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月と太陽の交わるところ  作者: 白髪銀髪


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デートの取材、という名目 6

 先輩に並ばせるのも忍びないとは思ったのだけれど、自分の分もあるからと言われ、僕たちは一緒に列に並んだ。

 ここのデパートに入っている書店は系列店で、ポイントカードがあり、当然、僕も日陽先輩も自分のカードがあるため、個別に会計を済ませる。

 

「そろそろいい時間ですけど、お昼はどうしますか、日陽先輩」


 正直、学生のお小遣いでは外食は、たとえテイクアウトでも、結構ハードルが高い。

 貧乏ということはないのだけれど、家に帰れば冷蔵庫の中に食材があるし、簡単にチャーハンくらいならどうとでもなるからと思うと、つい躊躇してしまう。


「デートシーンでは、ファーストフードだったり、彼女のお弁当だったりするシーンが定番よね」


 ということは、もしかして、 日陽先輩が作ってきてくれて?

 

「とりあえず、お店の中でというわけにもゆかないし、空楽くんは海辺と公園、どっちがいいと思う?」


 僕たちが通う学園は極浦学園。最寄り駅の名前も極浦学園駅だけれど、ひとつ前の駅は海浜公園駅だ。

 さすがに、一駅区間だけのことはあって、歩くと結構遠いのだけれど、バスは極浦学園駅から海浜公園前を通る直通のものが出ている。

 僕も日陽先輩も通学に定期は使っていないので、学生料金を払ってバスに乗り込む。

 

「海辺はたしかにシチュエーションは素敵だと思いますけれど、潮風で紙が痛むかもしれないと考えると、公園内のほうがいいかもしれません」


 それに今はシートもなにも持ってきていない。

 僕の上着を敷くのでも、僕は構わないけれど、さすがに狭すぎるだろう。

 公園内にはベンチもあるだろうし。


「それじゃあ、海のよく見える場所にしましょうか」


 正直、ここは地元、生まれ育った場所なので、いまさら海を見ることに感動を覚えたりは――過剰な感動を覚えるようなことはない。

 

「だめよ、空楽くん。私たちが今日なにをしているのか忘れたの?」


「忘れていませんって。デートで海を見に行くのも、定番と言えば定番と言えるかもしれませんしね」


 それとも、なんにでも感動を覚えるようでなくては、あるいはなにからでも感動できることを見つけなければだめだと言いたかったのかな、日陽先輩は。

 それにしても。


「日陽先輩。海を見ながら読書するつもりがあったのなら、最初から言っておいてくださいよ」


 それなら、ブックカバーを断らなければよかったな。

 それとも、読書をするつもりではなくて、ほかにデートっぽいことをする予定だったとか? いずれにせよ、水着なんかは持ってきていないわけで、そんなに近付くのも避けておこうと思っているのだけれど。なんとなく、雰囲気だけ味わうことができたなら。

 しかし、日陽先輩は首を横に振り。


「違うわ、空楽くん。たしかに海へは来たかったけれど、それは、こうして海岸線に入らなくても、音が聞こえるくらいの位置のほうが想像しやすいと思ったからよ」


 人は宇宙に行ったことが無くても、宇宙を題材とした話を書くことができる。

 それは日陽先輩に言われたことで、想像の翼を広げれば、たとえ海に行かずとも、海辺のシーンを表現できる。

 日陽先輩は、帽子を押さえながら、反対の手を、浜へと降りてゆくところの柵につく。

 

「空楽くんは、もし恋人ができたら、それで海に来ることになったら、どんなことがしたい?」


「え? そうですね……」


 恋人と一緒に、デートで来る、という前提条件があるのならば、砂浜をランニング、なんて答えはできない。

 運動系の部活の先輩と後輩の話で、ふたりで一緒にトレーニングに来て、砂浜を駆ける、そういうシーンなら爽やか青春系としてありかもしれないけれど、それは、恋人として、ではないからなあ。


「……それなら、やっぱり、ボールを突き合うシーンがいいんじゃないですか? 彼女の胸が大きめという設定なら、その揺れを表現することもできますし。プロポ―ションがいいということなら、周囲の人たちの視線を釘付けにするというシーンなんかは、ヒロインの魅力を表すシーンとして定番ではありませんか?」


 あとは、水かけっことか、オイルを塗る、塗られるだとか、水着がほどけて、みたいなシーンは定番だと言えるだろう。

 まあ、日陽先輩の胸は薄――無駄な脂肪のついていない、太りにくい体型なので、そういう描写のためのには向かないかもしれないけれど。

 日陽先輩は優しげな笑みを浮かべて。


「そうね。私の質問の意図を先取りしてくれるのは、ありがたいとも思うけれど、この場合は、純粋に空楽くんなら、どんな風に海辺でのデートのシーンを書きたいのかしらということが聞きたかったのよ」


 それはそうだ。

 他人の模倣は、たしかに上達の手段としては悪くないだろう。しかし、結局は自分でシーンを構築しなければならない。

 たしかに、定番のシーンから似たようなシーンが創造されることは多い。

 しかし、それは、定番のシーンをあげればいいということではない。


「そのふたり、もしくはもっと大人数だったのかもしれませんが、なにをしに来たんでしょうか。純粋にデートですか? それとも、なにか挑戦の、決意表明を叫びに来たとかですか? あるいは、思い切り心の内をぶちまけるためですか?」


 話の流れによって、海のデートシーンの内容は変わってくるだろう。もちろん、それはデートシーンでなくても、場所が海でなくても一緒だろう。 

 要はどんな意図をもって、そのシーンを書きたかったのかということだ。

 純粋に、水着の彼女の魅力を表現したかったのか、あるいは問題が起きるからなのか。


「そうですね。僕ならまあ、定番になってしまうかもしれませんけれど、やっぱり、ヒロインやサブヒロインが他の人に絡まれて、それを助けるシーンですかね」


 もちろん、それまでにそういうシーンが多かったのなら、純粋にただ遊ぶだけ、というシーンでもいいかもしれない。

 しかし、ピンチからの救出というのは、やはりシーン映えするもので、見せ場としても演出しやすいだろう。

 ただ、それだと、海である必然性はあまりないわけだけれど。一応、肌色成分大目で、異性に注目されるというシーンを書きやすい、あるいは、気が早過ぎるかもしれないけれど、挿絵映えするとはいえ。


「だからって、日陽先輩。ナンパされに行ったりはしないでくださいね」


 ほとんどないとは思いたいけれど、日陽先輩なら言い出しかねない。

 

「そんなことしないわよ。そんな奇特な人、いないもの」


 そう言った日陽先輩は、少し悲しげな表情を浮かべていた。

 なぜだろう。

 

「いや、日陽先輩。もしかして、鏡とか見たことないんですか?」


 日陽先輩は美少女と形容するに躊躇いのない、まるで創作の中の人物のような容姿をしていると思うけれど。

 もっとも、一般的な日本人とは離れた容姿をしているということもあって、普通には出しづらいかもしれないけれど、舞台が日本――現代日本である必要も、ヒロインが純日本人でなければならないという制約もないわけだし。

 

「ありがとう、空楽くん。空楽くんは優しいのね」


 しかし、日陽先輩が見せてくれた笑顔は、どこか無理しているように思えてしまって。

 これは……本気に思われてないないな?

 どう言えば信じて貰えるだろう。

 仮にも、小説家を志す者として、万の言葉を用いて日陽先輩の美しさを……って、なんだか考えるだけで気恥ずかしい言葉だな。


「今浮かんだシーンは全部メモに留めておいて、後で書いてみましょう。きっと、今後の創作の役に立つわ」


 一拍置いた後には、日陽先輩はもうなにもなかったかのようにいつもどおりの笑顔を浮かべていた。

 


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