夏季休暇 14
小説家、もしくは志望の男、あるいはそれに限らず、漫画家でも同じかもしれないけれど、海辺で一番重要視することはなんだろうか。
もちろん、女性の水着のデザインだ。
作中、水着回というのは、まあ、ほとんどの恋愛要素の絡んでくる作品において、欠かされることがない。
もちろん、読者が望んでいるということもあるだろうけれど、登場人物もそれは同じだし、なにより、作者が書いていて楽しいと思えるからなのだろう。個人差はあるとはいえ。
「お兄ちゃん。早く―」
まあ、現実の僕は小学生の妹とその友人の保護者的な立ち位置なわけだけれど。
ピンクのワンピースタイプの水着を着た紫乃が手を振り、腰回りにひらひらしたフリルのついたセパレーツタイプの水着を着こんだ縁子ちゃんが隣でビーチボールを抱えていて、首にはゴーグルを下げている。
運が良かったのか、今日のこの時間帯には利用客はまばらであり、見失ったり、面倒事が起こる心配もなさそうだ。
「すぐ行くから。あまり離れないで」
声をかけ、手を振り返し。
「弥生先輩。大丈夫そうですか?」
キャミソール形状のセパレートタイプの青い水着――たしか、タンキニとか呼んだっけ――を着た弥生先輩はパラソルの下に入り、正座を崩して座っていた。
「はい。風も吹いていますし、思っていたよりも暑くはありませんから」
だから、構わず行ってきてくださいと微笑む弥生先輩に。
「弥生先輩。貴重品とかは持ってきてないですよね?」
「え? ええ。空楽さんが持って来てくださった水筒だけです」
水筒の中身は麦茶だし、わざわざ他人のところの水筒を盗んでいくような輩もいないだろう。
海の家も出店してはいるみたいだったけれど、安上がりというか、藤堂家から海岸まで降りてくる距離と、今僕たちがシートを広げている場所から海の家までの距離は、ほとんど変わらないので、それなら、戻って食事でもなんでもしたほうが安上がりだろうと、財布を持ってきてはいなかった。
「シートは石で飛ばされないようにできましたし、せっかく、というほどのものでもないですけれど、水着まで着て海まで来たんですから、遊ばなければ損ですよ」
僕は膝に手をついて、弥生先輩に手を伸ばす。
ついこの間まで、ほとんど泳げなかったのだから、いきなり海で泳ぐというのにも恐怖……とまではゆかずとも、抵抗はあるだろうけれど。
「あのふたりのことなら、泳げますし、心配はいりません。それほど深いところまでは行かないでしょうし。ですから、弥生先輩。もし、不安なようでしたら僕に掴まっていてくださって構いませんから」
弥生先輩は不安そうにしながらも、僕の手を取ってくれたので、その手を引っ張り、立ち上がらせた。
「あっ」
「それじゃあ、行きましょうか。ふたりが待っていますし」
それに、目の届く範囲、僕たちにとっては慣れた場所とはいえ、小学生の女の子を二人だけにしておくのも、それはそれで不安だし。
「あの、私は海に遊びに来るのもほとんど経験がなく、覚えていないのですが、どうやって遊ぶものなのでしょうか。これで合っていますか?」
波打ち際でビーチボールを弾きながら弥生先輩に尋ねられる。
「遊びなんですから、そんな、正解とか、そういうものがあることではないと思います」
個々人が好きに、楽しめることをすればいい。
こうやってビーチボールを弾くのでも、水の掛け合いをするのでも、砂で城だとか、山だとかを築くのでも、あるいは、シュノーケリングでも、ダイビングでも。
浮き輪でただ波に揺られて、ぼんやり空を見上げるだけ、なんかでも構わない。まあ、あんまりぼんやりし過ぎて、波に攫われたりして離れて行かれると困るけれども。
とりあえず、今は紫乃がビーチボールを抱えているし、それで一緒に遊ぶのがいいだろう。
「紫乃と縁子ちゃんも。もし遠くまで行きたいとかがあったら声をかけてね。背中に乗せて行くから」
なにせ、プールと違って波が、海流がある。
流されて離れ離れになったりしてしまうと、本当に困る。岸が見えるくらいの距離までなら、まだなんとかなるかもしれないけれど。警察とか救急を呼ぶような事態にはなってほしくない。
連司とか、奏先輩とか、普通に泳げる高校生くらいならほとんど心配はないと思うけれど、二人は小学生、弥生先輩もあまり泳ぎが得意とは言えないから。
ブイが浮いていて、目安があるとはいえ、一応。
「いえ。大丈夫です」
縁子ちゃんにはすぐに断られた。
基本的に、バラバラになるのはよくないからな。それに、せっかく、皆で遊びに来ているのだし。そうでなければ、僕だって遠泳とか、ランニングとか、したいことはある。
あるいは、単純に恥ずかしがられただけか。
ひとしきりボールを突いた後は、一旦、空気を抜いて片付けておいて、四人で海に浸かりながら鬼ごっこをした。
範囲を区切ってやれば、離れ離れになり過ぎる心配もなかったし。
なのだけれど。
「お兄ちゃん、全然捕まらないね」
「私たちだけで鬼が回っている気がします」
そう言われても、小学生女子と高校生男子では、体力が違い過ぎるし。
弥生先輩は、女子とはいえ、高校生で、先輩だけれど、紫乃や縁子ちゃんより、運動は得意ではなかったし。
そういう意味で、弥生先輩と小学生二人組は、いい感じのバランスが成立していたのだけれど。
とはいえ、手を抜いたら手を抜いたで怒られたし。
「ええっと、じゃあ、いっそのこと、三人で鬼をやってみる? それなら、少しは勝負になるかもしれないよ? それだと簡単すぎて嫌かな?」
僕は捕まるつもりはないけれど、という感じを出しつつ提案すれば。
「縁子ちゃん、弥生さん」
「あそこまで言われて引き下がれないわね」
「協力して、空楽さんを捕まえましょう」
女子組は大分やる気になっていた。
というより、さっきより目が真剣だ。
一応、遊びのつもりで提案したのだけれど、いらない闘争心を煽り過ぎてしまったか。
「それじゃあ、お兄ちゃん。十数えたら追いかけるからね」
「浜に上がるのは反則ですから」
「時間制限はどうしますか? あまり長いと大変なので」
相手側は割と本気だった。
可愛い女の子三人に追いかけられるというのは、傍からいればかなり羨ましいシチュエーションであるはずなのに(まあそのうちの一人は妹だけれど)相手の瞳に映る闘志のせいか、別の意味でドキドキしてくる。
「お昼時になって、今いる人たちが引き揚げ始めるまでにしようか。それか、しびれを切らした日陽先輩が呼びにくるとか」
あいまいな基準だけれど、スマホがあるわけでもないからな。
どうせ近いからと、置いてきてしまった。水に濡れるのも困ったし。
「ですが、引き上げ時って、グループごとバラバラですよね。最初の組、みたいにしてしまうと、短すぎる可能性もありますし」
「そういえば、今日は学院でも部活はやっているんですよね。運動部の方たちは。それなら、お昼のチャイムも鳴ったりするのではありませんか?」
縁子ちゃんが顎に指を当てていると、弥生先輩が学院のほうへ視線を向けた。
たしかに、よく耳をすませば、グラウンドから、野球部だか、サッカー部だか、練習中の声が聞こえてきている。
「では、チャイムが本当に鳴るのかはわかりませんけれど、鳴るか、あの掛け声が収まるか、それとも、そちらが疲れてギブアップになったら、終わりということにしましょう」
「もしくは、空楽さんが捕まったら、ですよ」
忘れないでくださいね、というように、縁子ちゃんが視線を鋭くする。
「そうだったね」
それじゃあ、と、皆が十数える間に、僕は泳いで距離をとらせてもらった。




