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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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夏季休暇 16

 数十分後。


「……はぁ……はぁ」


 浜に敷いたシートの上で、女の子たちは横になり、息を荒げていた。

 薄い胸の上にかけられたタオルが上下して、呼吸の速さを伝えてくる。

 それなりに激しい運動だったから無理もないけれど。

 鬼ごっこを終え、すぐに藤堂家まで戻ることのできるだけの体力は残っていなかったようで、しばしの休息をとっていた。


「お疲れ様」


 僕は皆の頭の上でしゃがんで、自分のタオルを扇いで風を送る。

 手加減はしなかった。というより、海水の中で動き続けるのだから、僕のほうにも手加減なんてできるほどの余裕はなく、つまり、大人げなく、体力に任せて泳いで逃げ回り続け、結局、一度も捕まることも、タッチされることもなかった。

 

「弥生先輩もお疲れ様です。しばらく休んでいてください」


 僕は持ってきた荷物の中から水筒を取り出し、人数分のコップに麦茶を注ぐ。

 多少なりとも海水でべたついた口の中に染み入る水分が心地いい。

 

「……はぁ……はぁ。捕まえるのは無理でも、タッチすらできないなんて」


「……お兄ちゃん、真剣過ぎたよね」


 縁子ちゃんと紫乃が悔しがるように、額の上に腕をし。乗せる。

 真剣過ぎたって……真面目にやらなければ、それはそれで、真面目にやってと怒っただろうに。

 プライド的にも負けるわけにはゆかなかったし。

 

「……私たちは何度も触られたのに、すごいです」


 誤解を招かれるような弥生先輩の言いようだけれど、基本的に、僕は腕の側面と背中ぐらいにしか触れていない。それも、軽く押す(正確には受け流す)程度だ。

 それに、そんなに驚かれるようなことでも、感心されるようなことでもなく、たしかに水中ではあったし、人数差もあったけれど、体力勝負で高校生男子が小学生女子に負けるようでは立つ瀬がない。

 僕は文芸部で文化系部だけれど、毎日武術の道場に通って修行をつけてもらっている身でもあるわけだし。

 皆が起き上がり、コップに口をつけられるくらいには回復したところで。

 

「時間的にはそろそろ、日陽先輩のほうも昼食の準備を終えているころだと思いますが、動けそうですか?」


 太陽も真上に来ているし、そろそろ、正午を過ぎる頃だろう。

 日陽先輩の料理の腕を疑うわけではないし、さすがにこれだけの時間があれば、料理が完成していないということもないだろう。


「あっ。秋月と佐伯じゃん」


 ぼちぼち戻り始めようかとしていたところで、横からそんな声がかけられた。

 この場に秋月はふたりいるけれど、佐伯と並べられるのは、この場合、紫乃のほうだろう。連司がこの場にいるわけではないのだし。

 とはいえ、一応、そちらを振り返ってみれば、五、六人の、小学生くらいにみえる男の子たちが、やはり水着姿で一緒にいるところだった。

 海で遊ぶのにお金はかからないし、涼もとれるし、身体も適度に動かせるしと、この地域、その年頃の男の子的には、夏の定番スポットと化している節がある。かくいう僕も小学生のころ、つまり部活がまだなくて、道場もないときには、よく連司とかと遊びに来たりもしていた。


「おまえら、こんなところでなにしてるんだよ」


 自分たちも遊びに来ておいて、こんなところ、はないだろう。


「なにって、見てのとおり海水浴よ。それ以外のなにに見えるの?」


 縁子ちゃんは立ち上がらず、そっけない返事をする。ただし、気持ち、タオルを引きつけて。

 

「そ、そうか。俺たちも海で遊びに来たところなんだよ」


「そう」


 縁子ちゃんはクールに立ち上がり、砂を払ってから、上着を羽織って反転すると。


「それじゃあ、私たちは帰るところだから。行きましょう、紫乃。空楽さん、弥生さん」


 そう言って、てきぱきとシートやらの片づけを始めてしまう。

 呆気にとられつつも、片付けを縁子ちゃんひとりにやらせるわけにもゆかず、僕たちも協力してシートを畳む。

 まあ、実際そろそろ戻るつもりだったし。


「あっ、おい、ちょっと、待てよ」


 一拍遅れつつも、引き留めようとする男の子たちの気持ちはよくわかった。

 しかし、僕になにができるわけでもないし、応援なんてされたいわけでもないだろうと思っていると。


「なにか用?」


 縁子ちゃんはクールに言い放つ。

 勇気を出して声をかけた男の子がたじろぐのがわかる。

 

「うっ……な、なんでもねえよ、バーカ」


「ちょっと、トシくん」


 結局、台詞を続けられず、走り去ってしまった男の子を追いかけるように、他の男の子たちも続く。

 バーカって……いや、まあね? わからないでもないけれども。

 

「なんなの? すみません、空楽さん、藤堂さん。海原さんを待たせてしまいますし、行きましょう」


 縁子ちゃんは困惑したように、それから短くため息をついた。

 僕は弥生先輩と顔を見合わせ。


「えっと、彼らは放っておいていいの?」


 縁子ちゃんに気があるように見えたけれど。

 小学生の男子が、友達といるときに、しかも相手は家族? かもしれない相手と一緒にいたにもかかわらず、勇気を出しての誘いを、袖なく断ってしまって。

 

「なにがですか? 一方的に声をかけてきて、要件すら伝えず、挙句の果てには、去り際に、バカ、ですよ? なにがしたかったのか、さっぱりわかりません」


 そう言って、縁子ちゃんは溜息をつく。


「うーん、まあ、それはそうなんだけど……こういうことってよくあるの?」


 それって、いわゆる、好き除けとか呼ばれる類の行動なのではないだろうか。


「縁子ちゃんは男子にも人気あるんだよ。はっきり言っちゃうタイプだから、皆、表では鬱陶しいなとか言っているけれど、男子がよく噂してるの聞くもん」


 紫乃が横から教えてくれる。

 当の縁子ちゃんは呆れた感じで、なに言ってるの、なんて言っているけれど。


「そんなはずないでしょう。いい格好しいとか、調子乗ってるとか、うるさい、うざい、って言われているのも知っているもの」


「そんなことないよ。百合ちゃんとか、奈美ちゃんとかも、縁子ちゃんのこと、格好いいって言ってたよ」


 私も縁子ちゃんのこと好きだし、と紫乃が嬉しそうに縁子ちゃんの腕に引っ付く。


「ちょっと、暑苦しいから。シャワーもまだでべたべたするし。紫乃、少し離れて」


 言葉とは裏腹に、本気で引き剥がそうという感じはなく、縁子ちゃんも満更でもなさそうだ。そう思っていることも事実かもしれないけれど。

 仲良しだなあ。見ていても、ほっこりする。



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