デートの取材、という名目 5
◇ ◇ ◇
これは、いわゆるデートというやつなのではないだろうか。
日曜日の昼前、待ち合わせ場所である駅前の西口の広場で、僕は落ち着かずに、辺りをきょろきょろと見回していた。
待ち合わせの時間まであと一時間以上もあるというのに、いったい、僕はなにをしているんだろう。
朝の稽古を終えた後、シャワーは浴びたのだけれど、どこか汗臭くさくなってはいやしないかと、自身の匂いを確認したりもしてしまう。
いかんいかん。
これじゃあ、完全にどつぼに嵌るばっかりだ。
このままだと、日陽先輩に主導権を握られっぱなしで、おたおたするのは目に見えている。
だいたい、日陽先輩はデートとか言っていたけれど、なにをするのか、具体的な予定はあるのだろうか。というより、デートとはいったい、なにをすればいいのだろう。
これが小説のため、参考資料になるというのなら、読んだときに映えるような内容を考えたほうがいいのだろうか?
たとえば、デパートの屋上の観覧車に乗るとか? いや、観覧車は遊園地で乗り合わせるのが、通常の描写だろうし、そちらのほうが描写的にも断然おいしい。使い古されているのではなく、定番というやつだ。
それなら、ショッピングか?
服屋やアクセサリーショップへ向かうというのはよくあるし、とはいえ、現実のお小遣いでは中々に厳しい。そんな物にお金を使うくらいなら、新刊のラノベを買ったほうが有意義だろう。
あとは、食事くらいだけれど、うーん。
やっぱり、連司にちょっとくらいアドバイスというか、事前調査をしておいたほうが良かったかな。
「空楽くん」
待ち合わせ時間の五分前に、日陽先輩は姿を見せた。
白い長袖のブラウスと、薄紫のひざ丈スカート、ピンクの上着を羽織り、足には黒いタイツを履いている。当然、頭にはつばの広めの白い帽子だ。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「いえ、先輩は時間どおりですよ。僕のほうが早く着き過ぎました」
そわそわして、落ち着かなくて、とは言えなかった。やっぱり、少し気恥ずかしいし。
「先輩。とてもよくお似合いですね。制服でしか顔を合わせないので、新鮮です」
「ありがとう。空楽くんも素敵よ。鍛えている男の子って、立ち姿も綺麗なのね」
もしかして、どこからか日陽先輩も僕のことを観察していたのか?
そんな僕の視線に気付いたのか。
「あっ、べつに、空楽くんを待たせて観察していたわけではないのよ。ただ、見つけたときに、ちょっとそう思ったというだけなの」
「気にしてはいませんよ。それより、日陽先輩。今日はなにか予定を立てているんですか?」
日陽先輩は楽しそうに微笑んで。
「今日は新刊の発売日なの。本屋さんに行きましょう」
それなら丁度いい。
僕も、新刊を買う予定があったから。
僕たちは駅の中を通り抜け、反対側の出口のすぐ先にある大型のデパートへと向かう。
レンタルビデオショップの本屋も、掘り出し物を探すためにも、内容を確認できるというのは大きな利点なのだけれど、専門店で買うと、たとえばリーフレットなんかの特典がつくことが多いからな。
ああいう、小説の番外編というか、裏話というか、ショートストーリーは大好きだ。
「やっぱり、本屋さんの空気は落ち着くわね」
揃って向かったのは、やっぱり、ライトノベルのコーナーだ。
マンガやライトノベルの専門店とは違って、スペース的にはそれほど広くとっているわけでもなく、何年も前の単体の小説が置いてあるわけでもない。
しかし、人気があるものは別だ。
僕がひと目で――もちろん、最初は表紙にだけれど――惹かれたライトノベルも、当然、一緒に並んでいる。
「空楽くんは、この方の作品が大好きだったわよね」
「ええ。でも、その方のシリーズはもうすべて揃えているので」
本編シリーズはもちろん、新刊にしかつかない特典まで、中古ネットショップで購入済みだ。
中古だろうと、新品だろうと、内容はなんら色褪せることはないのだから、一気に揃えるのなら、そちらがお得だ。特に、学生の懐事情的には。それにたしか、部室にも揃っていたはずだ。
もちろん、新刊は発売日に即読みたい派なので、以降は情報サイトでチェックしているのだけれど。
「それに、この作者さん、もう書かないみたいなんですよね」
最新刊のあとがきにそんなことが書かれていたのは記憶に新しい。
というより、頻繁に読み直すし。それは、このシリーズだけでなく、この作者さんの作品群をという話だけれど。
「でも、亡くなったとか、御病気とか、そういうことでもないみたいだし、何年か経ってから、突然復帰されたりということもあるから、気長に待ちましょう」
「そうですね」
作者が亡くなって、未完のままに終わったシリーズも多い。
自分ではとっても面白いと思っていたシリーズが、製作というか、売り上げの都合で打ち切りになるのも悲しいけれど、なんなら、お金を稼げるようになったら個人的に依頼して、僕のためだけにでも続きを書いて欲しいとさえ思うけれど、世の中、そんなにうまくはゆかないし。
そしてそれは、なにも打ち切り作だけには留まらない。
「やっぱり、置いてありましたね」
僕は、その一冊を手に取る。
タイトルは『不自由な世界を彩るひとつの真実』というもので、アニメ化、映画化、コミック化と、あらゆるメディアミックスを果たしている、累計百万部越えの名作だ。当然、部室にも置いてあった。
主人公の男の子が、人とは違う見た目で生まれてしまった女の子を救うという、まあ、ありふれた内容ではあるのだけれど、その心情描写や、背景描写、登場人物の関係性などが、本当にリアルに作りこまれていて、数年前の作品であるにもかかわらず、こうして数冊が準備されていることからも、その人気の高さがうかがえる。
たしか、初売りから一週間だか二週間ほどで、早くも四刷りだとか、五刷りだとかだって、当時はちょっとしたニュースにもなっていたらしい。
僕が読んだのは、ライトノベルにはまるようになってから、つまり、ここ半年ほどのことなので、その当時の評判というか、実際の人気は、ネットの過去のニュースを漁るくらいでしか知りようがないのだけれど。
もちろん、僕も大好きな一冊で、何度読んでも感動できる自信がある。
「日陽先輩もこの主人公の行く先、気になりませんか? 幸せになって欲しいと思いますよね?」
物語としては綺麗に完結されてもいるのだけれど、ファンとしては、やはり、後日譚というか、その後のエピソードも気になる。
でも、この作者、他のシリーズはなにひとつ、書いていないんだよね。
部室に置いてあるということは、日陽先輩だってファンであるはずだし、気になったりはしないのだろうか。
「そ、そうね。でも、空楽くんはその本、もう持っているのよね。お家でいくらでも読めるのだったら、他の掘り出し物を探しに行かない?」
「それもそうですね。すみません、時間をとらせてしまって」
表紙が見えたので、つい、気持ちが昂ってしまった。
「部室に置くということなら、ふたりで割り勘してもいいんじゃないかしら。そうすれば、短いシリーズなら、揃えられそうだし」
「それもいいですね」
大好きなシリーズは細部まで、それこそ暗記するくらいに読み込んではいるけれど、表現方法とか、言い回しとか、どうなっていたっけ、と思う場面は多い。
そのままそっくり使ったら盗作だけれど、あやかるとか、近付くために模倣するというのは、上達の方法として、決して間違ってはいないはずだ。