあるけれど。

 僕は絵心なんてほとんどないけれど、なんとか思い浮かべつつ、持ってきてくれた紙に鉛筆で人相書きを作成する。こんなことなら、写真を撮っておけばよかった。しかし、こんな大ごとになるとは思わなかったし、そんな余裕もなかった。今さら言っても仕方ない。

 はっきり言って、見ながら描いたわけでもなく、当たり前だけれど、絵は下手糞だったので、メモとして、服装とか、髪型とか、特徴を明記しておいた。まあ、あとは、接敵した際に、スマホのビデオ通話でもして確認させてもらえれば、判別はできるだろう。 

 全員が僕の絵を写真に収めるという、なんとなく、黒歴史を保存されたようで後悔はあるけれど、縁子ちゃんや紫乃の安全には代えられない。後で、全員ぶっ飛ばして、ロックを聞き出し、写真は消去することにしよう、そうしよう。

 僕は連司と、それからもうひとり、先輩と一緒に行動する。


「しかし、空楽。あてはあるのか?」


 歩きながら、連司に尋ねられる。

 そう言われても、捜索しようと言い出したのは僕ではないし。むしろ、先輩たちはどういう心づもりでいたのか、こっちが聞きたいくらいだ。

 探し出す算段はついているのだろうか。

 

「あてなんてないけど、あれからまだ、それほど時間も経ってないし、向こうは僕たちのことを探している最中だと思うんだよね」


 とりあえず、思いついた意見を出しておく。

 あれだけ執念深い連中だ。せっかく見つけた相手を、そう簡単に諦めてしまうこともないだろう。


「こうして歩いているだけで、向こうから見つけてくれると?」


「はい。もしくは、可能性としては、連司の家のほうですね。昨日、やり合ったのはそこですから」


 ならば、縁子ちゃんが今日もあそこにいるだろう、あるいは、あそこが家だろうとあたりをつけて、張り込みをしていてもおかしくはないはずだ。


「連司は朝とか、家出たときに、見かけたりしなかった? あとは、つけられている気配とか」


「いや……悪い。注意して見てなかった」


 相手だって、広い街中で、僕たちを見失ったというのなら、探すにしても基準があるはずだ。

 見失った場所(つまりこの近辺)とか、昨日僕たちとやり合ったところとか、というか、そのくらいしか、相手側が僕たちを探す指標のようなものはないはずだ。

 指標もなく、ただやみくもに探し回るなんて、そんな効率の悪いことを……まあ、すくなくともこの街の中にはいるだろうとは考えられているはずなので、人海戦術的にというか、広範囲に索敵している可能性はないとは言えないけれど。


「で? 見つけたら、とりあえずボコして、奴らの頭の居場所を聞き出せばいいのか?」


 先輩は首を捻り、指を鳴らす。


「まあ、それで解決するなら、それで構いませんけれど」


 ラノベや漫画みたいに、奥歯に毒でも仕込んでいて、捕らえられた瞬間、自決されるということもないだろうからな。

 

「まあ、あんまりやり過ぎると、正当防衛を越えて、過剰防衛にもとられるんで、先に手を出させるくらいはしたほうがいいかもな。けど、相手は武器持ってるかもしれないんだよな。そういう場合って、どうなるんだっけ?」


 先輩に尋ねられるけれど、そのあたりの憲法、じゃなかった、刑法だっけ? 条文とか、詳しくはないんだよなあ。

 

「まあ、考えてもわからないっすよ。臨機応変にいきましょう……って、噂をすればなんとやら、だな」


 連司の視線を辿らずとも、僕たちは前を向いていたので、相手の姿はすでに視界に捉えていた。


 



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