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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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夏季休暇 22

 海浜公園、かな。

 人間観察というと聞こえが悪いだろうけれど、結局、人との絡みを書こうと思ったら、その人のことをよく知る必要があるし。

 自転車に乗っているとすぐにメモが取れないため、移動は当然徒歩になる。

 風に乗って運ばれてくる、海ではしゃぐ子供たちの声や、踏切が降りたり、電車が通過してゆく音、中学校の部活の声を聴きながら海浜公園へ向かう。

 道場へは朝、顔を出したし、今はいいかな。メモ帳は持っているけれど、原稿そのものを持っているわけではないから、中学校にも用事はない。

 踏切を越え、奏先輩の家や、佐伯家を確認しつつ、手入れのされた花壇が並び、きらきらとした木漏れ日の差し込む、公園の遊歩道的なところを歩いてゆけば、ジョギング中の男性や、犬の散歩中の親子とすれ違い、グラウンドでは土煙を舞わせながらどこぞのサッカークラブ(この辺りのサッカークラブと言ったら、小学校のものしかないだろうけれど)が練習している光景なんかが目に入ってくる。

 当たり前だけれど、通り魔殺人が起こっていたり、ひったくりや修羅場に遭遇できたりはしない。好んで遭遇しようと思っているわけでもないけれども。

 いや、遭遇したくないというのは、そういう事件が起こって不幸になる人を望んでいるということでは決してなく、世界が平和であればいいとか、そんなのんきな感じの、あるいは危機感の足りていない発言ではあるのだけれど、などと、誰に聞かせるわけでもなく言い訳などしてしまう。

 傍から見れば、黙って首を振る僕のほうこそ、不審者に見えていてもおかしくはなかっただろう。実際、すれ違った散歩中らしい女性がびくりと肩を震わせ、不審者を見るような目で一瞥をくれながら、僕のことを避けて歩いて行く。

 そういえば、漫画家の人たちなんかは資料用だとかってこうして出歩くときには写真を撮るらしいけれど、僕も撮ってみたらいいのかな。

 正直、見て絵に起こす必要がないのであれば、なんの変哲もない――というと失礼かもしれないけれど、この光景を写真に収める必要はないように思っているけれども。いまさら写真を見るまでもなく、生まれたときから、もうなんど遊びに来たかわからない公園だし。

 まあ、遊具が多少変更されていたりはするけれど、大まかな位置取りとか、そういうものが極端に変更されているということでもないわけで、基本的には記憶に残っている。

 だから、人間観察からの勝手な推測という、日陽先輩ともよくやるゲームみたいなことを、ひとり、頭の中でやりながら歩いていると。


「――空楽さん」


 名前を呼ばれた直後に、誰かが腰に抱き着いてきた。

 いや、誰かとかではなく、声を聴いた瞬間にわかってはいたけれど。


「ど、どうしたの、縁子ちゃん」


 じゃれついてくるような雰囲気でもなく、もっと、切羽の詰まった感じで僕の背中でシャツを握り締めてくる。

 大分息も切れているし、なにかから逃げてきているという感じだけれど。


「一緒にいた紫乃は?」


 とりあえず、最初に確認する。

 この散策で、紫乃と縁子ちゃんは一緒に行動していたはず。いや、中学校のあるほうへ向かった以降は知らないけれど。


「紫乃は、先に藤堂家へ。あそこが一番、知り合いに遭遇できる可能性が高かったですから」


 そういう理由なら、この公園に来たのはリスクが高過ぎるのでは?

 たまたま、僕がいたから良かったようなものの、いなかったらどうする……って、そうか、スマホの位置検索で僕がここにいることはわかっていたのか、と僕は縁子ちゃんの手から伝わってくる堅い物の感触を確かめる。


「いったい、なにが――」


「まだこの公園内にいるはずです。くまなく探しなさい」


 公園の垣根を挟んで、すぐ外の道路側からそんな声が聞こえてきて、僕に密着している縁子ちゃんの身体が硬くなる。

 いったい、なにをした、いや、なにがあったというのだろう。


「とりあえず、そこの草むらの陰に隠れていて。絶対、出てきたり、顔を出したりしないで」


 本当は土足厳禁だけれど(実際そういう看板も立っている)非常事態みたいだし、そんなことを気にしてはいられない。

 縁子ちゃんが乗り越えて、しゃがみ、身体が完全に隠れていることを確認すると、僕は目の前のベンチに腰を下ろして、スマホを手にした。

 それからすぐ、いかにも堅気の人間ではなさそうな人たちが、まさしく突入といった雰囲気で駆けこんできて。

 

「おい、そこのガキ」


 落ち着け、平常心だ、素数を数えろ。

 まあ、九九を越えたくらいになると、わからなくなるから、それで落ち着けるのは理数系の人間というか、そもそも、素数を数えるとか、余計に頭がこんがらがるだけのでは、なんて、文系の僕としては考えるのだけれど。

 武術を習っていてよかった。心と体を落ち着かせる方法はよく習っている。


「えっと、なんでしょうか?」


 あまり落ち着き過ぎていても、不信感を煽るか? 

 しかし、いまさら態度を変えることはできないし、実際、混乱はしているけれど、動揺はしていないというか。


「このへんでガキ見ただろ?」


 そりゃあ、公園だし、すぐそこでもフリスビーを飛ばしたりなどして遊んでいる様子ですが、なんて答えたらすぐに腰の物が飛んできたりするのかな。

 

「はあ、まあ。僕もガキですし、そもそも公園ですから、休憩していればそれはたくさんすれ違いますけれども」


 とりあえず、なにかとすぐに行動しやすくていいかと思い、立ち上がる。

 

「ナメんのもいい加減にしとけよ?」


 凄みを利かせてくる。

 実際、背後の草むらに縁子ちゃんが隠れていなければ、取り乱していたに違いない。


「そう言われましても……」


 見当はついているけれども、そんなことはおくびにも出さないように気をつけつつ。


「えっと、どのような……」


「聞かれたことにだけさっさ答えんかい!」


 平手が飛んでくる。

 まあ、ここで大人しく殴られていれば良かったのだろうけれど、日頃の鍛錬の成果というか、人間――生物としての本能というか、勝手に身体は動いてしまい、わずかに上体を逸らしつつ、その手を躱してしまった。

 勢いをつけていたその手が空振りに終わり、男はバランスを崩しそうになるので、慌て……ることもなく、丁寧に手を添えて支える。


「大丈夫ですか?」


「ああ、ありがとうな……って違うわ、ボケ!」


 胸倉を掴まれる。さすがに今度は躱さなかった。

 やめて! 心臓の上に手を当てられたら、鼓動の高鳴りがばれちゃう、なんて、今どき少女漫画でも使われないようなセリフが思い浮かんできて、案外余裕あるんだなあ、と思っていると、もうひとりの、後ろに立っていたスーツ姿の男が小さく忍び笑いを漏らした。


「おい、放してやれ」


「で、ですが……へい、兄貴」


 解放された僕は、襟元を正す。気にはなるけれど、ここで振り返るわけにはゆかない。


「おまえ、ガキのくせに、大した胆力だな」


 獲物を狙う猛獣のような目つきで睨まれる。


「は、はあ。ありがとうございます」


 胆力なんてありません、取り繕っているだけです、とは言えず、曖昧に引きつったような笑みを浮かべておく。


「それで、その子がどうかしたんですか?」


 と、聞いてしまったのがまずかったのか、その男は手を入れたままのポケットをこちらへ向けてくる。

 あの膨らみ方、まさか、拳銃でも入っているんじゃないだろうな。いや、本物を見たことがあるはずもないから、こう、漫画とか、ラノベとかのシーンからの想像だけれど。


「ふっ。命は大事にしときな。行くぞ」


 ふたり組が過ぎ去ってしばらく、ようやく僕は長い溜息をつきながらベンチに腰をおろした。

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