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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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夏季休暇 12

 ◇ ◇ ◇



 日陽先輩が唐突に言い出した文芸部の合宿だけれど、弥生先輩が御実家を提供してくれるということで、すんなりと開催できることになってしまった。

 八月に入って最初の週から一週間も行うというその合宿では、もちろん、小説の執筆をする。

 いや、おそらく、執筆するのは僕だけで、日陽先輩と弥生先輩、それから、その場の流れで決まってしまった参加者である紫乃と縁子ちゃんは、主に読むほうに専念するだろうけれど。まあ、日陽先輩はトランプやら、双六やらと、遊ぶ気も満々の様子ではあったけれども。

 同じ町、どころか、自転車で十分もかからない距離なので、あまり合宿という感じはしないけれど、それでも、同じ部の先輩で、もう何度かお世話になっているとはいえ、女性の家にあがるのは緊張する。

 お気に入りの小説と、筆記用具と原稿用紙、着替えを詰め込んだバッグを肩から下げ、同じように大きめのリュックを背負った紫乃と一緒に弥生先輩のお宅を訪ねる。

 僕はもう何度か来ているし、紫乃も小学校への通学路として門の前を通っているだろうから、もはや見慣れた家だと思っていたけれど、やはり、実際に目の前にして、これからそのインターホンを押すという段階になり、紫乃も興奮を隠せないようだった。


「お兄ちゃん。本当にここに泊まれるの?」


「うん。弥生先輩が構わない、というか、ぜひにと勧めてくれたからね」


 たしかに、数度来たくらいではなかなか衝撃が抜け切れるものでもないし、中に入ることが初めてともなれば、仕方のないことだろう。


「楽しみだね、縁子ちゃん」


「……そうね」


 今回のこの文芸部の合宿、文芸部以外での飛び入り参加は紫乃と縁子ちゃんだけだ。

 連司は参加しないので、縁子ちゃんとは小学校で待ち合わせをした。まあ、弥生先輩のお宅と小学校は、わざわざ待ち合わせをするような距離でもないのだけれど、初めての、それも歳の離れた相手のところに訪ねるのに、ひとりで来させるというのも難しいだろうから。

 なにしろ、縁子ちゃんと弥生先輩(あるいは日陽先輩ともだけれど)の接点はほとんどないわけだし。せいぜい、日陽先輩とは子供祭りのときに顔を合わせた程度だ。


「はい」


 僕が代表してインターホンを押すと、中から上品な女性の声が聞こえてきた。

 今日、僕たちが合宿に来るということはわかっていたからだろう。


「弥生先輩。秋月空楽です。紫乃と縁子ちゃんも一緒にいます」


「お待ちしていました、空楽さん」


 間を置かず、すぐに出られた弥生先輩にそう告げると、門が自動で開いてゆき、それにも紫乃と縁子ちゃんは目を見張っていた。

 庭の中を通るような通路を歩き、建物の前まで到着すると、弥生先輩は外まで迎えに出ていてくれた。

 中で待っていてくれてよかったのに。


「お世話になります」


「そのように畏まられず、自宅だと思ってくつろいでください」


 僕とほとんど同時に紫乃と縁子ちゃんも頭を下げ、弥生先輩は柔らかく微笑まれた。

 

「空楽さんたちの泊まれるよう、すでに部屋は準備してありますから」


 弥生先輩に案内されたのは、弥生先輩の私室で、部屋には布団や毛布、枕が運び込まれていた。 

 まさか、ここで寝泊まりするのか? 

 いまさらだけれど、興奮……じゃなかった、緊張するのだけれど。


「あの、空楽さん。なにか、問題がありましたか?」


 部屋に入ったところで固まる僕に、弥生先輩が心配されたような声をかけてくれる。

 そもそも、藤堂家で合宿をしないかと提案してくれたのは弥生先輩だし、その時点で僕も一緒寝泊まりすることは決定事項だったわけで、いまさら追及するものではないということはわかっているのだけれど。 

 それでも、健全な高校一年生の男子的には、緊張せざるを得ないというか。


「……いえ、なんでもありません」


 弥生先輩のほうが意識していない、あるいは意識していないように振舞っているのなら、僕のほうも、すくなくとも表面上は、それに乗らないわけにもゆかない。

 意を決して、荷物を降ろす。

 そこでインターホンが再び鳴らされ。


「日陽先輩ですかね」


「多分、そうだと思います」


 弥生先輩が入り口まで迎えに出てゆかれてしまったので、僕たちはその部屋に取り残された。

 とはいえ、すぐにふたりとは合流して。


「ごめんなさい、遅くなってしまって」


「いえ。僕たちも今来たばかりのところですし、距離的に僕たちのほうが早いのは当たり前ですから」


 とりあえず、荷物の整理を終えてから(とはいえ、そんなに整理するほどの荷物でもなく、部屋の隅に並べただけだけれど)弥生先輩に家の中を案内してもらえることになった。

 一週間ほど過ごすのだし、少なくとも、トイレを使うたびに、弥生先輩に案内してもらうとか、わざわざ家に戻るなどという面倒は起こしたくない。

 それに、女性陣同士だけならば構わないだろうけれど、僕は男だし。

 

「お風呂の順番はどうしましょうか。これだけの広さがあれば、私たちは一緒に入れると思うけれど」


 バスルームを前にして日陽先輩が振り返る。

 本当に部屋という感じで、秋月家の風呂場面積より五倍(いや、十倍か?)は広い。ならば、単純計算で、ここに集まった女子四人が全員入ってもまったく問題はないということになる。

 

「私たちのほうが時間もかかるでしょうし、夕食の後、ゆっくりされてから、空楽さんが先に使ってください。父と母は、仕事が終わって帰ってきてから、夕食の前に済まされる方なので、心配はいりません」


「それって、普段は弥生先輩も夕食の前に済まされているということなのではないですか?」


 それなら、弥生先輩はここのホストなわけだし、僕なんかよりも先に利用されるべきでは?

 

「いえ、それは、その……」


 そう提案してみたところ、弥生先輩は照れたように顔を紅くして、俯きがちになってしまう。

 ん?

 今の会話、なにもおかしなところはなかったよね?


「空楽くん。家主がそう言っているのだから、ありがたく使わせて貰ってはどうかしら。弥生先輩もいろいろと考えてくださったのだろうし」


 そんな様子を見かねたらしく、日陽先輩が付け加える。

 まあ、そう言われれば、そのとおりなのだろうけれど。


「わかりました。では、お風呂の件は了承しました。あっ、そういえば」


 僕は早朝、神飯綱流の道場に通っている。

 藤堂家からだと、本当に目と鼻の先、なんなら、目視できるくらいの距離だ。

 

「ですから、できればその、大変申し訳ありませんが、稽古の後、戻ってきてからも浴場を使わせて貰えるとありがたいのですが。もちろん、シャワーだけで構いません」


 汗みずくの格好のまま、朝食の席に着く、あるいは厨房に立つわけにもゆかない。

 

「わかりました。では、時間を教えていただければ」


 弥生先輩に大まかな時間を伝える。

 当然、今は夏季休暇中なので、学園へ行く必要はない。そのため、普段より、稽古の時間を長くとって貰えるということは、すでに師匠に確認済みだった。

 ほか、細々とした説明を受け。


「じゃあ、合宿を始めましょうか」


 我が部の部長がそう宣言する。

 

「さっそく、向かいましょう」


「え? 向かうって、どちらにですか?」


 僕は荷物から筆記用具と原稿用紙、お気に入りの小説を取り出そうとしたのだけれど、女性陣の足は部屋の外へと向かっていて。

 なに、この、僕だけ取り残されている感じ。


「空楽くん。この合宿の目的を忘れちゃったの?」


 日陽先輩が振り返る。


「え? いや、目的って、小説を読んだり、書いたりすることですよね?」


「私が料理もきちんとできるのだということを空楽くんに証明するための合宿よ。だから、もちろん、向かう先はキッチンよ」


 

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